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6話 名前

「とりあえずまずはこの子を下ろして、それからキミも……あの、そろそろ噛みつくのやめてくれないかな?」

「キュウ」

「いや、別に痛くはないから良いんだけど、なんと言うか落ち着かないからさ」

「キュゥゥ……」


 肩にしがみついていた小竜は、上昇中何故かずっとクロムの首筋に甘噛みし続けていた。

 この謎の少女の敵討ちのつもりなのかと最初は思ったが、全く痛くない上に敵意を感じなかったので放置していたのだが、何かを吸い取られているかのような違和感は拭えないのでいったん離れてもらうことにした。

 小竜の頭を軽く撫でると、とても残念そうな顔をしながらも軽く頷いてクロムの真横にふわふわと浮くように待機した。

 竜種の中でも上位種には人の言葉を理解する個体もいるらしいが、もしかするとこの竜もその一角なのかもしれないとクロムは思った。


「ルフラン、無事でよかった! ヘザードさんとレオーネも……ああ、もう終わった後なのか」

「それはこっちのセリフよ、クロム。あなたのことだから絶対生きてるってわかってたけど、思ってたより早いお帰りだったわね。それになんかお供まで連れてきちゃって」

「ああ、えっと、この人たちについてはどう話したらいいものか……」

「じゃあまずはこっちで起きたことから話すわ。ごめんなさい、クロム。そこのクズはあたしに対する私怨……というか逆切れで今回襲ってきたみたいなんだけど、とりあえずあたしとヘザードさんでそこのクズたちを黙らせておいたわ」

「ご無事で何よりです、クロム殿。この後は一度私が彼らの身柄を持ち帰ります。その後はギルドの判断で適切な処分を下してもらうことになるでしょう」

「なるほど。お任せしてしまっていいんですか?」

「ええ、もとよりクロム殿とルフラン殿は二人でもエルネメス王国へ向かえる実力はあるとギルドマスター殿も仰っておりました。私の同行はあくまでそのサポートにすぎません。ですのでここは私が戻るのが適任かと」

「そういうことならお願いします」

「という訳で、しばし眠っていただきましょう」

「へっ!? ぐあっ――」


 放心状態だったものの辛うじて意識を保っていたレオーネに、容赦のない一撃が与えられ、彼は地に伏すことになった。

 結局何が目的だったのかさっぱり分からないが、悪いヤツであることに違いはないので、しっかりと罰を受けてもらうべきだろう。

 その後、ヘザードは重力魔法(グラビディア)を用いて他の三人の女性と同様に地面にしっかりと押さえつけた。


「もとより彼にはあまり良くない噂が様々な場所で広まっていました。それに極度の女性好きであるとも……ルフラン殿のみにその(よこしま)な視線が向かないよう念のため兜を脱いだのですが、あまり効果はなかったようですね」

「あっ、そういう理由だったんですね……」

「しかしまさかあのような下らない理由でこれほどの凶行に及ぶとは、まったく愚かですね。つくづく理解しがたい」


 クールな表情こそ崩していないが、どうやらヘザードも今回の件については頭に来ているらしい。

 自分を襲撃したことに加え、ギルドに偽りの情報を流し、挙句の果てにギルドマスターたちが目をかけている将来有望なAランク冒険者を手にかけようとしたのだ。

 当然タダで許すわけにはいかない。


「で、次はあなたの番よ、クロム。そこの子たちはいったい何者なの?」

「えっとまぁ、何者かと言われたら僕もさっぱり分からないんだけど、強いて言うならこの崖の下の森でいきなり襲い掛かってきた人、かな?」

「ちょっ、敵を連れてきたの!?」

「い、いや! この子、見ての通りかなりの極限状態にあったっぽくて、僕を敵か味方か正確に判断で来てなかったと思うんだよね。一応戦いはギリギリ僕が勝ったけど、見捨てるのも忍びないし連れてきちゃった」

「あなたがギリギリ勝ったって、そんなに強かったの?」

「うーん、万全だったらちょっと危なかったかなって思ってる」

「大丈夫なの……? 起きたらまた襲い掛かってこない?」

「その時はもう一度僕が戦うから安心して」


 クロムは妖刀の柄を握り、自信満々に言い放った。

 いくら彼女が強いと言えど、これほどまでに弱り切っている状態ならば、無理矢理抑え込むことなど容易い。

 できれば抵抗してほしくはないのだが、それは彼女が目覚めて見ないと分からない。


「それで? そこの可愛らしい竜みたいな子は?」

「キュウ?」

「あぁ、この子はこの女の子が連れていたペットらしき子なんだけど、なんか僕にも懐いて付いてきちゃったんだよね」

「そんな出会ったばかりの竜に好かれるなんて、随分と珍しいこともあるものね」

「人の言葉もある程度理解しているっぽいんだよね。どういう名前の竜なのかはさっぱり分からないけど」

「ふーん……一応聞いておくけど、そこの女の子が可愛かったから連れてきた、って訳じゃないわよね?」

「ええっ!? うーん……確かに美人だとは思うけど、そういう理由で連れてきたわけじゃ……」

「そ、ならいいわ」


 何故そんなことを聞いてきたのか疑問を抱きつつも、改めて横になっている謎の少女に目をやる。

 確かに今の姿こそボロボロでやつれているが、それでもどこか物語に登場するお姫様のような美しさを残している。

 だが、戦闘中の彼女の顔はまるで歴戦の猛者のそれであり、どこか気品がありながらも戦い慣れている様子だった。

 そんな事を考えていると、少女の瞼が僅かに動き始めた。


「……う、うーん、ここは?」

「あっ、目が覚めたみたいだね」

「そのようですね。クロム殿、念のため距離を取ったほうがよろしいかと」

「多分大丈夫だと思うんだけど……おはよう、僕のこと、分かる?」

「――はっ!! あなたはさっきの!!」

「っと、待った待った。戦いはもう終わってる。僕の勝ちだよ。覚えてる?」

「……そういえば、最後の一撃は確か」


 勢い良く起き上がろうとした少女に、慌ててクロムが言葉をかける。

 その言葉を受けた少女は一度ぴたりと動きを止め、それから顎に手を当てて少し前のことを思い出す。

 彼女もまた武人だ。記憶を辿れば戦いの結末がどうなったのかはすぐに理解できた。

 

「わたしは負けた。そういう、ことですね」

「そういうことになるね」

「……分かりました。ならば敗者に口なし。どうぞ、お好きなようになさってください」

「随分と潔いのね。どこかのクズにも見習わせたいわ」

「い、いやいや。別にキミのことをどうこうしようって訳じゃなくて、単にキミの話を聞きたくて連れてきただけだから!」

「わたしの話、ですか?」

「そうそう! なんであんなところでボロボロになるまで彷徨い続けていたのか、気になってさ」


 少女の脳裏に浮かんだのは、あの真っ白で先が全く見えない森の姿。

 だが、今いる場所は太陽の輝きが地上に届く、満天の青空の下。

 それはつまり()が、あの真っ白な迷路から連れ出してくれたということに他ならない。


「キュウウ!!」

「っ! あなたは……」

「ほら、キミが連れていた竜も一緒に連れてきたんだ。これで少しは安心できるかな?」

「そう、ですね……まだ少し混乱していますが、今の私に拒否権はないので、どうぞ何でもお聞きください。と言っても、あまりお話しできるようなことは無いと思いますが」

「そんなお堅くならなくてもいいんだけどなぁ……えっとじゃあ、とりあえず名前を教えてくれない? あっ、僕の名前はクロム。よろしくね」

「あたしはルフランよ」

「ヘザードと申します」


 いつまでも謎の少女扱いというのはよろしくないので、とりあえず名前から聞き出してみることにした。

 しかし、何故か少女は回答に困っている様子。名前を言いたくないのか、はたまた……


「わたしの名前……名前……」

「もし答えにくかったらニックネームとかでもいいんだけど」

「名前……大切な名前……大切な言葉……」


 どうやら想像以上に真剣に悩んでいる様子。

 もしかすると記憶喪失なのだろうか。それならばあまりお話しできることは無いという言葉にも納得がいく。

 しばらくの間、少女は何かをぶつぶつと呟きながら記憶を辿っていたのだが、やがて一つの答えを得たようで、その名前を口にした。


「エセル」

「エセル? それがキミの名前?」

「たぶん、分からないけれど、その名前が一番しっくりきます」

「ならエセルでいいんじゃない? いい名前だと思うわ」

「そうだね。よろしく、エセル」


 謎の少女改めエセルは、納得したように頷いた。

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