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16話 敗戦国の姫

 エルネメス王国の南端、平原を超えた先に小さな集落があった。

 ところどころ傷はあるものの繁栄していた王都に比べると質素で地味ではあるが、自然に溶け込む穏やかな印象を受ける里だ。

 クロムたちは目的を果たすべく早速里へと足を踏み入れると、そこには農業をしながら穏やかに暮らす民の姿があった。

 しかし、その人々の大半は老人か子供であり、所謂若者と呼べる年代の人の姿はほとんど見られなかった。


「おや、お客人かい。ようこそエセルの里へ大したもてなしも出来ないがゆっくり――し、て……」


 クロムたちに声をかけた老婆は、エセルの顔を見て震えだし、手に持っていた竹ぼうきを落としてしまった。

 そして何度も目を擦り、彼女の顔を見直し、自らの眼が正常であることを確認すると、慌てて彼女に駆け寄りその手を取った。


「あ、あぁ……アリア様……まさか再びお目にかかれる日がこようとは……! よくぞ、よくぞご無事で」

「え、あっ、えっと……」

「すぐに他の者を集めましょう。ささ、どうかその元気なお姿を皆にお見せください!」

「は、はい……」


 どうやら彼女は、完全にエセルをアリア姫だと誤認しているらしく、大慌てで村を駆け回って人々に声をかけていた。

 しばらくするとエセルを中心にあっという間に人だかりができ、逃げられない状況へと陥っていた。

 エセルには悪いと思いつつも、ここはアリア姫として振舞ってもらうことで乗り切ってもらおうとクロムは彼女に耳打ちする。

 エセルは困惑しつつも、それが自分の役割であると認識していたことからクロムの言葉に頷いた。


「ほんものだ……」

「ああ、アリア様。お美しく成長なされて……」

「長生きしてみるものじゃのう……」

「あぁ、いかんいかん。年を取ると涙腺が弱くなっていかんわい……」


 集まったのはやはり老人ばかり。

 見ている限りでは、皆エセル(アリア姫)に対して好意的であり、こうして姿を見せたことを喜んでいるようだった。


「ささ、こんなところで長居してもなんだ。ワシの家へいらしてください。お茶を出しましょう。護衛の方々も是非」


 しばらく思い思いにエセルへと言葉を投げかけた後、一人前へ出てきたのは、一際風格のある杖を突いた好々爺だ。

 どうやら彼がこの里の長のようだ。この人ならば、いろいろと知っているかもしれないと思い、クロムたちはそれについていこうとする。


「おい! 待てよっ!!」

 

 しかし、老人たちの間を縫って、一人の男の子がエセルの前へと立ちふさがった。


「お前っ! よくもこの里に顔を出せたな! 敵のくせに!!」

「これっ! ライエン! なんてことを言うのだ。今すぐ謝りなさい!」

「やだねっ! だいたいなんでみんなコイツに文句言わないんだよ! 敵国の王女なんだぞ!!」


 現れた少年――ライエンは、どうやらアリア姫に対して強い憎悪を抱いているようで、周りの老人たちがたしなめようとしてもその口を止めようとはしなかった。


「なあ、偉いんでしょ。お姫さまって。王族って。国のみんなを護ってくれるから偉いんでしょ? だったらなんで……なんで僕たちを見捨てたんだよっ! なんで寝返ったんだよっ!!」

「そ、それはッ――!!」

「いい加減にしろ! いいか、アリア様はな! 我らのために自らを――っとと!?」

「危ないじいちゃんっ!!」


 ライエンの言葉に怒り、彼を叱ろうとした里長は、バランスを崩して杖を手放してしまった。

 それを見たライエンは即座に彼の体を支え、杖を拾って手渡した。

 近くにいたとはいえ、なかなかの反応速度だった。


「大丈夫。じいちゃん」

「あ、ああ。すまない。ありがとう。だがなライエン、このお方はな――」

「ごめんじいちゃん。でも――さっさと出て行ってよ。もう二度と顔を見せないで」

「あっ、おい! 待ちなさい……行ってしもうたか」


 改めて里長がエセルの前へ立ち、頭を下げた。


「申し訳ございません。あの子は決して悪い子ではないのですが、あの戦争の影響で家族を失ってしまい、それで――」

「いえ、その――」


 エセルはそれから先の言葉が出てこなかった。

 彼女の中には深い葛藤があったのだ。


(わたしは、なんと言えば良いのでしょう。わたしは、アリア姫であって、アリア姫ではない。戦争の記憶も、彼らの名前すら知らないわたしには、何も語る資格などないはず……でも、どうしてこんなに、胸が苦しいのでしょう……)


「わ、わたしは、気にしていません……ので」


 こんな事、自分に言う資格はない。それでも、辛そうな顔をする老人たちを前に、その言葉を抑えることが出来なかった。

 本当はもっと適切な言葉があったのかもしれない。

 自分が本物のアリア姫だったら、あの少年の言葉もまっすぐ受け止められていたのかもしれない。

 それでも、記憶がない以上、今の自分はただの”エセル”と名乗っているだけの、別人でしかないのだ。


「――皆、知っているのです。アリア様が、我らの命を救うため、自らを犠牲にエルネメスの王女となられたことを。だからこそ、我らは感謝こそすれ、恨むことなどありえません。もちろん、戦争について思うことがないわけではありませんが、アリア姫が何も悪いことをしていないのは、あの子だってきっとわかっているはずですから……」

「……はい」


 アリア姫は、事実だけを見れば敗戦国の姫でありながら敵に寝がえり敵国の王族として迎え入れられた裏切り者。

 そしてそもそもの戦争の原因である伝説の竜使いだ。

 中には彼女さえ生まれなければ、自分たちはこんな目に合わずに済んだと考える者がいてもおかしくはない。

 だからこそ、クロムたちは何も口を出すことが出来なかった。


 だが、老人たちは違った。

 皆戦争の結果を受け入れ、生を拾ったならばせめて残りの人生を穏やかに暮らしたいと思った。

 だがそれは、アリア姫の犠牲の上に成り立っている偽りの平穏だ。

 だからこそ、彼らはアリア姫に感謝し、同時に救うことが出来ない自分たちの無力さを悔いた。

 里長の家に招かれたクロムたちは、その想いと謝罪の言葉を聞かされたのだ。


 ちなみにこの集落に若い衆がいない理由は、皆各地へと出稼ぎに出ているからだという。

 この里は必要最低限の暮らしが維持できるようエルネメス王国から支援を受けているが、それだけでは当然足りない部分も出てくるので、若い衆が働きに出ることで稼ぎを得ているのだ。

 

「クロム。これ、おいしい」

「うん、確かに美味しいけど少しは遠慮したほうが良いと思うけど……」

「気になさらないでください。お代わりを持ってきましょう」


 お茶菓子として差し出された饅頭の味を気に入ったのか、メイがあっという間にそれを平らげてしまった。

 しかし里長――カルムは、その食べっぷりを気に入ったのか、メイにお代わりを差し出してくれた。

 どうやらこの饅頭は、エセル王国の元名産の一つらしい。


「それで、この度はどういったご用件でこちらをお尋ねになられたのでしょう」

「はい。実は――」


 そう問われたクロムは、エセルの正体を含めたここへ来た理由をカルムへ話した。

 エセルがアリア姫ではないと知った時は酷く驚いていたが、目的が本物のアリア姫を救うためだと分かると、すぐに協力的な姿勢を見せてくれた。

 同時に、改めて先ほどの少年――ライエンの言葉を謝罪した。


「――なるほど。本物のアリア様を救うためにデスペルタルの花が必要だと」

「はい。もしかしたら何かご存じではないかなと思いこちらを尋ねたのですが……」

「ええ。存じ上げております。何を隠そうこの私、かつて王城にてデスペルタルの花の栽培を任されていた者の一人でして」

「おおっ、そうなんですか!」

「それなら話は早いわね」

「デスペルタルの花は非常に生命力が強い。もしかすると崩れた王城の中でも生き残っている花があるかもしれません。しかし……」

 

 そう語るカルムはどこか難しい顔をしていた。

 そして言い出しにくそうな様子だったが、しばらくして口を開いた。


「あの辺りは近頃凶悪な竜種が跋扈していると聞きます。先日も村に残っている若い者が何人か様子を見に行きましたが、大怪我を追って帰ってきましたので……あまり近づくことはお勧めできませんな」

「なるほど……ですが、デスペルタルはそこにしかないんですよね」

「――ええ。恐らく今はあの場所くらいしかないかと」

「ルフラン、メイ、エセル。いいよね?」

「そうね。そう言うことなら仕方ないわ」

「むぐむぐ……ぼくは、クロムについてくだけ……ごっくん」

「はい。微力ながら、わたしも頑張ります」


 ルフランはもちろん、メイとエセルの二人も了承してくれた。

 メイは戦力になるか分からないが、エセルはクロムに匹敵するほどの力を秘めた雷槍使い。

 ルフランの強さは言わずもがななので、このメンバーならきっと大丈夫だろうとクロムは確信していた。


「という訳で、僕たちはそこへ行こうと思います」

「――どうやら覚悟が固いようだ。承知いたしました。ならばせめて、今夜一晩はこの里でゆっくり休んでいってください」

「はい、ありがとうございます」

「お世話になるわ」


(……ん?)


 後ろの方で、ずっとこちらの様子を窺っていた何者かの気配が去っていくのを感じた。

 しかし、こちらに襲い掛かってくるような敵ではなさそうだったので、気にしないことにした。


 


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