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22話 竜使いの絶望1

 僕は復讐がしたかったわけじゃない。

 だけど、憎んでいなかったわけではない。

 当然だ。彼らは僕を殺そうとしたのだから。

 

 僕が復讐鬼に墜ちなかったのは、きっと運が良かったからだ。

 あの日、あの時、妖刀を抜くことができなければ――いや、違う。

 エルミアさんに救われなければ。

 ルフランに出会わなければ。

 そう遠くないうちに僕は強い憎しみに捕らわれていた。

 もし妖刀を抜いて僕が死んだならばそれだけで終わる話。

 しかし僕は抜いてしまった――つまり力を得てしまったならば、僕はきっといつか、その力の使い方を間違えていたはずだ。

 僕が道を違えることなく、今こうして楽しく過ごせているのは、途轍もない幸運の果てに出会えた人たちのおかげに他ならない。


 あれだけ偉そうに語っておきながら、結局は僕もライエンと同じ復讐者のなりそこないなのだ。

 だけど、彼と明確に違うのは、対象者を実際その手にかけたかどうかだ。

 あの時、僕は父が抜くと分かって妖刀を渡した。

 ()()()()()()()()()()だったから渡したのだ。

 

 父が妖刀に食われて死んだときの感覚は、今でもはっきり覚えている。

 愚かで無様。因果応報。当然の報いだと思った。

 胸のつかえがとれるような気分だった。

 だけど、心にぽっかり穴が開いたようだった。

 いや、違うな。もともと開いていた穴の存在を思い出したと言うべきだろう。


 僕はどうしようもなく愛に飢えていた。

 お母様が死に、師も妹も消え、孤独から目を逸らすために剣を振り続けた日々。

 バカにしに来ただけだと分かっていても、兄が来るとほんの少し期待してしまう自分がいた。

 もしかしたら、今日こそ僕を弟として認めてくれるかもしれない、と。

 父に呼び出されたあの日も、久しぶりに声をかけられたからこそ期待した。

 今度こそ息子として扱ってくれるかもしれない、と。


 僕はただ、彼らに愛してほしかっただけだったんだ。

 でも、結局父は一度も僕を認めることなく死んでいった。

 僕の心に大きな穴を開けて死んでいった。

 空いた穴は父が死んでも埋まらなかった。


 当然だ。

 死んで欲しい人が死んだからって、本当に欲しかったものが手に入るわけじゃない。

 失ったものはもう二度と帰ってこない。

 あの後八つ当たりにも近い形で兄に対して意趣返しのように峰打ちをしたのも、そのどうしようもない渇きのせいだ。

 いっそ斬ってしまった方が少しは気が晴れたのだろうか。

 ジーヴェスト家を滅ぼしてしまえば苦しい過去を忘れられただろうか。


「――ジーヴェスト公爵家当主代理として、冒険者クロムに決闘を申し込む」


 なんだよ。最後の最後にカッコつけちゃってさ。

 ズルいじゃないか。本当はとっくの昔に僕のことを強者と認めていたはずなのに。

 自らの侮りが間違いであったことを認めていたはずなのに。

 それじゃああまりに格好が付かないからって、ボロボロの体に鞭打って決闘でケジメを付けようとするなんてさ。


 あの時兄は本気で死ぬ覚悟を持って僕の前に立ったはずだ。

 ()()()()()()()()()立ち上がったんだ。


 僕を殺人鬼にすることで心の傷をさらに深くしようと思ったのか。

 それとも最初で最後の家族としての情を以って僕をジーヴェスト家のしがらみから切り離そうとしたのか。

 それは本人に聞かなきゃ分からないけれど、結果としては純粋な決闘に勝利し、盗まれたものとして扱われていた妖刀は正式に僕のものとなった。

 兄を殺すことはできなかった。


 向こうから申し込んできた決闘とはいえ仮にも王国の大貴族の次期当主を殺して無罪放免というわけにはいかない。

 父は抜けば死ぬと誰もが知っている妖刀を自ら抜いて死んだので、ギルドの根回しのお陰で特に罪に問われることはなかったが、この手で兄を斬っていたらそうはいかなかっただろう。

 

 結果として僕は感情に任せて復讐するよりも、今の幸せな日常を守ることを選んだ。

 それが正解だったとは簡単には言えないけれど、少なくとも今は幸せなはずだ。

 心に空いた穴は埋めることはできないけれど、それを覆える何かがあれば隠すことはできる。

 どうしようもない渇きからも目を逸らすことができる。


 だからこそ、ライエンには選択肢を与えてやりたかった。

 空いた穴に復讐の火を焚べ、一生燃やし続けるか。

 それとも空いた穴から目を逸らし続けるか。


 ライエンは強い意志を持って後者を選んだ。

 あいつらみたいに殺したいわけじゃない。

 その言葉を吐き出すのに、いったいどれほどの葛藤があっただろうか。

 あれほどの覚悟を示したならば、きっと彼はこれからも強く生きていける。


 さて、次は――


「――ムさん」

「――ロムさん!」

「……ん、ここは?」

「クロムさん! 良かった、ちゃんと目を覚ましてくれて」

「……エセル」


 周りを見渡すと、僕とエセルの二人は美しい木々に囲まれた森の中にいることが分かった。

 ああ、そうだ。思い出した。

 デスペルタルの花を持ち帰った僕たちは、アイワスの秘術でアリア姫の精神世界に入り込んだんだ。

 アリア姫の強固な自己封印は、外部から破壊することはできない。

 だからこそ心を繋ぐ花とも呼ばれるデスペルタルの花を用いてアリア姫の精神世界に入り込み、直接彼女との対話を試みて封印を解いてもらおうという作戦を実行した。


 ただし手に入った花は2輪のみ。

 これで二人までしか行くことができないので、話し合った結果僕とエセルの二人で行くことになった。

 秘術の影響か知らないけれど、飛んでいる間色々なことを思い出してしまったようだ。

 まあでも、自分の気持ちを再度整理する良い機会だったかもしれないな。


「しかしここはどこなんだろう。アリア姫に逢おうにもどこにいるか分からないと迂闊には動けないね」

「ここはおそらくエセル王国領の森の中です。先ほどまで私たちがいた場所と似た特徴を持っています」

「なるほどね。まあアリア姫の精神世界ならエセル王国が舞台になってもおかしくはないか」

「はい。ですのでおそらく彼女は王都のどこかへいると推察できます」

「そっか。じゃあとりあえず王都を目指して歩こうか」

「はい。行きましょう!」


 いよいよアリアとの対話に臨めるということで、エセルも気合が入っているようだ。

 これから会いに行くのは、強固な意思で絶望と復讐心を抑え込み、今もなお戦い続ける亡國の姫君。

 生半可な言葉じゃ彼女には響かないだろう。


 それほどまでに竜使いの絶望は深いのだ。

 


 


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