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プリチー

 暖かみの少ないステンレスの手摺、色気のない鉄網の荷物置き。

 一人分の座席を4つも占領して横になった農家は、骨ばった手を窓枠に伸ばして大きなあくびを付いた。

 その電車は春日部と八木崎のあいだで止まっていた。あの日、爆発があった日、送電が切れたまま放置された車両は、手動で開けられた、扉もそのままに時間が止まっている。

 生存者の姿は、農家を除いて、最近仲間になった技術者のロアとタロウだけだ。

 ロアはくたびれたスーツに黒色のダウンを着ていて、きくかわからないマスクをして切り抜いた電車の床下を覗き込んでいた。


「ねこちゃんあったよ!」

「私は農家です。農家。お疲れ様です」

「大電流用特注モーター、誰も手ぇ付けてねぇ!勝った!!」

「さっさと回収して帰りましょう!」

 今日の獲物は電車を起動するためのモーターだった。電車の車体重量は大体4トンほどあって、さらにそこに、乗客が百人ほど乗る。つまり、それだけの重量が引っ張れるほどのモーターが付いているのだった。

 今後、インフラを復活させるならば電車はあった方がいいが、何分、インフラは戦時における重要目標であるから、敵は狙ってきた。大宮にある送電設備はまるごと全滅だった。

 おいおいどうするんだよ。もうとっくに江戸時代だよ。

 日本人の平均寿命は40代まで下がるだろう。それが、化学と物理を潰された結果だった。

 そのうえ、それらを使っていた人々がいきなり江戸時代で生活できる訳もなく、我々は過去の遺産、ロストテクノロジーをこうやって発掘してちょっとした実験を始めようとしているのである。


 作るのは水力発電だ。

 水車でモーターを回し、そのモーターから電気を生む。モーターは構造上発電機でもあって、うまく用いればほぼそのまま発電機に出来た。

 そのために、農家がやっつけたのは野犬6匹とちょっかいをかけてきた暴徒2人である。

 疲れた。鉛のように重い手足をなんとか動かして歩く様を見てロアもタロウも声を失った。

 しだれ桜のように垂れた前髪は夕闇にも生える白色であり、その頭にはやはり、血のかよった獣の耳が生えていた。有り体に言えば、可愛いとかそういう言葉をかけられる姿である。


「ねこちゃんさんは、どうしてその姿に?」

「……多分、混ざっちゃったんです。同居人と」

「混ざる?」

「それか食べてしまったんです」

「触っても良いですか?」


 農家は辟易として顔を歪めた。普通の人は、というよりも、会う人全てが撫でたがるのだった。最初のうちは渋々と了承していたが、その手が汚れていたり、虫がついていたりしたので、一度ごっそりと毛が抜けたことがあった。

 それからというもの、触ろうとする人があれば睨んでいたが、ロアがうずうずと触りたそうにしているので仕方なく頭を差し出した。


 手がちょうど子供を誉める時のようにぐいぐいと撫でる。その瞬間農家は耳をたたんでイカ耳のようにするが、それも面白いらしく何度も頭を撫でられた。


「ねこちゃんは、なんで二足歩行なのかな?」

「みんなが怖がるからです。四つん這いだと余計に猫っぽいから」

「むー、プリチーだねぇ」

 農家はこのようなゆるキャラ枠に収まるつもりはなかった。なので手を弾いてもくもくと歩くが、それすらも気になるらしく、ロアと、タロウは目で追っていた。


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