友よ
玄関横の廊下から垣間見るようにして覗いている俺に、その虫の塊は気がついていないようだった。
あまり目は良くないらしい。
しかし、あの化け物を喰った化け物であるので、簡単に玄関扉を開けるバカはいない。
ここは田舎で、虫は沢山いる。そのために、玄関には殺虫スプレーが常備されていた。
これ使えばいいのでは?
そのメタリックの冷たい缶をそーっと虫の方に向け、プシュッと吹いてみた。
「イギャアアア!!!」
なるほど。この虫も虫らしい。もんどりうって地面に倒れ、悲痛な叫びをあげながら右に左にと蠢いていた。
「しめた!」
この絶好の機会を逃してなるものか!颯爽と玄関から飛び出して、なんなら玄関の扉で強かに虫を叩き、頭のてっぺんにスプレーを近づけてにやりとした。
所詮は虫。人間の文明には勝てんよなぁ。こっちは、もう何十年も薬物耐性を持ち続けた虫たちを殺すために作られ、改良された劇物。ともすれば、人間すらも害を受ける物質を用いる特効薬。
「と、友よ。なぜだ」
こいつ喋りよったわ。
というか、声からして虫君だった。
体の色がいつもと違うので、彼として認識できなかった。
彼は人の形をしていないのだった。巨大なミミズの集合体のような体をしている。直視したくない。だって……。
「ごめん」
「寄生させてくれ……そしたらよくなるからぁ」
プシュー!!
「ぎゃあ!!!!」
今のは手が滑った。ああ、そうですか、そうですか。虫君は殺虫スプレーが苦手らしい。
そしたら、あれか? クレゾール石鹸液につけたらどうなるだろうか?
「虫君。何で君は俺と会ったときにさっきみたいにして食べなかったの?」
「本気でやったさ。それを君が避けたんじゃないか、友よ。ああ、いとおしい友よ。君にふさわしいのは僕だけなのだ。他は全く許せない」
おおう。なんとも不気味なアイラブユーをもらってしまった。(いつか食べますからねっていう宣言にも聞こえる)
転がっていると可哀想なので抱き上げようと手を回したらボトボト!って手に芋虫が落ちた。
無意識に振り落とす。もう急いで手にくっついた命を振り落とす。
「酷いじゃないか。僕はこんなにも、愛しているというのに」
彼が、ぐちゃぐちゃな虫で形作られただけの顔を笑顔に歪めて笑うのを見て、殺虫スプレーが本当は効いていなかったのを知る。
彼は、俺がどうするか試したのだ。殺そうとするならば彼もそうしただろう。
なのに俺は、彼を心配して抱き上げた。
その結果を誇るように彼は笑っているのだ。
「いまはさ、それでいいよ。君は必ず僕がもらう。待っててね」
虫が集まってできた舌先で歪んだ唇をなめた。
背筋がゾクゾクした。ばたりと玄関を閉める。
何であいつはああなんだ。ストーカーじゃないか。




