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炎の日


 とても良く晴れた3月のことだ。


 俺はいつも通り、畑の草取りをして、春先用の種を植える準備のためにトラクターをかけていた。

 年代物の長年寄り添ったトラクターは、今なお現役で力強いうなり声をあげて仕事をしている。

 欲を言えば、最新機種のように、もう少し静かな方がいいのだけれど、ものすごく高価な買い物なので、こればっかりは仕方ない。

 そんなことを思いながら畑を一周回ってお昼となる。我が家は糞田舎にあるので、公道に出ずに畑から家まで直帰してお昼ご飯となる。

 思えばこれが幸運だった。

 お昼ご飯と言っても豪勢なものではない。炊きたての白飯にふりかけをかけただけの物だった。


 頬杖をついてノートパソコンから動画サイトにアクセスする。

 大好きなvは平日でも誰かしらは生配信をしてくれているので楽しかった。

 窓から差し込む日差しが、今日はやけに強くて画面が見辛かった。カーテンを閉めようとしたその時。


 窓が一瞬、ガコン、と揺れる。

 地震か。怖い!最近日本は地震が多くてやだ!ただでさえ、自宅は古い設計の木造家屋である。壊れないか心配だった。


 遠くを見ると、地面がまるで浴槽に水滴を落としたように波打っていた。波紋が広がる。

 ごくり、と唾を飲む。

 これは……。


 西の方角から何か強烈な光が放たれた。暗闇の中、携帯の真っ白な画面を見てしまったときのように、周りのものが一切見えなくなる。


「ヤバイ!」


 耳をつんざく爆発音。バリバリバリ!!!と音をたてて家の襖から障子まで全ての物がグワーーー!っと激しく揺れ、まるで季節外れの台風を思わせる勢いで家がきしんだ。


 ガン!と音をたて、畑の真ん中に車のボンネットが降ってきた。癇癪を起こした子供がおもちゃを投げたときのように、10キロはあろうかという鉄の板が降ってきたのだ。動画の見すぎで頭がおかしくなったのか?飛んできた鉄板は不気味に光っていた。


 あっ死ぬんだ。という思いと共に、何か物凄く嬉しくなってしまい、笑いながらピアノの下に隠れた。


 その直後、家電の電源がバツンと音をたてて切れた。電源喪失。原因はあの爆発。


 音と衝撃波の収まった空には、大きなキノコの形をした雲がゆるゆると浮かんでいた。


 道路に出ていた人々はそれを写真に納めようと携帯片手に道まで出てきていた。


「家に帰れ!」


 声の限り叫んだが、人々は聞く耳を持ってくれなかった。動画の撮影が大事で、こちらの忠告は全く聞こえていない。


 まさか、自分が死ぬなんて思いもしないのだろう。


 何をやっている?あれはどう見たって核だろうが。核攻撃だ。第三次世界大戦だよ。家から出ちゃいけない。


 押し入れをひっくり返して測定器を手に取り起動した。袋に入れた測定器だけ外に突きだして測定スイッチをいれる。


 我が家は農家だった。作物の汚染を調べるための機器だ。


 測定には30秒ほどの時間がかかる。さらに、精度を担保するために複数回の測定とその測定値の平均をとらねばならない。時間がもどかしい。放射能は目に見えず、味も臭いもない。測らないと分からないのだ。


 ピーーッという電子音と共に出された結果は100ミリシーベルトだった。


 唖然とする。言葉が出てこない。


 これがどんな数値かと言えば、ガンになる危険が高まる数値だった。残念ながら放射線のプロではないが、普段は0.05マイクロシーベルトぐらいしかないことを考えると、桁がまるで違う。


 それは、この機械で測れる測定限度だった。

 外が100ミリシーベルトなのではない。100ミリシーベルトまでしかこの機械では測れないのだ。


 つまり、今外には、この機械で測れる数値を大幅に越える見えない弾丸が降り注いでいると考えられる。


 ベビーカーを押したご婦人が道路を歩いていた。ベビーカーの座席からはちっちゃな手が見えない何かを掴むようににぎにぎと動いている。


 近くの運動公園では、草野球グループの金属バットの快音と歓声が響いて、世界のどこまでも響いているようだった。


 彼らは目に見えぬほど小さな塵を吸い込んだ。当たり前に呼吸をし、肺に取り込んだ。その意味も知らずに。

 それはなぜか。彼らは準備してこなかったからだ。線量計もマスクも防護服も持っていない。何も用意してこなかった人々は何を話していたのか。

 

「さっきのは、なんだろう?」

「さあ?」


 飛んでいた鳥が落ち、ぼとりと音をたてる。

 それが何を意味するのが知っている俺は急いで雨戸を閉めて部屋に閉じ籠る。


 おとなりさんも、毎週ごみ捨て場をチェックするババアも、徘徊する覗きジジイも皆空を見上げていた。


 少なくともこれから病院はパニックになる。


 この日、ネットにあげられた動画には不自然な筋が写されていた。それはカメラのセンサー機能に焼き付いた放射線の姿であった。機械を壊すほどの放射線の中、彼らは生身で動画を撮っていたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どうにもならない現実 [気になる点] 外の放射線量 [一言] ヤヴァイ! これはヤバいモノが始まりました! 生き残れるのだろうか? 昔、窓から外を眺めていて何かが落ちるのを見て、咄嗟…
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