大きくなる
犬の人生は人と違って短い。
故に体の成長も早く、わずか20日ほどで体重は倍になり、短い足で自立できるまでになった。
体に対して頭が大きいため、どうしても掃除機で床を吸っているような不格好な姿だったが、その子が歩けるようになったのは奇跡だと思った。
お下がりのご飯椀に頭から突っ込んでミルクをぶちまけながら飲む様は、まるで庭で唸りをあげるスプリンクラーのようであった。頭が2つあるので、飛び散る量も2倍である。ミルクを飲もうと前進して前足で椀を蹴るのでどんどんと前に進む。ピアノのカバーや積み上げた文庫本にもお構い無く引っかけて回るその姿は笑いを誘った。
この子はいつもお腹が減っていて、今こぼすようにして終わってしまったミルクが惜しく、空っぽの器のなかを何時間もかけてねぶるようにして、やっと諦めるような子であった。
満足ではなく、諦めるのだ。
幸いにも我が家の同居人は大変な偏食家であっから、食べ飽きたご飯がいくらでもあったので食料の心配はいらず、その小さな体が破裂しないようにだけ気を付けて子育てを続けている。
「お前は普通だから、気にしないででっかくなれよ」
勿論、まだこの子犬は、世界で自分達がどう見られるかも知らずに膝のなかで丸くなって寝てしまった。
もうしばらくは外との関係を断った方が良いのではないかと思われた。世界には危険がいっぱいで、まだ外に出したら食われるだろうな、というのが俺の心のなかにはあったからだった。
ややあって、仲間になりたいという人が現れた。海外の核シェルターを目指す仲間を募集していたことをすっかりと忘れていた俺は、あわてふためいた。
あんまり慌てたものだから、子犬を部屋において玄関まで飛び出ると、置いていかれたと思った子犬が、咽びなくというより、恨みのこもった呻き声で鳴きじゃくるので急いで抱き上げて玄関のドアを開けた。
目の前に立っていた男は目を真ん丸にして俺の手の中の小さな命を見る。
ボトリ、と男の手から落ちた旅行鞄が地面に転がって無様に中身をぶちまけてしまった。
「そ、その子は?」




