化け物同士
子犬が耳をつんざくような高音で吠え、牙を見せて来客を威嚇した。その勢いはまるで首筋を噛み、息の根を止めるかのようであった。
客人は驚きおののいて、手を前に突きだすと、その不気味に黒い腕に、ミミズのように太く、墨を流したように黒い血管が身震いするように蠢いた。
それはなにか別の生き物のようで、彼の腕には無数の穴が開き、ドングリほどの穴からニュルニュルと異形な生物が尻尾を出入りさせているのだった。
ギョッと見るが、やはりそれは、夏の大雨の日に地中から這い出したミミズを連想させる見た目の物である。しかしその大きさは通常の何十倍にもなっていて、まるで男の体を家として巣くっているような有り様だった。
客人は、ややあって自分の腕の中のそれをいとおしい我が子のように撫で「君も、友達を見つけたんだね?」と歯のない真っ黒な口を歪めて嬉しそうに言ってきた。
「そうだよね。我慢できないよね」
「うちの子が、怖がっています」
「やっぱりだ。6ちゃんねるで君の書き込みを見たとき、同類だって思ったよ。君は僕を必ず理解する」
「帰ってくれますか? 怖がってますので」
「時間をかけてもいい。君はこの素晴らしさが分かるはずだ」
分かってたまるかと思って扉を閉めた。勇ましい子犬は必死になってそのよちよちした足で扉にとびかかり、ひょうとあの化け物みたいな人間が帰ってこないか睨んでいるようだった。
ふと、その姿を見て、自分もあの男のように心を蝕まれているのではないかと思った。
そのどす黒い想像は胸元を締め付け、最後には確信へと変わる。
この、醜くて可愛くて、いとおしい生き物を殺さなければ、殺さなければ、きっと俺は向こう側に行ってしまう。
それだけが怖かった。家族にしようとする生き物は決まりをもって最後まで見届けるのがルールであるが、せめて一思いに、痛み少なく殺すことが、本当に正しいことだと思った。
台所の観音開きからナイフを抜き出して、その二つある頭の根本にあてがうと、あと一息力を込めればそれでよかった。しかしその状況で小さな獣はアクビをして丸まってしまった。まるで、俺がそんな酷いことをしないと分かっているように安心しきって命を預けているその様に、俺は泣きながら僅か数センチ動かすことができず、抱き寄せて醜い獣のお腹の産毛を涙で濡らしてしまった。
ううう。殺したくない!可哀想じゃないか。こんな子犬を殺すなんてできない。できるやつは皆悪魔だ!




