17話 救うべきもの
「里長! あの子の――ライエンの居場所を知らないか!?」
夜。里長カルムの家の一室を借りて今日はもう休もうとしていたところに、一人の老男が飛び込んできた。
ライエンという名を聞いて、昼間にエセルに対して厳しい言葉をかけた少年を思い浮かべるが、男の表情から察するに彼の身に何かがあったことは容易に想像できた。
「なんだなんだ、騒々しい。客人の前だぞ。して、ライエンがどうした。少なくともワシは見ていないぞ」
「そうか……実はライエンが家に帰ってきていないんだ。最後にアイツを見たのは里長の家の近くだっていうからてっきりここにいるのかと……」
「ライエンが時折家を抜け出すのは良くあることだが、こんな時間まで帰ってこないのは珍しい。行先に心当たりは?」
「分からない。ただ、部屋から形見の剣が消えていたんだ。だからもしかして――」
「あ奴、まさか……」
カルムは何かに気づいたのか、片手で頭を抱え、苦々しい表情をしながらクロムたちの方を向いた。
こんな話を聞かされてしまえば、黙って休んでいるわけにはいかない。
クロム、ルフラン、エセルの三人は顔を見合わせて頷いた。
「もしよければ、僕たちが探しに行きます」
「そうね、あんな小さな子がこんな時間に一人で出歩くなんて危険でしかないわ」
「そうですね……とても心配です」
複雑な心情であるはずのエセルも本気で彼のことを心配しているようで、その表情に負の感情は一切見られなかった。
一方のメイは大きなあくびをしながら、相変わらず感情が読めない目で全く関係のない方角を向いていた。
「申し訳ない……本来ならば我々で探すべきなのですが、老体ばかり故そうもいかず……」
「気にしないでください。でもどこへ行ったのかある程度でも分からないと探しようがないな……」
「バラバラになって手当たり次第当たるべきかしらね」
「……確証はありませんが、もしあ奴がワシらの話を聞いていたのだとしたら、あの子はもしかすると――」
「――あっち」
「え?」
全く興味なさそうな様子だったメイが唐突に声を出した。
よく見ると彼女は村の南方の方角を指出していた。
メイの瞳が一瞬金色に輝き、遠方を鋭く見据える。その視線は人の視力では決して届かない、遥か先を捉えていた。
「どういうこと?」
「あっちの方角にその子、いるよ」
「なんで分かるのよ……」
「竜はとっても眼が良い。あっちの方角でおっきな剣持って歩いてる」
「あちらの方角は――やはり、旧エセル王都……!!」
カルムはメイの言葉を受け確信したのか、その方角の先にあるものを口にした。
ここはエルネメス王国の南端、統合された旧エセル王国領土内であり、立ち入り禁止区画となっている王都に近い場所に位置している。
歩けば数時間で辿り着くであろうそこは、カルム曰く、現在は凶悪な竜が跋扈する危険地帯なのだとか。
「……おそらくライエンはワシらの話を聞いて、アリア姫の復活を望むあなた方よりも早くにデスペルタルの花を入手、または破棄しようと考えているのでしょう。なんとバカなことを考えたものだ……」
「そう言うことなら今すぐ出発しよう。ルフラン、エセル、メイ。いいよね?」
クロムがそう尋ねると、三人はすぐに頷いた。
予定変更になるが、夜まで休息を取って体力は十分に回復しているので問題ないだろう。
「エセル、大丈夫?」
「……はい。必ず無事に保護しましょう」
いつになく真剣な表情で拳を握り締めるエセルに、ルフランは敢えて心配の声をかけた。
だが、エセルの眼には迷いはなく、まっすぐ言葉を返した。
(わたしはアリア姫ではないから、あの子の怒りを背負ってあげられない。それでも、もしあなたなら――誰よりも強くて優しいあなたなら、どんなにひどいことを言われても、きっとあの子のために動くはず。そうでしょう――アリア)
今、分かった。
自分は誰のために存在しているのか。誰を想っていたのか。誰を救いたいと願っていたのか。
自分と瓜二つの彼女の姿を見てから、何となく察してはいた。
だが、今、疑惑は確信に至り、エセルは自らの正体を理解した。
(記憶はなくて当然だった。でも、私はずっとあなたの傍で、あなたと共に生きてきた。だってわたしは――)
「――待ってて、必ず、救い出して見せるから」
雷霆の槍を強く握りしめ、エセルは誓った。




