城中の畑
なんかちょっと変だと思ったんだよ。
何で一週間もたつのに救援のひとつも来ないんだ。自衛隊は、国、または県からの要請を受けて災害派遣を行うと思うのだが、それにしたって水の配給もないのはおかしな話じゃないか。
で、ネットの匿名掲示板で自分の住所さらして聞いてみたらビックリ、皆が話していたのはここじゃなかった。ここだけじゃなかった。
少なくとも日本の10地点で攻撃を受けていた。
そんなに多いはずがないと思うだろう。しかし、人間は既に地球を三回滅ぼせるだけの核を保有するに至っている。これでも被害は小さいくらいだ。
その中には燃料気化爆弾を使用した攻撃も当然、含まれていたと思われるが、公式発表のあった上野での被害は推定12万人。まだ名前も分かっていなかった。ごてごてに回って専守防衛の結果がこれ。
おい終わってるがな。仕事やめろ、学校行くな。皆死んじゃうぞ。
爆発で舞い上がった塵は、風にのって日本全国へ流れるだろう。道理で筑波山が見えないわけだ。
一方で世界がキラキラして見える。今思えばそれは、溶けた金属が沸騰して小さな粒となって降っているからだ。溶接でいうところのヒューム。目に見えないほど小さくなった粉末金属。吸ったら肺癌になる。
畑が終わった。たぶんもう二度と収穫できない。
正確には収穫はできるが汚染された野菜しか育たない。野菜は土から栄養を吸い上げるけれど、その時一緒に毒も吸う。
その野菜を食べて育つ動物は毒と一緒に核物質を取り込んで内部被爆。子供は奇形に、親の寿命は石器時代と変わらない長さまで短くなるだろう。
その当時の人間の寿命は長くて20年だったよね。
途端に心配になる。俺たちが最後の人間になるのでは?
今日、帰りに見た虫。羽が片方変形したあの虫は、今思えば奇形だった。あれって寿命の短い虫が先に影響出始めている、ということじゃないのか?
怖いことを言おう。あと何年、人間は大丈夫だろう?日本にある食料で内部被爆しないでどれだけ生きられる?
コンビニやスーパーマーケットを占領して、保存食をつくって生活したら、2年は持つかもしれない。でもその先は? 人じゃなくなるよね。
俺はそんなの嫌だぞ。
幸いにも俺は生産する側で、ある程度のノウハウと、必要な道具は全部揃っていた。
やることはひとつだろう。
まず使っていない母屋の床材を剥がして土を出す。
母屋は、昔ながらの作りで、いわゆる長屋という形をとっていた。俺が生まれる前から建っているが、この緊急事態だからご先祖様も許してくれると信じて床を剥がした。
もともと母屋は土間があって、その上にリフォームで床材を敷いていたのだった。すぐに綺麗な地面と再会することができた。
この場合の綺麗な、とは核汚染されていない土、という意味で、栽培に最適か?と聞かれればお世辞にも良いとは言えない。
だから、必死に耕すんだよ。今すぐ。
トラクターが玄関から入れないから、昔さながら、スコップとスキ持って、腐葉土、高度化成肥料入るだけ注ぎ込んで、直ぐに一日が終わった。
翌朝、改めて確認すると、まあ、スゴい見た目である。
家に入って即、畑。土臭いねぇ。
母屋の入り口は元々大きなガラス張りの引き戸だったので、さんさんと太陽が降り注いで柔らかな地面を照らしている。あったかい。土もふわふわで、水は井戸からポンプで汲み上げられるし、怖かったら蒸留したっていい。腰を据えても十分なスペースが確保できた。勿論線量計の数値は外よりも低い。やろうと思えば畑をもっと広げることもできるだろう。
本当は一年くらい土を置いてから栽培を始めるのが正しいのだろうが、何分時間がない。
新鮮な野菜をとらないと人間は死ぬ。ビタミンがなくなって血を吐いて死ぬ。これが分からなかった昔の人類は実際に沢山死んでいる。
勿論、栽培するのは茄子科の優等生にしたいが、今は時期が悪いので、まず確実性をもってホウレンソウ、ニンジン、この辺りを植えてみる。これでうまくいくようだったら次に進めばいい。
もしかして今、安全な土がものすごい価値になっているのではないか? え? 大金持ちになれるじゃないの。売らないけど。
家のなかで栽培するなんて初めてだし、やったことないけど、たぶん外で育てるよりずっと簡単だ。
だって霜は下りないし、虫も鳥もいないし、動物が掘り起こしてきたりしない。危ない人間だって来ない。
えっ……。勝ったな。風呂入ってきていいぞ。




