不公平
女の子はまだ10歳にも満たない子供で、本当なら今の時間は学校に行っていなければおかしいはずだった。
上着のダウンジャケットのフードをむんずとつかんで持ち上げると、思ったよりも軽かった。少女は自分の足で立ったのだ。どうやら生きているらしい。
ワンコを背中に隠して話したいところなのだが、何分まだ若い個体であるので、好奇心旺盛に二つの頭を突きだして、しきりに臭いを嗅いでいる。
「だれですか?」と消え入りそうな少女の声で聞いてきた。
「農家と言います。こっちは相棒の……オルチャン」今、即興でつけた。神話の中の双頭の化け物から名前をとった。名前がないとまずい。まるで俺が可愛がっていないように思われてしまう。これは大事大事なやつなのだ。
「なんで、柔らかいの?」
あっと言う間に手を握られていた。小さな手はもふもふと俺の手首を握って放さず、できれば痛くしないでほしいと願うばかりだ。
もしかしたら動物を飼っていたのかも知れないと思った。撫で方が上手だった。
「痛くしないでね」
「ネコチャン?」
「残念ながら違うのです」
違うと言うのに喉元まで触られて良いようにされながら思った。この子はどこから来たのだろうか。親は? 一人歩きするにはまだ若すぎる気がする。ここら辺にはこの年の子供はいないはずだ。
そしてどういうわけかオルチャンは彼女が気に入らないらしく、足を噛んで思いっきり引っ張っている。
可哀想に!と思って焦った。怪我しちゃった!と。
ふと、止まる。
なにか変なのだ。犬の歯が足に食い込んでいるのに、まるで彼女は痛がる様子がなく、ひとつも、涙を見せなかった。
「綺麗だなぁ。欲しいなぁ」
そんなことを言うのである。いよいよ心配になり、体を一歩引くと、小さな鼻先から何か鼻水のような物が頭を出していた。
それは黒く、光沢を持った、芋虫のような姿で蠢いている。
少女が頭を抱え、小さな体からプチプチと不気味な音が響き始めた。ワンコが狂ったように吠える。
「……ほいしよぉ。その体、欲しいよぉ!!」
ぐわっと上げた顔はまるで、挽き肉の塊のようであった。しかしその肉糸の一本一本は、個別に意思をもつように動き回り、蛇のようにのたうって、一瞬止まった。
まるでバネを縮めて力をためるかのように。
ビューっと音をたてて一斉に俺に向かって伸びたそれらに驚き、飛び上がると、体の遥か下に地面が見えた。
あまりにも高くジャンプしすぎた。
下では俺を見失ったワンコが右往左往し、ミミズの化け物は空から自由落下する俺を見つけて実に恨めしそうに短い手を伸ばした。
「なぜだ。なぜ、お前だけが! なぜ俺ではないんだ! なぜ!」
ああ、あの日、俺の家にきたやつか。よほどの思いあったらしく、まだ家のそばにいたのだ。前の人間はどうしたのか。食っちまったんだろう。
そんな事を考えていると、地面はもう目の前だった。痛みを覚悟して四つん這いで着地する。
着地の瞬間も全く痛みはなかった。一瞬の重力。体はしなやかで、まるで猫のように柔らかく、衝撃を受け流す。その感覚は覚えているはずがないのに、まるで何度もやって来たかのように当たり前に思えた。
そして、白銀のような髪の毛が風に揺らめき、美しい輝きを放ち、見るものを釘付けにする。
それがワンコは恋しかった。その姿が、化け物にはあまりにも羨ましく、自分の物にしたいと心に誓う。
神様はいつだって不公平だ。




