12話 翌朝
「んむ……くぅ……すぅ……」
「……何で僕のベッドにいるのかな?」
窓から差し込む朝日に撫でられ目を覚ましたクロム。
早速朝の鍛錬のために起き上がろうとすると、何者かに体をロックされていることに気づき、慌てて布団をめくる。
するとそこには、クロムの腕に絡み付くように眠るメイの姿があった。
ご丁寧に立派な尻尾までクロムの足に巻き付けていることから、逃がさないという強い意志を感じる。
しかも眠っているとはいえ流石は竜種。姿勢が悪いのもあるが、かなりの力で固定されているのでなかなか拘束を外すことが出来ない。
このまま朝の鍛錬を邪魔されるわけにはいかないクロムは、仕方なく彼女に起きてもらうことにした。
「ほら。早く起きてメイ。頼むから」
「んぅ……」
「参ったなぁ……ちょっと悪いけどやや強引にやらせてもらおうか」
軽く揺すった程度では起きそうにもなかったので、やや強めに彼女を引きはがそうと試みる。
いくら力が強いとはいえ、クロムも相当鍛えているのである程度なら抗える。
そうして力を込めて捕まっていた左腕を解放することに成功すると、ようやくメイが目覚めた。
「なぁに……補給中だったのに邪魔しないでよ……」
「おはようメイ。起きたならとりあえず離れてくれない?」
「……もうちょっとだけいいでしょ?」
「だーめ。何してたのか知らないけど、僕は用事があるんだ」
「くっついてるだけでいいから。そうすれば噛まなくても吸えるから」
「僕が寝てる間に妖力奪うのやめてくれないかな!?」
この腹ペコ竜は、隙あらばクロムから妖力を摂取しようと試みる。
最初は噛んで吸収していたようだが、気軽にできなくなってからはクロムに接触することで少しずつ奪う方針にしたらしい。
やたらべたべたとクロムに触れてくるようになったのはこのせいかと納得した。
「じゃああの刀ちょーだい」
「――それはダメだって言ったよね?」
「一緒に寝るだけだから。食べないから」
「それでもダメ」
「えー……いじわる」
それならば妖刀から直接吸収すればいいのに、と一瞬頭によぎったが、メイに対して妖刀に触れないように命令したのは他でもないクロム自身であることを思い出した。
メイにとっては妖刀はただの栄養分でしかないらしいので、喰われてしまわないよう、きつく言っておいたのだ。
「じゃあちょっとだけ噛ませて。それくらいいでしょ?」
「――まぁ、それくらいならいいけど……」
とても残念そうな顔をしながら上目遣いでおねだりしてくるメイの姿を見て、クロムは断りきることが出来なかった。
クロムが了承すると、メイは嬉しそうに思いっきり身を寄せてきた。
現在のメイの姿は非常に薄いワンピース1枚のみという目のやり場に困るもので、そんな彼女が舌なめずりしながらこちらに顔を近づけてくるとどうしても頬が赤くなる。
しかも彼女は少しでもクロムに触れる面積を増やそうと体を押し付けてくるので、余計に困惑する羽目になってしまった。
「あ……むっ」
「…………」
昔なにかの物語で見た吸血鬼を彷彿とさせる所作で、メイはクロムの首筋に牙を突き立てる。
少しチクチクするが大して痛くはない。
それよりもこの密着状態を維持される方がクロムにとって深刻だ。
だんだんと心臓の鼓動が早くなっているのを感じつつ、早く終わってほしいようなそうでないような奇妙な感覚に襲われる。
そしてしばらく待っていると、不意にドアがノックされる音が聞こえてきた。
「クロムー、起きてる? 入っていい?」
聞こえてきたのは別室で休んでいたルフランの声だ。
昨日は王都ドラヴァルで宿を取っていた。
部屋配分としては、クロムが一人部屋、残り三人がもう一つの広い部屋だ。
つまりメイはあの部屋から抜け出してクロムの部屋に侵入してきたということになる。
おそらくルフランはメイがいないことに気づいてここへ来たのだろう。
「あ、えっと今は……」
「……? 開いてるなら入るわよ?」
「いや、ちょっ――」
「おはようクロム。早速なんだけど、メイがどこにいるかしらな――は?」
まともに声が出せず、気が付けばルフランが部屋の中に入ってきていた。
そして彼女の視線がベッドの上で絡み合う二人の姿を捕え、その表情が一瞬にして凍り付く。
それを見たクロムの顔から冷や汗が滲むが、メイはお構いなしに吸い続けたままだ。
「なに、してるの?」
「いや、その、メイがどうしても吸いたいっていうからその、仕方なく……」
「んっ……ルフラン、いたの? 今はぼくが吸ってるから、ルフランも吸いたいならもうちょっと待ってて」
「吸う訳ないでしょっ! 早くクロムから離れなさい! この変態ドラゴン!!」
ルフランの怒号が響く。
せっかく穏やかな朝を迎えたはずなのに、すっかり騒がしくなってしまった。
直後、ルフランがベッドに飛び込んできて、強引にメイをクロムから引きはがそうとすると、メイはそれが非常に不快だったのか、非常に不満そうな顔をしながらもベッドから飛び降りた。
やはりルフランに触れられるのは嫌なようだ。
それからしばらく二人で無言の睨み合いが続き、クロムは居心地の悪さを感じながら苦笑いした。
さらに遅れて入ってきたエセルはその光景を見て、何とも言えない表情で笑った。




