友人
女が目を覚ましたのはソファーの上だった。いつの間にか意識を飛ばしたその理由は、腹にずっしりと残る衝撃のせいだ。身を起こすと激痛に苛まれた女は、逆光のなかに動く人影に気がつく。
その一撃を食らわせた張本人が、機嫌良さそうに火にかけたフライパンで料理をしているのだった。
女の鼻先を肉の焼けるよい匂いがくすぐるが、その目は別のところに釘付けだった。
その料理人は前掛けのようなエプロンを一枚きたきりで、身を隠すための服を着ていない。その体は毛に覆われているため、わずか一センチの肌すら見えないが、一見すると巨大な犬か、猫が人間の真似事をしているように見えた。
大きくせりだした胸元は、モフモフと音がしそうなほどの毛に埋もれ、女はそれが実に好きになった。
「あ、起きましたか。吐いてくれますか?」
「……吐くって何を?」
「貴女方の部隊の構成、武器、戦術、男女比と備蓄について」
「はぁ?」
女は、目の前にいるのが、なにか別の人種なのではないかと思った。有り体に言えば何を言っているのか分からなかった。
「答えれば、ご飯をあげます。貴女のリュックから出てきたものですが、今は俺のです。答えなければ、俺の友人が貴女を穴だらけにします」
言うが早いか、ソファーの裏から、不気味なる、ねっとりと糸の引く触手の塊が姿を表した。
それは辛うじて人の形を保っているが、とても生臭く、まるで100匹の魚をまるごとすりつぶし、夏場に放置したような、すえた臭いのする生き物だった。
「彼は人間が大好きです。きっと可愛がってくれるでしょう」
「ひい!」
己の不運を知った女は飛び上がって逃げようとしたが、その足にはすでに大蛇ほどもある芋虫のようなものが、しっかりと絡み付いていて、舌先でねぶるようにして味わっていた。恐怖の味を、彼女の汗の味を。
「こ、これなんなの!?」
「いいですか。聞いているのは、俺です。貴女はただ、質問に答えればいいのです」
バッタリとあまりの恐怖に気を失ってしまった女は、ソファに突っ伏して動かなくなった。
「触手君、もういいよ。帰って」
「ええ!? もうちょっといさせてよ」
「いや、君を仲間だとはまだ認めてないから」
「今さっき、『友人』って君が言ったじゃないかぁ……そのかわいい口でぇ……」
と、不気味な、人ならざる口を歪めて触手は笑うのだった。
「またね、友人。今日はそれで我慢しなよ」
「分かったよ」




