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外へ

 まずは服を着よう、と思ったのだが、足を通した瞬間に身体中を虫が這い回るような感覚に襲われた。


 急いで脱いで裏返しても、勿論、虫はいない。黒っぽいジーパンの裏地があるだけだ。


 しかし、それを履くと、途端に形容しがたい違和感が体を襲う。勢いをつけて履くと、髪の毛を引っ張られるような激痛までともなった。穿けんわ!


 そもそも全身もふもふであるので、服を着ようとすると毛が引っ掛かって引っ張られるのだった。静電気どころか人間発電機みたいにバチバチ音をたてている。

 昔飼っていた猫が、服を着させると怒って引きちぎっていたのも頷ける。


 これ嫌いだ。痛いのだ。


 パンツも上着もその調子で、結局服は着ないことにした。どうせ全身が毛でおおわれている。局部は見えないし、どうせ外にも人はいないだろ。もし俺をみても動物だと思うだろうし。


 獣耳さえこの真っ白な頭に生えれば、俺は立派なケモショタとして名を馳せたことだろう。そうはならなかったのだが。


 窓の外、遠くを見やれば、家の前の道路はひび割れていて、何センチも土が降り積もっていた。車はおろか、人の往来もなく、わずかな獣道だけがその名残を残すばかりだ。みんなどこに行ったのだろう?


 そういえば、この前訪ねてきた体に虫が寄生している男はどうなったろう。

 どこかで死んだか、あるいは、虫を次の人間に寄生させて自分は生きのびたかもしれない。彼が言う、素質があるとは、つまりこういうことだったのか?


 お腹がぐーとなった。腹へった。

 足にまとわりつくワンコを跨いで玄関横にあったはずの備蓄の山に向かうと、それらが全部なくなっていた。


 口あんぐり。それらすべては歯形が刻まれていて、カップ麺も袋面も全部中身をぶちまけてその亡骸をさらしていた!


 あっそう。寝ている間に襲ったの?


 ワンコは袋に残っていた残骸を鼻先で転がすように見つけ、俺の膝に押し付けた。


 うん。ありがと。おいしそう。


 たぶんそうして、動かない俺にも食べさせていたのだろう。こいつがいなければ死んでいたかもしれないな。食料泥棒だけど、生き残るためにはなんでもしていいのだから、その行動は正しかったと思う。


 水の備蓄のペットボトルまでひっくり返されているのには流石に顔面がひきつった。


 すぐに補給しないといけない。


 仕方なく、全裸で愛車に乗り込むと、鍵を回してもセルさえ回らない状況となっていた。バッテリーが死んでいた。

 いったいどれだけ寝ていたのだろう? 

 一年やそこらはバッテリーはもつはずなのだが。


 唯一エンジンがかかったのは、トラクターだけだった。農業機械専用のバッテリーは特殊で、全く乗らなくても数年もつ仕様だからだ。それでも電圧はさがり、心もとない。規格が違うので普通の車には載せられず、畑を耕すことぐらいしかできない機械となり果てた。恐らく寝ている間に数年の月日が流れたのだ。


 携帯のバッテリーは残量がなくなり、それどころか家そのものの電力を担っていた災害用のポータブルバッテリーも死んでいた。

 太陽光パネルを繋いでも応答がなかったから基盤が壊れた可能性がたかい。


 すぐにその可燃性のブツを家から引っ張り出して、道に並べる。火事になったらたまらない。不用品回収日にでも出すか、と思ったが、そんなものは崩壊していることに今やっと気がついた。


 外に出ても気にしなくなった。このような体でこれ以上どうなるというのだ。部屋の窓ガラスは内側から外側に割れていて、少なくない量の核放射性物質を寝ながらにして吸収したものと思われる。


 これから物資を探すにあたっては、流石に人目に触れるだろうから、前掛けだけは用意した。

 作業用のエプロンを短く切って腰回りを隠すように巻いただけだが、それでも違和感がすごかった。


 パンツを二枚はいてるみたいだった。

 でも前掛けの方がパンツよりもずっとましで、尻尾が挟まれないのであった。


 切ったところからほつれないように折り返して手縫いをする。家庭科の先生には感謝だな。

 余った糸を噛んで切り、玉どめする。

 そうやっている最中、ずっとワンコが俺の腰の辺りをべろべろしてきて、時々あまがみをして毛の通りを良くしてくれているようだった。たぶん、寝ている間もそうしてくれていたのだろう。だから風呂に入っていないのに毛並みがいいのだ。

 もしかしたら、かまってほしくてちょっかいを出しているのかもしれないな。


 お腹へった。

 というか、俺は何を食べれるのだろう?

 人間と同じでいいのか?


 日の高いうちにと思って二人で外に出る。いや、正確には一人と二匹だろうか。


 道はどこも荒れ果てて、放置車両からは稲科の雑草がところせましと生えている。

 その運転席を覗けば、なんとミイラ化した運転手の姿があった。被爆したのだろう。まるで地面を恐れるように座席の上に足を置いて、シートベルトで首をくくっていた。


 ちなみに俺は裸足だ。足の変形が酷く、普通の靴が穿けなくなっていた。

 足跡は肉球で可愛い。毛っ毛が汚れちゃうのが難点か。

 不思議と体調不良もなく、元気だった。

 道に子供の死体を見つけるまでは。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 状況の把握 [気になる点] 井戸水 [一言] この状態で、何が手に入るのでしょう……数年間あれば、生き残りが死ぬ迄に使い尽くしかねない。
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