8話 出港しよう
「精霊艦隊、バンザーイ!」
「精霊艦隊、バンザーイ!」
「精霊艦隊、バンザーイ!」
総勢800人のコアさんたちが、万歳三唱をして笑顔で埠頭で手を降っていた。皆は花びらを散らして、お祭り騒ぎだ。
「ありがとうございます! 行ってきまーす。良い報告ができるように頑張りますね!」
ニコニコと笑顔で、戦艦の甲板上で僕も手をふり返す。ここから僕の航海が始まるのだ。
「フハハハ、負け犬は搭乗不可でーす。しがみつくのは禁止です。フハハハ」
ニコニコと笑顔で、戦艦の甲板上でルフさんが箒を振り回し船体に張り付くシュリを叩き落とそうとしていた。ここからはシュリの航海は始まらないのだ。
「あんた、デマを流したでしょ! 卑怯よ!」
「虚報に踊らされるのは、武将として失格! 呂蒙よ、このまま阿呆でいてください! 約束は約束です!」
「誰が呂蒙よ、誰が! くーっ、覚えてなさいよ」
フジツボのように張り付いていたシュリは、ひらりと身体を翻して埠頭に戻った。なんだかんだ言っても、勝負事の結果は守る幼馴染なのだ。
「ヨグ、外の世界は強敵ばかりと聞く。油断するなよ」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「来月の軍学校の試験は受かるつもりだから、その時にな〜」
家族が手を振ってくれるので、ビシッと敬礼で返す。戦艦に入っていた白い提督服を着ているんだよね。ちょっとブカブカだけど。
「必ず日本に行ってくるよ。航路が確定したら、皆で行こうね〜」
遂に航海に出るので、少し緊張している。外の世界はクラーケンやマナタイトゴーレムがわんさかいる世界だ。命懸けとなるだろう。
でも、顔には出さないで、笑顔でお別れだ。だって必ず帰ってくる予定だからね。
甲板にはコアさんたちも立って敬礼している。船長さんを始めとして40人。他の艦にも40人。合わせて200人のコアさんたちだ。
各艦のコアさんの内訳は老男女10人、中年男女10人、成年男女15人、幼女5人だ。
これはゲームシステムの仕様だ。コアは1000人。老男女100人、中年男女300人、成年男女300人、幼女300人からなっているためだ。幼女は子供枠らしい。なら、なんで男女じゃないのとルフさんに聞いたら仕様の一点張りだった。
まぁ、虚像は老若男女バラバラに出現するから別に良いんだけどね。………た、多分ね?
埠頭から離れて精霊艦隊は沖合いに進んでいく。
皆はすぐにキビキビとした動きで甲板を走って配置についていく。軍学校で学んだコアさんたちと兵士枠が虚像らしい。
影から何人もの虚像が現れて、一気に戦艦は賑やかになっていった。ちなみに戦艦の名前は『ルルレッド』、『ルルブルー』、『ルルグリーン』、『ルルピンク』、『ルルイエロー』にしました。名前は覚えやすいのが一番だもんね!
衝撃を吸収するマナタイト製の甲板は、柔らかい感触で、まるで少し硬い絨毯のようだ。
「艦長、速度120ノットにて、北東に進みましょう」
「はい、陛下。速度120ノットにて前進!」
ブリッジに到着して、提督席に座る。精霊艦は艦橋がなく、ドーム型のブリッジになっている。周りを確認するのは前面の壁と一体化している120度モニターと、各種モニターとレーダーだ。
軍学校で習ったので、結構様になってるんじゃないかな? 軍の帽子をかぶり直して、肘掛けに腕を乗せて、少しご機嫌になっちゃうよ。
チラチラと周りを見ると、ルフさんが飲み物を持ってきた。水かな?
「ラムネです、閣下」
「この戦艦はやっぱり大和じゃない?」
シュワシュワとするラムネをごくごくと飲みながら、ブリッジを見渡す。クリーム色の壁と床で提督席を中心に扇状にオペレーターデスクが並んでおり、忙しくオペレーターたちがモニターをチェックしている。
「オールグリーンです、陛下。沖合いに出ました」
オペレーターの少女が報告をしてくるので、ウムと頷くと、手を前に掲げる。
「了解です。では最大船速にて全速前進!」
「あいあいさー。んと、これをポチポチ」
「アイアイサー。フルスロットルですぜ!」
幼女オペレーターがペチペチと、ボタンを押すと、おっさん操舵士がレバーを前に倒していく。
『ルルレッド』は、艦尾の噴出口から白銀の粒子を吐き出すと、波間を割って一路日本を目指して進むのであった。
◇
一週間後である。
「だいぶ進んだけど、まだ日本は愚か大陸も島も見つからないね」
「ですなぁ、陛下。まぁ、探索しながらですから無理ないかと」
操舵士さんが言うとおりだ。マップにはルルイエ島が映っており、その周囲は雲で隠されている。見えているのは精霊艦隊が移動した航路だけだ。
しかも島とかを見逃さないように、ジグザグに移動していたので、あんまり距離は稼げていない。直線にすると2日か3日ぐらいかな?
「その間、魔物との遭遇もなし。つまらないよ〜」
もっと心躍る展開があると思っていたのに、とっても残念だ。フワァと欠伸をして、背もたれにもたれる。この一週間で仲良くなった幼女オペレーターが、暇そうだと目敏く気づいて、てこてこと近づいてくると膝の上によじよじと乗ってくる。
「戦艦ですから娯楽用品は、ダーツぐらいですからね。まぁ、兎角戦艦は暇の方がよろしいかと」
「そうですよ、閣下。それとも私とともにラムネの飲み方を研究しますか?」
「もうラムネも飽きたよ〜。本当に他に大陸とかあるのかな?」
段々疑わしくなってきた。ご先祖様も見つけられなかったんだ。もしかして日本は隠れているのかも。
前面モニターはどこまでも続く青い地平線を映しており、時折飛び魚が跳ねるだけだった。
今日もまたお昼寝かな……。膝の上に座って、既に寝入っている幼女の頭を撫でながら、僕は再び欠伸をする。
そろそろ帰還も考えないといけないだろう。あんまり長い航海はしないように、軍学校の先生にも注意されたし。
「慣熟航行ということで、今回はよろしいのでしょうか? 皆も艦の扱いに慣れないといけませんしな」
ナイスミドルの艦長が慰めてくれるので、ちょっと恥ずかしい。僕はもう成人なのに、少し堪え性がなかったかも。
「そうですね。では、ここまでの移動距離、使用燃料量と食糧の消費を計算して、帰還に、アイテッ」
寝ていたはずの幼女オペレーターが、クワッと目を開くと僕の顎を擦って、ジャンプしてブリッジ内を飛ぶ。そのまま、自分の椅子にぽふんと座ると真剣な表情でちっこい指をモニターに走らせる。
「へーか、ルルイエローからにゅーでんあり。警戒網にマナ感知ありとの報告ありでしゅ」
その報告に弛緩した空気が一瞬のうちに引き締まる。各員がせわしなく動き始めて、僕もモニターを確認していく。
艦長さんが目つきを鋭く変えて、指示を出す。
「オペレーター、『ルルイエロー』の報告をせよ」
少女オペレーターがデスクに搭載されているモニター画面をいくつも開き、素早く状況を確認する。
「『ルルイエロー』からの報告は、現在北北東101キロ先にマナレベル2の感知あり、とのことです。指示を求めています」
「101キロか……。マナレベル2。弱い魔物かもしれませんな」
「現在、艦隊は鶴翼にて3キロ間隔で航行中ですよね
……奇跡的に『ルルイエロー』が感知しましたんですね」
マナ感知は……えぇとたしか半径100キロのはず。そして、マナレベル2は弱い魔物が使う魔法と軍学校では教わっていたなぁ。
たんに餌を捕まえるためとか、なにかのタイミングで魔物が魔法を使っただけかも。
一瞬迷うが、すぐに決断する。どうせ暇だし、良いでしょ。
スゥと息を吸うと、貫禄が出るように低い声を作るようにして指示を出す。
「『ルルイエロー』に入電。『シルフドローン』を射出し、現場を確認せよ。オペレーター連絡せよ」
「アイアイサー。『ルルイエロー、シルフドローンを射出し、現場を確認せよ。繰り返す……』」
少女オペレーターが指示を出す。『シルフドローン』は半径200キロ圏内を偵察できる自動魔道具だ。でもあんまり搭載していないし、補給は母港に戻らないとできない。でも撃ち落とされても、帰還するつもりだったし、別に良いよね。
シルフドローンは文字通り風の速さだ。時速300キロの速度で飛べる。ということは20分は待つしかない。
ワクワクソワソワしながら、結果を待つ。『ルルイエロー』から射出された『シルフドローン』の視界は共有されてモニターに映っているので、なにかが映らないか、目を皿のようにして見つめちゃう。
「閣下、どうせ雑魚モンスターが移動とかで使用した強化魔法ですよ。ここはラムネを飲んで落ち着きませんか?」
「それでも見たいの。魔法を使う魔物って、あんまり見たことがないんだもん」
「そこらへんは戦闘民族でも子供っぽいですよね」
「なんとでも言って。冒険心は何歳でも宿ってるって隣の隣の隣のおじさんが言ってた」
「あぁ、あの人は逮捕しませんか?」
ルフさんと軽口を叩いて、緊張感を和らげていたけど、モニターになにかが映る。
「何か……見えるね? なんだろう?」
どんどんとなにかは大きくなっていく。うーんと目を眇めて、ハッと気づく。
「船だ! 船が襲われてるよ!」
「ですなぁ。なにかが群がっておりますな」
僕の言葉に艦長も頷くが、まだまだ外見がわからない。
「観測ですよ、閣下。ゲーム仕様はこういう時にあるのです」
ルフさんが僕たちへと声をかけて、制帽をかぶり直す。
「敵の正体はわかりませんが、攻撃されている理由はわかります」
ふわりと空気を混ぜるように、ルフさんが手を振るう。と、画面が新たに表示された。
名も無き海域
魔汚染:30/30(スタンピード中)
「スタンピード中! ………って、なんだっけ?」
「魔汚染が進み、魔物が群れをなして襲いかかる現象です、閣下。知らなかったんですか?」
「えっと、それはボーナスイベント……ではないようだね」
呆れた様子のルフさんに、こほんと咳払いをして誤魔化してから、ブリッジに響くように指示を出す。
「第一戦闘態勢をとってください! 襲われている船を救助しますっ!」
僕の言葉で艦内に警報音が鳴り響き、精霊艦隊は初の戦場に身を投じることになったのであった。