従者
熊さん虐め事件から生還して、俺は設計図を書いていた。作るのは核……違うんです。相手がその気ならこっちも武器を持とうと言うのが筋じゃないですか。今さら汚染など気にしてもしょうがないじゃない?むしろ、爆心地ならば痛みなく命を刈り取っていく爆弾の方が人道的とすら言えるのではないでしょうか。かつてのギロチンは人道的な目的のために設計されたように、この世界ではこれが人道的です。田畑が汚れるよりも仲間が汚される方が我慢ならなかったのだ。
幸いにも最大の障壁である材料は回りにいくらでも転がっていた。実は核兵器というのは、爆発する瞬間に核その物も四散してしまうので反応せずに回りに飛び散る。つまりそれをそのまま再利用すれば、遠心分離してわざわざ濃縮する必要もないときている。なんということでしょう。
さらにこれらは、一定の量さえあれば勝手に爆発する代物なので、爆発する定量の半分を集めて、それらを強制的にぶつけ合う構造さえ作れば、構造的に作動する。普通に、第二次世界大戦の時の技術なので、我々からすればとても簡単な技術だ。それこそ、キリモミ式の着火みたいな。今時の現代人はガスバーナーで焚き火に火をつける。
ただし、材料からは大量の放射線が出ている関係で、触ることも危険。近くにいることすら危険。じゃあ戦時中はどうしたのかといえば、何の防御もされていなかった。
彼らはニュークリアボムとよび、新しくて綺麗な爆弾と称したのだった。実際は放射能で土地を汚染する悪魔の技術なのだが関係ないと言わんばかりに。
我は死神なりという言葉があるが、あえて俺も言葉を残そう。我は死そのものである。死の前では全人類は同等の価値なり。
皆平等に価値があるが、地位も名誉も年齢も関係ない。これは神の前では全ては平等であるというような宣言に近い。誰もまだ死を克服できていない以上、この死の前に頭を垂れるべきである。
恐ろしいことにある程度の技術を有する技術者は、皆この様に武器を作ることが出きる。ではなぜ、日本は平和なのか。それは我々が自分の倫理観に乗っ取って作らないようにしてあるからにすぎない。というね、じつに危ない橋の上に成り立っているのだった。
材料集めは熊さんがやってくれることになった。かつての独裁者みたいになりたくないから、その危険性を説明したし、たぶん使わないことも、使えないことも説明した上で、彼は志願した。正確には彼女は。
マジかよ。冗談で話を振ったのに。元気が出ればいいなって思って設計図も書いたが、強度計算もしていない。というか、この爆弾にはその……。誰が作ったか知られると、誘拐されて同じものを作れと言われるような代物であった。その上、今はか弱いケモショタ猫のプリチーボーイ。ムキムキマッチョマンに捕まる可能性だってある。早急にボディーガードが必要となった。後先考えずに物を作り出すからいつもそうだ。俺はいつも後悔をあとからやる。
「何処かに可愛い従者でもいないものか」
ワンコ君の目が変身ベルトよりもギュンギュンと回り、僕ですボクボク!ともろ手を上げて近づいて来る。その顔は毛皮の上からでも分かるほどピンク色に色づいて、大きな口から舌をベロベロ、尻尾はピンとなったかと思うと、ブンブンうるさいほど音を立てていた。
「ねこちゃんは僕が好きだもんね!」
真っ直ぐであった。瞳を1つも動かさない。
他の者など視線にも入れぬそのきがいである、が、彼は猫の髪の毛をむんずとつかむと、鼻を押し付けて匂いを嗅ぐ癖があった。曰く、太陽の匂いがするらしく、彼はそれが好きでたまらない様子であった。
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