修理
というかそういえば、窓ガラス割られてた。
「お前ら帰れ! シッシッ!」
まさか猫にそんなこと言われると思わなかっただろう。ビックリ顔のおっちゃんたちに別れを告げてさっさと帰ってもらった。
この世界だと人の事考えなくていい。自由な世界だ。都合が悪いときは断っていい!なんと素晴らしい!
俺は床に転がっていたガラスの破片から尖っているのを探し出して、放置されている車両の方に歩み寄った。
この手はちょっといただけない。人間のように指が長くないし、物をつかむと強制的に爪がモフモフから顔を出す。なので肉球に挟むように保持しなければならなかった。
猫大変だな。そういえば、同居人もなにか物を運ぶときには口にくわえて運んでいた。
物は試しということで口にはむっとして車の窓ガラスに対峙した。その時である。
「ネコチャンなにやってるの!? 怪我するでしょう!!」
「ひゃいひょうふはって」
口に物を挟みながらだとなんかよくしゃべれなかった。
まあ、見とけよと、目で伝え、ガッチリ車に抱きついて尖ったガラスで窓ガラスを傷付けた。
ガラスというのは硬い。非常に硬く脆い。しかしその弱点は自分と同じくらい硬いものによって簡単に傷を受けると言うことだ。
本来ならばダイヤモンドの工具で切るが、窓ガラスの破片でも傷がつけられればこっちのもので、ある程度深くまでいったら体重をかけて割ればよかった。
「よいしょ」
「なにやってるの!!」
パキリと割れて胸の中にはガラスの板があった。
「ふへへへへ。学生時代は良くこういうアルバイトもしたのです。さ、嵌め込みに行きましょう」
しかしその姿は、口にくわえた硝子が長い舌のように、ガラスを舐めるようにしていたのである。思わず玲子さんは頭を抱える。
さらにその猫は、天井近くにあった梁へ軽やかに飛び乗って、さしてバランスを崩すこともなく、ガラスを窓に嵌め込んだ。
しかしガラスのサイズが合わなかったので、その場で長手方向を切り詰めていく。
本来ならば高所作業帯をつける高さなのだが、本人はもう人じゃないからいいやと割りきってテキパキと作業を進めた。
はめ込んだらガムテープで養生して終わりだ。本当はシーリングとかした方がいいのだけど、ここには材料がないので我慢する。
設計において大事なのは必要なものを揃えることではなくて、揃わなかったときに別のもので工夫することなのだと農家は考えて少し笑った。
「降りてきなさい!!」
なんか玲子さんがキレてた。誉められはしないものの、喜んでもらえると思ったのでなんかシュンとした農家は尻尾を股の間に無意識に隠した。
その状態で梁から飛び降りたので前屈みに体勢が崩れる。
目の前にはギラギラと輝くガラスの破片が山とあった。
これより頭から突っ込んで真っ赤なトマトとならんばかりのその瞬間に手が延びた。
玲子はその腕のなかに白い頭を抱えて「バカ!」と言った。
「いや、ちょっとよろけただけ」
「死んじゃったらどうするの!?だれが私の抱き枕になるの? 枕変わったら寝付けないじゃない! それに夢見も悪いわ!」
しょうがねぇなぁ。俺が寝ている間にそんなことしてるのか。
この体になってから眠くてしょうがないのだ。体に対する筋肉量が人間と違うから、消費カロリーを押さえようと頭が勝手に眠る指示を出しているのだ。
「ごめんなさい。反省してますから」
「今日は一晩中ナデナデの刑だから!!」
「ええ?静電気すごいから触られるの嫌なんですけど」
にっこり笑った女のその顔は全く意に介さない様子であった。
選択を間違えた、と農家は思った。




