生き残り
あの、薄気味の悪い寄生虫を置き去りにして、それでも忘れられないほど気持ちの悪い一日となった。
久々に外を歩いたが、記憶の中の道をたどって迷わずお店に行くことができる。
商店街のお店を根こそぎ潰してしまった、巨大なスーパーマーケットに、利用者のいないがらんどうの車が打ち捨ててあった。店先のガラスの自動ドアは割れ、その店中には大きな犬の死骸が放置されて、屋上からは一本の不気味なロープがぶら下がっており、先端には首をつるようなわっかがみうけられる。
その荒廃した販売店の軒先に、姿見が風に揺れていた。全身が写る鏡は服屋の店内にあったものだ。
そのギラギラとした反射する世界のなかに、猥褻なる全裸の人間が写っていた。
「こりゃあ、大変なことになってしまったな」
全身毛だらけの人間が、獣を従えてそこに立っている。開ききったように大きな瞳孔をたたえる、不気味な二つの目は全くまばたきをせずにそこにあった。まるで、作り物のような、いや、確かにそこにあるのは自分の醜い姿なのだが、それを見上げるワンコからの視線だけは熱くしっかりとしていた。
それに俺はこの長い白髪がなんとも不気味で嫌いだった。まるで、老人ホームに居着いた老婆が、自分の若い頃を思い出すと、長い髪の毛を切るのを嫌って、限界まで伸ばしているような有り様だった。排便するときにも気を付けなきゃいけないだろう。
細い腹も、皮を引っ張ると、そのままツーとゴムのように延びて、気持ちが悪い。なぜこのような姿になったのか、本人ですら全く分からないでいた。
舌を突きだしてみれば、その舌先には無数の突起があって、まるでカギづめのように立ち並んでいる。全く人間のそれとは違う。薄桃色のその不気味な肉塊が、俺のもつすべてだった。
「キャッ!」
ここにもなにか生き物がいて、短い悲鳴のような声を上げた。店のあちらこちらから、カンカンをひっくり返すような音や、商品をひっくり返すようなひしゃげた音が聞こえる。
俺はそれが気になって追いかけた。音を発生させている正体はとても足が遅く、何度も躓いて、最後には床に転がった。
その姿はどこか子供の鬼ごっこのようであったし、ホラー映画で殺人鬼に追い詰められた女のようであった。
時折、倒れた女の上を丸々と太ったネズミが這い回り、急な来訪者に怪訝な目を向けた後で、俺の姿を見、脇目も振らずに逃げていった。
ふと、足元になにか丸いものが転がっているのに気がついた。白く、風化したそれは、人間の頭蓋骨だ。
それらはぞんざいに扱われた形跡はなく、きちんと骨塚のように積み上げられてそこにあった。
とても気になった。なぜ埋葬していない。葬式をやるのが人間が人間足る由縁だと思うのだが、この住人はそれをしていない。
近づくにつれ、その骨塚の指には結婚指輪をはめられたままになっていることに気がついた。その骨だけになった指には、あまりにも太すぎる指輪だったが、持ち主が死んだあとも指に通したままなのだった。
その鈍い金色の輝きは持ち主が死んだあとも失われることはなく、恐ろしいことに純度の高い金で作られているのだ、と思った。




