お客さん
ホウレン草がもうすぐ収穫時期となり、その青々とした葉を元気に伸ばす頃、変なお客があった。
ブーンブーンというバイブレーターのような音が庭の方から聞こえてきた。
気になって外に出ると、母屋と家を繋ぐ通路の方からブーブーと音がする。
ここはもう除染が済んでいて、防護服無しで出られる唯一の場所だった。
手に持ったライトで暗闇を照らすと、なにか蠢くものが地面に落ちていた。
ボールかしら。そのテラテラと光を反射する不気味な物体は、連絡通路を形作るビニールの壁に噛みついて唸っているようだった。その音の正体は醜い子犬の姿をしていた。
この醜い子犬はいったいどこから来たのだろう。まだへその緒も切れていない、目も開いていない状態で親に捨てられたのだ。
その理由はもちろん見た目にある。(その子犬は体が一つなのに、頭が二つあった。ちょうど枝分かれする木々のように胴体から二股に別れて頭が二つある。そしてそれは母親の乳房を探すようにビニールに吸い付いていた。その音だったのだ。)
その首筋を手で握れば簡単に殺せそうな姿は、どこか地獄の番犬を思わせる見た目であるのに、今にも死にそうなほどにか弱く、俺には、外れ物として世間から隔離される気持ちが痛いほど分かった。恐らくそのほとんどは哀れみだったとは思うのだが。
家に連れ帰った、それから発せられるドブ川のような臭いをまずはなんとかしなければならなかった。
除染も兼ねて風呂掃除用のスポンジで洗うと、とたんに真っ黒となって使い物にならなくなった。
「お前、なんでこんなに、汚れているんだよ」
そのくせ、目の開いていない首を必死に伸ばし、両方の口で、まるでママの乳首を取り合うように小指を吸ってくるのだった。ブーブーとしきりに鳴く。
まさか、猫派閥の俺がこんなことを思うとは不思議極まるのだが、この小さく脆い肉の塊を守ってやりたいと思った。
丑三つ時を回った時だったように思う。電気をけちって薄暗い部屋夜中で猫用のミルクを暖めて飯をこさえると、その匂いにつられるのか足をよじ登ろうと体を擦り付けてくるので、その都度タオルにくるみ、部屋に転がさねばならなかった。
俺が優しく抱き上げてやらねば、頭が重すぎてまっすぐ歩くこともままならず、この小さな魂は外では生きられない可哀想な子なのだった。外に一度出れば、田舎の鷹のように大きなハシブトガラスに脳髄を食われて死ぬことだろうし、このまま歩いていれば、片方の頭が地面と擦れて腐り落ちるだろうなとも思われた。
あんまりにも可哀想であるので、注射器で口もとへと温めたミルクを持っていくと、噛みつくように飲むのだった。もう一方の首がそれを恨めしそうにしているのを見るとゾッとした。この犬は二匹で一匹、しかもそれぞれに意思があるのだ。
今度は左の子にミルクをあげると右の子かシリンジの先端を探してペロペロと舌を出す。
それは、口から離れてしまった乳首をなんとか見えぬ目で探す仕草なのだ。
俺は、この目が開いたとき、どういう目で見られるかが心配でならなかった。
出来ればなつかないでほしい。たぶんこの子は長生きできないだろう。




