13話 アリア
あれから数日が経ち、クロムたちはギルドの案内に従って王都ドラヴァルの中心部に位置する王城へと足を運んでいた。
メイとルフランの二人は未だにお互いを警戒しあっている様子だが、特別仲が悪いという程ではないらしく会話は普通にしている。
ただ単純にメイはルフランに直接触れられるのが嫌で、ルフランはメイがクロムとべたべたするのが気に入らないというだけだ。
「お城なんて生まれて初めて入るからなんか緊張するなぁ」
「そうね、あたしも生まれて初めての経験よ。作法とかよく分からないけど大丈夫かしら」
「クロムー、ぼくからあんまり離れないでよー」
「頼むから街中で吸うのは勘弁してよ、メイ」
「そうよ。これから行くところは偉い人がたくさんいるんだからちゃんと大人しくしてるのよ」
「むぅ……つまんない」
「ところで、エセル。なんか落ち着かない様子だけど、どうしたの?」
王城に近づいていくと、自然と身分が高い人達の居住区に突入する訳だが、この領域に踏み込んでからエセルが居心地悪そうに周りをきょろきょろとしていた。
落ち着かない、不安そうな顔をしながらも置いていかれないようにクロムたちに何とかついて言っている様子だ。
「あ、えっとその……何か、見られているような気がして……」
「僕たちが珍しいからかな? ここは貴族の人も多く住んでるだろうしね」
「いえ、その、わたしだけを見ながら何か噂話をしているようで……」
「……確かに妙な視線を感じるわね。あまり好意的なモノには感じないわ」
「それは困ったな。でもあと少しで着くから、もうちょっとだけ我慢してもらっても大丈夫?」
「はい。すみません、変なご心配をおかけして」
「大丈夫。また何か気になることがあったら言ってね」
人の姿を陰から見て噂話とは貴族にしては下品だなと思ったが、直接指摘してトラブルを起こすのはマズいと判断したクロムは、王城までの足を速めることにした。
同時に、やはり記憶を失う前のエセルはこの国と何かしらの関係があったのだろうと改めて思った。
もしかすると王城にいる人ならば何か事情を知っているかもしれないと淡い期待を抱きつつ、先へ進む。
そして巨大な城の正門前に到着すると、ルフランは門番の二人にギルドからの書状を差し出した。
「――冒険者クロム殿ご一行でございますね。ただいま確認を取ってまいりますので少々お待ちくだ――え?」
先を行ったルフランに追いついたクロムたちだが、門番の二人がエセルの顔を見て固まった。
そして何度も目を擦ってエセルをじっと見つめる。
クロムは様子がおかしいと思い、エセルの姿を彼らから隠そうと前へ出たのだが、次に出た言葉を聞いて耳を疑った。
「アリア様……? いったいこんなところで何をしてらっしゃるのですか……?」
「!!?」
皆言葉を失い、一時静寂が場を支配した。
♢♢♢
「この度は本当に申し訳ない。まさかあなた方がアリアと瓜二つの女性を連れて現れるとは思わず……」
豪華な応接間でクロムたちに頭を下げる煌びやかな服装に身を包んだ金髪の男の名はロールス。
何を隠そう、エルネメス王国の第一王子だ。
「あ、頭を上げてください!」
「そうよ――いや、そうですよ! 王族の方がそんな簡単にあたし達なんかに頭を下げるなんて……」
「いや、悪いことをしたならば謝る。当然のことだろう。しかし報告を受けた時は驚いた。眠りについているはずの”妹”が、冒険者と一緒に尋ねてきたというのだから」
「流石にびっくりしましたよ。いきなり牢屋に放り込まれそうでしたから……」
あの後、門番は直ちに応援を呼びに行き、気づけばクロムたちは多数の兵に周りを囲まれてしまった。
そして王女様を攫った誘拐犯として扱われ、牢屋に入れられそうになってしまったのだ。
まったくもって理由が理解できなかったので、一度追い払って逃げようとしたところに慌てて割り込んできたのがこのロールス王子である。
結局ロールス王子のお陰で何とか誤解は解け、改めて客人として出迎えられたのだが……
「しかし君の名、エセルだったか。皮肉なものだ。妹の姿をしたキミがその名を名乗っているとは……」
「セリシアさんも言ってた――ましたけど、そのエセルという名前には、何か特別な意味があるのでしょうか? あまり口にするなと言われましたが……」
「ああ、私に対しての言葉遣いについては気にしなくていい。喋りやすいように喋ってもらった方がこちらとしても気楽だ」
「そ、そう……ならそうさせてもらうわ」
「それでエセルについてだが……これについて話すと長くなる。その前に見てもらいたいものがあるんだが、付いてきてもらえるかい?」
そう言われてしまえば、ひとまず頷くしかないだろう。
クロムたちは、ロールス王子の案内で王城の敷地内にある、塔のような建物へと向かった。
(……この場所、わたしは多分知っている。なぜ、こんなにも胸が苦しいのでしょう。あの日、確かわたしはここで……いったい何を――)
エセルは塔を見て何かを思い出せそうな予兆を感じたが、すぐに頭にノイズがかかって記憶の靄が途切れた。
その後、ロールス王子が塔の見張り番をしていた兵士に話を通すと、その重厚な扉がゆっくりと開かれた。
そして目の前に現れたのは――
「なっ……」
「これは……!」
「あっ……」
「ーーえ?」
驚き、察し、そして疑問。
様々な感情を抱くクロムたちの前には、鎖が巻き付いた巨大な水晶に閉じ込められた、エセルと瓜二つの少女の姿だった。
「――紹介しよう。彼女の名はアリア・E・エルネメス。我が国の第二王女にして――伝説の竜使いだ」
どこか悲哀に満ちた顔をしながら、ロールスはそう言った。




