14話 伝説の竜使い
この国には数百年に一度、あらゆる竜を統べる”伝説の竜使い”が生まれる。
伝説の竜使いは、雷鳴轟く嵐の日に生まれ、生まれながらにして王たる証である”雷霆の槍”に主として選ばれる。
その日は、まさに予言された姫が生を受ける日だった。
しかし――
「そ、そんな……」
「なんてことだ……」
「おい! すぐに何とかしろ!」
「い、いえ、これはもう――」
生まれてきたはずの赤子が、産声を上げることは無かった。
あらゆる手を尽くし、多くの者が祈ったが、それらはすべて無駄に終わった。
――だが、そこまでは良かったのだ。
「――!?」
「雷霆の槍が……」
「まさか、この子に再び生をお与えになるというのか!?」
「――違う。これは!!」
生まれてくる王に捧げられるはずだった黄金の槍は、赤子と共に生誕を祝福するかの如く輝きだしたかと思えば、赤子を照らす光だけが消え、勢い良く天井を突き破ってどこかへと飛んで行ってしまった。
皆呆然とした。新たなる王に捧げられるはずだった至宝は、あろうことかあっさりと主を見捨てて消えてしまったのだから。
「――これは!?」
「バカな! これはエルネメスの至宝”雷霆の槍”じゃないか!」
「いったい何が起こっているというのだ!!」
偶然か、はたまた必然か。その日、同じ時刻にこの世に生を受けた姫がいた。
エルネメス王国に隣接する小国――エセル王国。
その第一王女として生まれた彼女に与えられた名前は、アリア。
彼女が産声を上げた瞬間に、天から激しい雷が落ちた。
竜王の証たる黄金の槍は、轟音と共に稲妻を纏い、まるで意志を持つかの如く空を舞い、エセル王国の空を黄金色に染め上げ、ついに王城の壁を突き破って彼女の下へと馳せ参じた。
ここに、新たなる伝説の竜使いが誕生したのだ。
竜と生きる国、エルネメスの王族は、建国の祖と称される初代竜使いの末裔。
本来ならば、エルネメスに生まれた姫がその跡を継ぐはずだったはずなのに、雷霆の槍はあろうことか他国の王族の手に渡ってしまった。
その事を知ったエルネメス国王は激怒し、即座に雷霆の槍の返却と、槍に認められた姫アリアの身柄を要求した。
しかしエセル王国はこれを拒否。これは盗んだのではなく、大いなる天の導きであり、アリアを差し出す必要性を感じないと。
これによりもとより良好ではなかった両国の関係が悪化。
度重なる脅しにも屈しなかったエセル王国に痺れを切らしたエルネメス国王は、遂に最悪の決断を下してしまう。
そう、戦争の始まりだ。
国の規模はエルネメス王国の方が上だが、エセル王国の予想外の戦力の高さを前に、戦争は難航した。
結果として、終結までに2年もの年月がかかることになる大戦争となってしまった。
そしてその結末は、酷く残酷なものだった。
エセル王国王都への進軍。破壊と虐殺の限りを尽くしたエルネメス王国軍を前に、遂にエセル王国は屈した。
国王が討たれたのだ。王族もほとんどが殺され、王城も崩れ落ちた。
これで誰もが戦争の終結を確信した。
だが、事態はそれだけでは済まなかった。
「「ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ――こわれてしまええええええええっっっっ!!!」」
大地に響く慟哭、絶叫と共に、虚空から異次元の巨竜が出現し、暴れだしたのだ。
滅亡と言っていいほど追い込まれた自国すらも巻き込んで、巨竜は力の限りを尽くして暴れまわった。
これにより、エルネメス王国軍は壊滅的な被害を受け、更に巨竜が放った超巨大火球により、はるか遠くのエルネメス王国の領土すらも大きく焼き払われた。
激しい落雷により大地は焼き尽くされ、とある英雄によってなんとか巨竜が封印される頃には、地獄のような光景が広まっていたという。
最終的にはエルネメス王国の勝利で終わったものの、その結果は散々なもので、いつしかこの戦争そのものが黒歴史となった。
「――これが、ほんの7年ほど前の出来事さ」
ロールス王子の説明を受けたクロムたちは、皆言葉を失っていた。
しかしこの空気の重さに耐え兼ね、勇気を出してクロムが訊ねた。
「それで――その、アリア姫はどうなったんですか?」
「……見ての通り、我が国の王女になった。父上――国王陛下による契約の下、アリアは我が国の王族として迎え入れられたのさ」
「その、契約というのは?」
「……アリアの体に有事の際には王の命令に一切逆らえなくなる魔術を刻むこと。エセルの元王女ではなく、エルネメスの王女として生きること。国外への外出を禁じることなどなど――言葉を選ばなければ、奴隷契約のようなものだ。その代わり、エセル王国の生き残りの民の命は保証すると言われれば、アリアは頷くことしかできなかった」
「ひどい……そんなの、許されていいはずがないじゃない!!」
その言葉に憤りの声を漏らしたのは、ルフランだけではなかった。
クロムは静かにこぶしを握り締めながら、アリア姫の過酷な運命に同情した。
相応の理由があるとはいえ、そのあまりの仕打ちに怒りを覚えない者はいないだろう。
同時に、”エセル”という言葉が黒歴史扱いなのにも納得がいった。
そして、能面のように凍り付いた表情で話を聞いていたエセルが、一歩前へ出た。
「それからずっと、アリア姫はこの状態のままなのですか?」
「――いいや、基本的にこの塔に軟禁されていたとはいえ、つい先日までは普通に暮らしていた。あの事件が起きるまでは、ね」
「あの事件……?」
「あの忌まわしき邪竜――冥竜神の復活だ」
その言葉を聞いたクロムたちは、一斉にメイの方へと向いた。
ひどく退屈そうに大きなあくびをしていたメイは、涙が滲んだ目を擦りながら不思議そうな顔をして首を傾げた。




