虫君ハッピー
「ギャハハハ!!」
敵の乗っていた車を横取りし、乗り込んだ運転席の中で、どうみても背丈の足りない農家は、背伸びをしながら変な笑い声をあげていた。
それを見た人々は思った。なんだか、子供がいたずらをしているようだと。青っぽい体毛もあいまって、それはまるでぬいぐるみのような愛らしさすらある。
自分達は倒す側であり、攻撃されることはない。そのはずなのに、それは愉快そうに車をぶつけながらこちらにやって来る。
満面の笑みを浮かべ、バンパイアのように長い犬歯を見せびらかし、チクチクした棘の並んだ舌でべろべろとしているのだった。
今しがた、仲間が一人撥ね飛ばされた。
あまりにも簡単に、一切ブレーキを踏む様子もなく撥ね飛ばした。
老人がアクセルとブレーキを踏み間違えたのとは訳が違う。明らかに殺意を持った車が突っ込んでくる。その恐怖から逃げることは恥ずかしいことではない。
しかし、逃げた先には黒いタールのような影がいて……。
「そりゃ、ないでしょ?」
身体中の穴と言う穴が破壊された。
手足の感覚も、視覚も全部もぎ取られ、新しい人格が全てを乗っとる。
抵抗しようにも力の入らない。体から、のたうつ大蛇のような生き物が、まるで卵の殻を割るようにして外に飛び出して来た。
それを見た人間は恐怖にかられる。その姿は、エイリアンその物であり、逃げなければならないと分かった。
「はやく、早く逃げなきゃ……」
「もうおそいよ」
真っ黒な塊が蠢くように喋った。
皮膚を痙攣させ、背中に口があるように喋ったその生き物は、悦にいったように車の運転手を眺めていた。その余裕すらあるのである。
「美しい方だ。やはりあの人の中身はあの人だからいいのかなぁ。惜しいなぁ。死んだら体もらえるかな?」
こちらを見ていない。これはチャンスだ。藁をもつかむ気持ちで走り出した。
しかしそれは、目のない瞳で、ありとあらゆるものを見る。音も温度も臭いも全てはその虫の視界である。
黒い触手が足に絡み付いて咄嗟に外そうともがく。しかしそれは、皮膚に針のような棘を刺して中へと入ってきた
もうどうしようもない。
「あっあっあっあっ」
「もっと血を。もっと死体を。僕はねぇ、あの人の一番になりたいんだ。だからねぇ。君たちにはその供物になってもらうね♥ ありがとー。」
グジュ……っと水がこぼれたような音が響いて、またひとつの命が終わった。




