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日本だけ

 この日の夜遅く、匿名掲示板に助けを求める書き込みがあった。


 こんな国は日本だけだ。


 その役場は爆弾が落ちた後、爆風が過ぎ去ったのを見計らい、テントを屋外に立てたのだそうだ。

 核爆発のその後で。


 爆風によって窓ガラスが割れたため、破片が散らばる室内を諦めて、即席の指揮所としてテントを運用したのだそうだ。


 窓が割れていることからも分かる。爆心地に近いその場所で、核降下物の中、彼らはなんの防護服も身に付けずに活動を行った。


 後の人間からすれば自殺行為だということは想像に固くない。だが、彼らは知らなかった。

 義務教育では習っていない。専門の学生ですら、現物を見ることはない。汚いものに徹底的に蓋をする日本でその感覚は育まれた。


 日本は平和な国であった。


 それならまだ、生き残る可能性はあった。すぐにその場を離れて、ヨウ素剤を飲み、核の届かぬ地下に逃げればあるいは。


 だが彼らは逃げなかった。


 もちろん彼らも、体に悪いと分かってた。危険だと分かってた。散々、東日本大震災の時に報道され、知っていた。だけど、まさか自分が被爆するなんてと考える。自分だけは助かると心のなかで思ってしまうのは、その平和ボケした生き方でも生き残れた日本という環境に原因がある。


 何ぜ彼らは逃げなかったのか。


 こんな国は日本だけだ。「自分だけ逃げるわけにはいかなかった」という。その上、誰も逃げようと言わなかったから自分も残った。


 ほとんどの人が動かなくなった、という。蝋燭の頼りない火に照らされた写真のなかで、生きている人も体に油を塗ったように不気味にテカっていて、身体中がアザだらけだった。内出血をしているのだ。細胞が腐り、修復されていない。


 ああ……。通常であれば何の問題もなく行われるはずの体の修復が止まっていた。


 放射線は遺伝子を傷つける。引きちぎられた遺伝子は別々のものがくっついたり、繋がったりして全く違う形に変わってしまう。


 その遺伝子のデータを読み出して体は修復していたのだから、当然、修復が止まる。


 傷ができれば血は止まらず、新鮮な血液が作られることもない。


 これが重度の内部被爆下におかれた方の実態だった。


 今さら何をアドバイスしろっていうんだ。何をしたって無駄だ。そもそも被爆者を治療した実績が人類には足りておらず、有効な対処法が確立されていない。一般人が知るよしもない。

 

 言えることなんて、ひとつしかなかった。

 カッパを着て寝てください。カッパには名前を。油性ペンでできるだけ大きく書いて、窓やドアは全部何かで塞いでください。


 もしも、運良く、あなたの親や子供が迎えに来て、あなたを見つけたときに誰だか分かるように。どうか幸せな夢を。


 書こうと思って打ち込んだが、最後の段落を消して送ることにした。死んだ後に骨がバラバラにならないようにカッパを着るなんて知らなくていい。窓を塞ぐのは動物や虫が入ってこないようにするためなんて知らなくていい。


 その意味に気がついた何人かが直接連絡をとれないか、と送ってきたが無視をした。そういう気分じゃなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 起こりうる(と言うか、起こる) 現実 [気になる点] この連帯感は、日本特有のもの、良くも悪くも…… だが、暴走する一部が居る、其れが気になるのだ。 [一言] 前話との温度差で、風邪を…
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