35話 アステル王立学園2
アステル王立学園。
それは王都アウレーの西区画の大部分を占める学生街のほぼ中心に位置する、王国最大かつ最高峰の教育機関だ。
学園都市とも呼ぶべきその地は、普段クロム達が利用している南区画とはまるで別物であり、街を歩く人々の大半が若い世代という異質な世界が広がっていた。
「この服……結構動きやすいわね。戦闘服としても使えそう」
「そうだね。きちっとした服に見えるけど、剣を振るうにもそんなに邪魔にならなそう」
初めて袖を通す制服と言うものに違和感を覚えながらも、案外悪くない着心地に驚く二人。
それもそのはず。3日後に開催される武闘大会でも原則制服を着用することが義務付けられるほど、この制服は防具として優れているのだ。
行動を邪魔しない伸縮性はもちろんのこと、魔法による特殊なコーティングがなされたこの制服は、持ち主の魔力次第によるものの強靭な耐久性を発揮する。
ちょっとやそっとでは切れたり破れたりすることはなく、耐火性耐水性などもばっちりだ。
「ってか、もしかしてこれ、あたしが普段着てる服よりも優れてるんじゃない? これってこの依頼終わった後貰えたりしないかしら」
「うーん、どうだろう。僕としてはいつも着てる服の方がルフランに似合ってる気がするけどね。その制服も新鮮で可愛いけどさ」
「かわっ……ま、まぁ、あたしもお気に入りの服だから、同じの何着も用意してるけどね……」
「あ、なるほど! そういうことだったんですか!」
「――ってアナタ、もしかしてあたしが毎日ひとつの服だけを着回してるって思ってたの?」
「ええと、うん」
「そんなわけ無いでしょ! ちゃんと毎日別のに変えてるわよ!」
そんな不潔なことするわけ無いじゃ無いと怒るルフランに、言われてみればその通りだと納得するクロム。
その後も二人は他愛のない会話を交わしながら、学生たちに紛れて目的地へと向かうのだった。
♢♢♢
アステル王立学園高等部の学生が通うキャンパス。
通称ブルームキャンパスの5号館の一室で、一人の男子学生が窓際の席で足を組みながら講義を聞いていた。
しかし教壇に立つ教師には微塵も興味がないのか、その視線は窓の外へと向いている。
「……つまらん」
不服そうな表情を隠そうともしないその男子学生は、鮮やかな長い金髪が特徴的で、明らかに高価な装飾品をいくつも身につけているのが分かる。
今教師が熱弁している内容など、とうの昔に学び尽くしているため、もはや耳障りだと内心思いながらも、途中で抜け出すわけにもいかないので外の景色を眺めることで時間を潰している。
「ほんっとつまんないよね。かといって寝たら叩き起こされるし。あーだるいだるい」
それは彼の隣の席で大きなあくびをしながら気怠そうに肘を付く男も同じであった。
彼は金髪の男子学生とは対照的に、やや着崩した制服に癖のある銀髪をしており、飾りっ気のないどこか地味な印象すら受ける青年だ。
しかし二人に共通しているのは、まるで神に愛されたかのような美貌。
片や少し近寄りがたい印象すら覚えるほどの鋭いタイプの美青年で、もう片方はどこか親しみやすさを感じるふんわりとした雰囲気の好青年だ。
「……お前はしっかりと聞いておいた方がいいんじゃないのか、アドニス」
「まあねぇ……でも俺、座学って好きじゃないんだよねぇ……ギリウスもそうだろ?」
「……実技が最も重要だというのには私も同意する」
「ははっ、だよねぇ……」
そういって銀髪の青年――アドニスは再度大きなあくびをした。
それを尻目に再び窓の外の観察に戻った金髪の青年――ギリウスは、来たる武闘大会に想いを馳せていた。
(いよいよだ……名実ともに私がこの学園に頂点に立つ日もすぐそこまで来ている)
学園最大のイベントである武闘大会は、最上級生の中で選び抜かれた学園トップクラスの学生しか参加することはできない。
つまり出場するだけでも十分に優秀な選手であることに違いはないのだが、その中で優勝すればこの学園において"最強"を名乗ることが許されるという事になる。
魔法使いの名家であるジーヴェスト公爵家に生まれたギリウスにとって、武闘大会への出場はあくまで最低条件だ。
その上で自分に求められているのは優秀な成績を残すこと――否。優勝することだろう。
当然、今日に至るまで日々研鑽を積んできた。
学生同士の模擬戦では負けなし。本職の魔法使い相手でも十分に戦うことができると自負している。
だからこそ今回の武闘大会優勝の最有力候補であり、彼の頭の中では既に事が終わった後のイメージがしっかりと出来ていた。
(――ッッ!?)
だが、そんな彼の首筋に強烈な寒気が襲いかかってきた。
その不快感から、彼は慌てて首に手を当てる。
当然、そこに傷などは存在しないのだが、彼はその違和感を取り除くべく、何度も首筋を強く撫でた。
「……? どうしたのさ、ギリウス」
「いや、なんでもない」
その様子を見ていたアドニスの視線を感じて、ギリウスは慌てて手を離す。
額に嫌な汗が滲むのが分かった。
慌ててポケットからハンカチを取り出して、それを拭う。
(チッ……忘れたつもりだったんだが……)
首筋の違和感。
それはかつて存在していた弟に付けられた心の傷ともいうべきギリウスの苦い記憶だった。
弟は、ジーヴェスト家という恵まれた血統を受け継いでおきながら魔力を一切生み出すことのできない出来損ないだった。
父はいつも、あれは部屋の隅の埃と同じ存在だと言っており、魔法の才能こそ全てと教えられてきたギリウスにとっても見下すべき存在であった。
その境遇に少しだけ哀れみを覚えた事もあったが、彼が人目を盗んでコソコソと剣の鍛錬をしていたのを見てその気も失せた。
優れた魔法使いを目指すべき一族に生まれておきながら、剣の道を志すなど言語道断。
せめて魔導具の研究や魔導書の司書などなんらかの形で魔法に関わる道を進もうとしていたなら少しは違ったのだろうが……
結局、弟は家から追い出されることになった。
当然だろう、と思った。
魔法の道に触れようともせず、剣の道なぞにうつつを抜かす愚か者などこの家には不要なのだ。
だからこそ父からその事を聞かされた際に、彼にジーヴェスト家随一の厄介な秘宝――かの妖刀を押し付けて追い出すという事を思いついた。
妖刀――それは抜けばその者を呪い殺すと言い伝えられてきたジーヴェスト公爵家の秘宝。
厄介な事にかの刀はジーヴェスト家の人間以外を所有者として認めないため、捨てても何故かいつの間にか手元に帰ってきてしまう。
そのため代々当主となる人物が受け継いできたのだが、もし今後自分が当主になるのであれば、そんな厄介なものは抱えておきたくなかった。
だからこそ都合が良かったのだ。
ジーヴェストの血を引いておきながら、一族から不要として完全に排除される人間が存在した事が。
しかも彼は剣を扱う術を持っていた。
それならば徹底的に追い詰めて魔物が跋扈する森に放り出せば、たとえそれが呪われた刀だったとしても生き残るために抜く事だろう。
そのまま呪い殺されてくれれば、妖刀は所有者不在の状態になり、ジーヴェスト公爵家との縁が切れるかもしれない。
万が一上手く行かずに元の所有者の下に戻ってきてしまったとしても、それはそれで良い。
ただ、試す価値はあると思った。
結果は成功だった。
弟を捨ててから何日経っても何ヶ月経っても妖刀は当主たる父の下に帰ってくることはなかった。
とても喜ばしいことだと父は言っていたが……
(あの"出来損ない"がこの私に一撃を加えようとしたこと……今でも鮮明に思い出せる)
それは追い出す直前、弟と戦った時の記憶。
出来損ないが相手ならば初級魔法でも余裕だろうと慢心していたら、その全てをいなされ、首に向かって剣を振るわれた。
幸い、弟は魔力を有しておらず、また魔力を宿した剣ではなかったことから刃は届かなかったが、あの時もしその条件が満たされていなかったらギリウスは命を落としていたかもしれない。
それは彼の人生で初めての敗北の危機だった。
それは彼のプライドを大きく刺激した。
結果としては怒りのままに魔法を叩きつけることでギリウスが勝利したが、到底納得がいくような結果ではない。
油断していたから。
散々見下してきた"出来損ない"に対して、そんな言い訳を使うことすら屈辱なのだ。
今でもその事を思い出すと、はらわたが煮え繰り返る。
(くそっ…‥不愉快だ。実に不愉快)
嫌な事を思い出してしまった事に強い不快感を覚えるも、その怒りをぶつける相手はもう存在しない。
そうなればもう、その苦い記憶を塗り潰すほどの輝かしい実績を積み上げていくしかないのだ。
改めて今回は必ず優勝しようと心の底から誓うギリウスだった。
「……ん?」
そんな事を考えながら窓の外に視線を走らせていると、何やら奇妙な二人組が中庭を歩いているのが目に入った。
「えっと……ほんとにここであってるの?」
「し、知らないわよ! あたしだってくるの初めてなんだから……」
「ならとりあえず人に聞いてみるのが一番手っ取り早いか……よし、じゃあとりあえずあの人に声かけてみよう!」
制服こそ同じだが、高等部には似つかわしくない、小柄な男女二人。
明らかにこの場所に慣れていないのが分かる、怪しげな挙動。
しかしギリウスはそのうちの一人、男の方に強烈な既視感を覚えた。
「なっ…‥あれはまさか……」
思わずガタッと音を立てて立ち上がってしまうギリウス。
直後、教室中の視線が彼に集まる。
「――失礼」
少し遅れてそれに気づいたギリウスは、慌てて咳払いをして着席した。
だが、彼の心臓はこれ以上なく激しく鼓動していた。
「――クロム。何故貴様が……」
彼が目撃したのはもういなくなったはずの弟の姿。
幻覚を疑ってしまうほどの信じ難い光景を前に、ギリウスは動揺した。
再び窓の外に視線を向けると、そこに二人の姿はもうなかった。
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