24話 Bランク昇格試験4
昏く濃い魔の森に巨人の足音が響く。
硬く美しい碧色の体に真紅に輝く宝石のような目。
3人の若き冒険者の壁として立ちはだかる異形の巨人の名はミスリルゴーレムという。
「……おもしれぇ! やってやるよ!」
「ちょっ! バカ! 勝手に突っ込むのは危険――」
「オラああああっ!!」
リックは大斧を思いっきり振り上げて勢いよく駆け出した。
そしてゴーレムとの距離を詰め、空中へと飛び上がる。
狙いは頭。一撃で終わらせようと渾身の一撃を叩き込まんとする。
しかし、
「――うおぁっ!?」
ゴーレムは顔を上げてリックを視認すると、目を紅く光らせた。
直後、リックの体は空中で突然停止した。
落ちることも進むこともなく、まるで周囲の時間が止まってしまったかのように。
「ぐっ……うごけね――――ッッ!!」
無防備な姿を晒していたリックの体に無情にも鉄の拳が突き刺さる。
当然防ぐことなどできるはずもなく、彼の体は勢いよく吹き飛ばされてしまった。
大木たちを次々とへし折りながら、遥か遠くへと消えていく彼の姿を尻目に、クロムたちは各々の得物を握る力を強める。
「クロム。見たわよね、今の」
「ええ、あの目で睨まれた瞬間、リックさんの体が動かなくなってました」
「あれに注意しながらやるわよ」
「はい!」
クロムは妖刀を下段に構え、まずは挨拶代わりにと紫の斬撃を飛ばした。
それと同時に勢いよく大地を蹴って瞬時にゴーレムとの距離を詰める。
ゴーレムは飛ぶ斬撃を防ごうともせず、その頑強な体を持って受け止めた。
しかしこちらは陽動。全く問題はない。
クロムはゴーレムの足下に潜り込み妖刀に力を込める。
すると紫の刃が強く輝き始め、ただならぬ覇気を放ち始めた。
そして――――
「至天水刀流・滝登り」
「――――ッッ!」
一言。己が技名を口にすると、クロムは妖刀を構えたまま空中へと駆け上がる。
ゴーレムは危険を察知したのか、声なき声を上げ、その巨体に似つかない俊敏な動きを持って体を逸らした。
しかしトップスピードに達したクロムの刃を避けることは叶わず、クロムがゴーレムの頭上に達する頃には、その巨腕は宙を舞っていた。
しかしゴーレムの動きは鈍らない。
速やかに顔をターゲットへと向け、停止の性質を持つ魔眼を光らせる。
クロムは今だに背を向けたまま――しかし背中を預けた魔法使いが、ゴーレムの行動を許さない。
「あたしを忘れてもらっちゃ困るわね。エクリクシス!」
その詠唱とともにゴーレムの頭部が弾けた。
固有魔法の一つ。支配下に置いたあらゆるものに爆破の性質を与える苛烈な魔法。
人の身で受ければ見るも無惨な肉塊が出来上がることだろうが……
「…………」
その鋼鉄の体にほとんど傷はない。
しかし予想外の出来事に驚いたのか、その動きが一瞬鈍る。
その隙を見逃すクロムではない。
「クロム! やっちゃって!」
「はい! その目は危ないからいただきますよ――至天水刀流・重水月」
ルフランが産んだ隙を用いて、空を蹴り反転するクロム。
そして右上に刀を引く形で構え、猛スピードでゴーレムの頭部目掛けて強烈な突きを二重で放つ。
牙を思わせる鋭い突き技はゴーレムの両目を正確に穿ち、宝石の如きそれを完全に破壊した。
「よし!」
これで動きを止められる恐れは無くなった。
このまま一気に攻め落とす!
クロムは再び刀を構え、妖力を引き出して己の肉体と刃を強化する。
アルファンとの厳しい修行で身につけた新技術。
先程は横槍が入って見せられなかった最高の一撃を今度こそ。
「――クロムッ!!」
「分かってます!」
ゴーレムは両目を失ったが、視界の全てを失ったわけではなく、残された腕を以って迎撃せんと構えていた。
ルフランから警告の声と共に炎魔法による援護が入る。
彼女は今の自分に出来ることをしっかりと理解し、行動に移す。
つまりは戦況を観察し、自らの魔法を以って決定力を持つクロムの攻撃を通す道を作り出す。
それこそがクロムとルフランの二人に生まれたコンビネーションなのだと。
だがルフランの魔法ではその動きが完全に止まることはない。
クロムの小さな体を打ち滅ぼさんと巨大な拳が迫り来る。
しかしクロムが力を貯めるには十分過ぎる時間が経過した。
「――もらった!」
勝利を確信し、刃を振り下ろす。
技名のない、ただの袈裟斬り。
師匠から受け継いだ流派に当てはまらない剛の剣。
名付けるなら――紫閃。
妖刀が生み出した鮮やかなる紫の閃光が碧の体に喰らいつく。
「――――――」
悲鳴はない。
ただ、真っ二つになった鋼鉄のそれは、滑るように崩れ落ちた。
クロムも遅れて着地し、ルフランの下に歩み寄ると、二人は無言で片手を叩き合わせた。
「――なるほど、子供と侮っていたが、やるじゃないか。あの口だけの男とは大違いだ」
後ろから依頼主の声が聞こえてきた。
どうやら自分たちに対する評価を改めてくれたようだ。
そしてその言葉で後回しにしていたある事を思い出した
「あっ! そういえばリックさん、大丈夫ですかね?」
「はぁ……気が乗らないけど一応助けに行くわよ」
「そうですね……無事だといいんですが」
気に入らない男だけど一応は同じパーティの仲間だから、とルフランは言って歩き出した。
それに続きクロムと馬車も付いていく。
しばらく進むと、そこには意識を失って伸びていたリックを発見した。
二人はその体を無言で回収して馬車に詰め込む。
そして――
「欠員につき、もう一度引き返して安全な道を進みます。日没には間に合いませんが今日中には着くはずですのでご了承を」
「う、うむ。そうしてくれ……」
今度は依頼主もルフランの提案を受け入れ、エアルの道を通る安全なルートで港町ポルトゥスへ向かうことにした。
その後は特に大きなトラブルもなく、夜遅くになってしまったが無事にポルトゥスに到着することができた。
途中リックが起きて一悶着あったのだが、あのような目に遭った後なので最終的には黙って頷くに至った。
そして――
「――試験終了」
馬車から降りて伸びをしていた3人の背後から、そんな声が聞こえてきた。
そこにいたのは依頼主――ではなかった。
ふくよかな初老の男は段々と若く引き締まった高身長の男の姿に変化し、服装は冒険者ギルドの制服に、そしてその胸元にはギルドを象徴する紋章が刻まれていた。
「――やっぱり、そうだったんですね」
「なんだ。気付いていたのか。改めて試験官のマルクだ。Bランク昇格試験、ご苦労だった」
マルクと名乗った男を前に、ルフランはやや驚いた顔、リックは信じられないと言った様子の顔になっていた。
一方でクロムは依頼主に対して要所要所で感じていた違和感と肌で感じた強者の気配から、もしかすると彼はギルドの関係者なのではと想像してきたので驚きはほとんどない。
「ではこの場で結果を伝える」
「えっ…‥この場で!?」
「既に合否の判定に十分な情報は揃っている。では準備は良いか」
その言葉を前に、クロム達は無言で頷く。
そしてマルクは軽く息を吸うと、
「クロム、ルフランの両名は合格。Bランクへの昇格を認める。リック、貴様は失格だ」
淡々と、そう告げた。
クロムとルフランは互いの顔を見合わせて頷いた。
一方でリックは全く納得がいっていないという様子だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺が失格なのはまだ分かるが、なんでこいつらは合格なんだよ! 大幅に時間に遅れているんだぞ! 依頼未達成だろ!」
「……貴様は何も分かっていない。この試験の趣旨は依頼を達成できるか否かを見極めることではない」
「……へ?」
「この試験で最も重視すべき点は、依頼完遂が困難な状況に追い込まれた際に正しい決断をできるかどうかだ」
その言葉を聞いて、クロムはタルガ山道での大岩の件を思い出した。
あれはギルド側が用意した意図的な妨害だったのだ。
あの状況でクロム達は二択に迫られた。
即ち、
比較的安全だが予定よりも大幅に遅れる道と非常に危険だが予定時間までに辿り着ける道の選択。
「我ら冒険者ギルドは護衛の依頼を請け負った際、依頼人を安全に送り届けることを最重視する。失った時間は後々どうとでも補完できるが、失った命は帰らない。故にあの状況で選ぶべきは――もはや言わずとも分かるだろう」
「…‥でもあたし達は――」
「ああ。一度はリックに根負けする形で危険な道を選んでしまった。しかしお前たちの主張は一貫して安全な道の選択すべきというものだった。無論それを実行に移せなかった点は反省すべきであるが、お前達はミスリルゴーレムとの戦闘後、引き返す道を選ぶことができた」
もしあのまま己の力を過信し前に進んでいたらその時点で即失格にしていた、とマルクは続けた。
最も、3人がファアリの森に立ち入った時点でマルクの中では既に失格を与える予定で、魔境の魔物と実際に戦わせることで身をもってその危険性を理解させるつもりだったのだが……
結果的にはクロムとルフランが魔物を倒してしまったのでその予定を変更して様子を見ることにしていたのだ。
「そういえばあの岩の破壊を止めたのはやっぱり――」
「ああ。アレは焦ったぞ。あの岩は破壊できない前提で設置したものだからな。強引に突破されては試験にはならないのだ」
なるほど、とクロムは納得して頷いた。
ちなみにもし最初から安全な道を選んでいた場合はマルクが適切なBランク試験用の魔物を召喚して戦闘能力を測るという過程も発生していたらしい。
無論Bランク冒険者たるもの相応の実力も必要と言うわけだ。
だがミスリルゴーレムを討伐してしまったことにより、その必要性がなくなったとのこと。
「ともかく合格おめでとう。今後はBランク冒険者としての活躍に期待する」
「ええ、ありがとう」
「ありがとうございます」
「……リック、貴様は今一度冒険者としての基礎を学び直すことを勧める。今回の貴様の行動は場合によっては降格処分すらあり得たぞ」
「……ああ、分かってるよ」
そう呟くと、彼は二人に背を向けてそそくさと去っていってしまった。
クロムは何か声をかけようと思ったが、かける言葉が思い浮かばず、気付いた頃にはもう見えなくなってしまっていた。
♢♢♢
「あーあ、結局こうなっちゃったかぁ……ま、最初から彼に期待なんてしてなかったけど!」
暗闇に紛れ、不敵に笑う人物が一人。
親しげに会話をするクロムとルフランの二人を見ながら、つまらなそうにため息をつく。
「さぁて、次は何を仕掛けようかなぁ。まだまだ許さないからね……ルフラン」
クロムが何かの気配に勘づき、近づく頃には、既に闇に溶けて消え去っていた。
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