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10話 エルネメス王国

 竜と共に生きる国、エルネメス。

 連なり続く山々を背に、豪奢な造りの巨大な城を中心とした巨大都市がクロムたちの前に広がっていた。

 空を見上げれば、無数の飛竜が雲を縫うように飛び回っており、彼らの存在がエルネメスという王国を象徴するようにすら思えた。

 だが、その様子はどこか慌ただしく、落ち着きがないようにも思える。


「なんか変ね、あの飛竜」

「そうかな?」

「確かに、少し様子がおかしく見えます」

「――みんな気が立ってる」

「え?」


 メイが言うには、どうやら飛竜たちは虫の居所が悪いらしく、ストレスが溜まっているようだ。

 その原因までは分からないが、もし近寄れば間違いなく攻撃されるだろうと彼女は言った。

 一応現時点では地上に降りてくる気配はないので、ひとまずはスルーで良さそうだ。

 とはいえ、住民たちは頻繁に空を見上げては顔に恐怖を浮かべているので、お世辞にも良い状況とは言えないだろう。


 クロムたちは魔境ネーベルヴァルトを抜け、いくつかの小さな町を経由して王都ドラヴァルまで辿り着いていたのだが、この国はやはりどこか様子がおかしい。

 数年前に大きな戦争があった影響で、崩れたままの建物も少なくなく、いたるところに争いの痕跡が残されていた。

 かつては芸術品とも呼ばれるほど美しい都市だったのだが、荒廃した今ではその面影が薄い。


「とりあえずアルファンさんの指示通り、一旦ギルドのドラヴァル支部に向かうわよ」

「任せたいことがあるって言ってたけど、いったい何なんだろうね?」

「行ってみないと分からないわよ」

「クロム、おなかすいた」

「はいはい、もう少し我慢してね」

「むぅ……」

「…………」

「エセル、大丈夫?」

「――へっ? は、はい、大丈夫です。すみません」

「その、適当なこと言うようだけど、今はどうしようもないし、あんまり考えすぎないほうが良いと思うよ」

「そう、ですね……」


 あれから、エセルは時折ぼーっとするようになった。

 それは深い思考の海に沈んでいるのか、はたまた何か思うところがあってのことなのかは分からない。

 ただ、クロムの言う通り今はあまり思い詰める必要はない。

 クロムは少し前に起きたあの出来事を思い返す。


「――それで、次は何を壊せばいいの? 何を壊したら、ぼくを元の世界に返してくれるの?」

 

 淡々とメイが言い放った言葉。

 それはエセルの心に激しい動揺を与えた。

 彼女(メイ)自分(エセル)には明確に繋がりがある。

 それが例え結んだ覚えのない契約だとしても、彼女の言葉を聞いて偽りではないと確信を得るほどには確かな感触として存在していた。

 ただし、今のエセルにはそれをどうにかできる手段を持ち合わせていなかった。


「――ごめんなさい。わたしには、何も、分からなくて……」


 だから、そう答えるしかなかった。

 絞り出すように放ったその言葉を受けてなお、メイの表情はピクリとも動かない。

 ただ、感情の宿っていないまっすぐな視線をこちらにぶつけるだけだ。

 それがどうしようもないほどの居心地の悪さを生み出しており、エセルは今にでも逃げ出したい衝動に駆られていた。

 時間にして十数秒の長い沈黙を破ったのは、メイだった。


「――ふーん。じゃあいいや。思い出したら、教えて」


 そう言ってエセルを視界から追い出した。

 彼女の興味はすぐにクロムへと移り、同じ調子のまま彼に食事を要求し始めた。

 それを見たエセルはどこかほっとしつつも、何とも言えない歯がゆさに襲われる。

 それからはメイから、いつ記憶を取り戻すのかと尋ねられるのを彼女は恐れていたが、現在に至るまでメイがエセルに対して何かを要求することはなかった。

 それどころかごく普通に話しかけてくるので、余計に彼女を混乱させてしまっている。


「とりあえず今日はいい宿に泊まりたいわね。ふかふかのベッドが恋しいわ」

「うーん、確かに。昔はベッドなんてなくても大丈夫だったけど、一度贅沢を知っちゃうとダメだなぁ……」

「ベッドってなに?」

「何って、気持ちよく寝る場所、いや道具かな?」 

「ふーん、人間は寝るのにそういうのが必要なんだ」

「メイは今までどうやって寝てたの?」

「寝たいときに適当な場所で寝てた」

「流石、最強種族は違うわね」

「ふふん、そうでしょ?」

「褒めたつもりはないんだけど……」


 なかなか馴染めないエセルと違って、メイはあっという間にクロムたちに溶け込んでいる。

 クロムもルフランもエセルのことを気遣ってくれているのは分かるのだが、正直なところお互いに距離感を測りかねているのが現状だ。

 もし自分に記憶があれば、こういうときどのように振舞ったのだろうか。

 それに、彼女には焦りもあった。

 自分には今すぐにでも救い出すべき誰かがいる。こんなところで遊んでいる場合ではないという焦りが。


(あなたはいったい、誰なのでしょう。わたしの最愛の人。誰よりも優しくて、いつも物憂げな顔をしていたあなたはいったい……)


 空を見上げると、王都の中心を睨みつける一匹の竜が大きく咆哮を上げた。

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