梅干し美味し
茨城県では多くの民間人が命を落としていた。
国道沿いの畑に、とても大きな犬がいるな、寂しそうに吠えているな、と思っていたら、それは手足が焼けただけれ、溶けてしまった人間であった。歩くこともできず、這いずるように歩いていたのだと知ったとき、恐ろしい悪寒で吐き気がした。あそこにいたのが俺でも全然おかしくなかった。きっとあの人は腹を空かせて、米のたける匂いを嗅ぎ、農協を目指してきたのだろう。結局、動けなくて死んでしまった。あれは人の姿をしていなかった。敵はこんなにも酷いことをするものなのか、と心が怒りに満ちた。
翌日、俺は物資を探しに農協を出た。人間、弱いもので白米だけの食事では味気なく、肉や、野菜、フルーツの缶詰などが精神を正常に保つために必要だった。
大嫌いな関東平野。遮るものもなく、どこまでも続くこの田舎町で、仕事と言えば、農家か、農協か、学校の先生か、役場しかなかった。しかも俺は小さな畑の農家だったので、ずっと貧乏だった。
だれかの母屋に梅干しをプラスチックの樽にあけたのがあったので、ありがたく持って行くことにする。
農協に帰ったあと、すぐに女さんが駆け寄ってきた。
俺の持っているプラ樽がいやに大きな獲物に見えたらしかった。
「なにこれ?」
「梅干し」
手が吸い込まれるようにして樽へと延びた。まるで、地獄絵に書かれた餓鬼みたいな形相で腹に詰め込んでいった。
「美味しい。甘いねぇ」
と女さんは指まで舐めてご満悦である。
「俺も食べるんだけど……」
「毒かもしれんから……私が毒味してるから」
樽ごと抱えてどっかに行く女さんは、多分、ご飯を炊くのだろうなと思った。この時、自分達にはただの梅干しさえ御馳走だった。
肉を食わないとまずい。そろそろ死ぬかも。




