73話 天使と戦おう
目の前のおじさんはドラゴエルという名前らしい。ちょっと太り気味だけど、その体術は本物だと僕は感心していた。
「ドラゴエルか。それじゃ、バトルを楽しもうじゃないか」
好戦的な笑みで、父さんがドラゴエルへと攻撃を仕掛ける。
パパパと、衝撃波が空間にいくつも波紋のように生み出されて、二人が高速で戦闘を開始する。瞬時に転移したかのように、離れた場所に姿を現したかと思えば、拳を打ち付けて暴風を巻き起こす。
ドカンドカンと衝撃音が響いて、父さんたちは楽しげに打ち合っていた。
「ドラゴエルって、強いや! 父さんのパワーでも余裕で打ち合ってる!」
「そうねっ! おじさんは第一段階の変身をしてるのに余裕よ。あいつやるわね!」
僕がその戦闘を感心してると、横に飛んできたシュリが驚いていた。
「たしかに予想よりも遥かに強いですね。あのおっさん天使はワンパンで倒されるかと思っていたのですが」
そしてシュリにおんぶしてもらっているルフさんが予想外ですと、目を見張っていた。
「貴様はエネルギー吸収タイプだな! しかしいかにエネルギーを吸収しようとしても無駄だ。そこらへんの対応はしっかりとしているっ!」
「なかなかやるな! ここまで打ち合いができたのは島外では初めてだ」
余裕綽々なドラゴエル。たしかにその動きはまだまだ速くなりそうだし、内包している力もよくわからない。僕の目で見てもわからないということは、強者だということだ。
父さんの方が今は劣勢だ。ならば、僕のかける言葉は一つ。
「父さん、僕が戦うよ! 父さんばかり戦ってずるい!」
僕も戦ってみたいのだ。皇帝といい、結構父さんは戦って強くなっていると思うんだよね。
「むむむ……こいつなら父さんの最終形態にもついてこれそうなんだが……まぁ、仕方ない。かわいい息子のお願いだしな。良いだろう」
やれやれと父さんが後ろに下がり、僕が代わりに前に出る。やった! 戦わせてくれるらしい。
「ん? 二人がかりでも良かったのだが……どうやら想定外のパワーを持っているようだが、それでも我には遠く及ばない」
スッと人差し指をたてて、ドラゴエルはフッと酷薄に嗤う。
「1%だ」
「え?」
「今、我が使ったパワーは本来の1%だといったのだ。わかるか? 貴様らに勝ち目はないということを」
クックと笑うドラゴエル。
なんとたった1%のパワーしかだしていなかったらしい。そこまでのパワーを持っているとは思わなかった。僕にとっても予想以上だ。
ホーと父さんがソワソワしてる。たしかに最終形態でもついてこれるパワーをもっているかも。
なら、僕も力を振り絞る必要があるだろう。僕は父さんより弱いからね。
「閣下! ちょっとこのメタボ、予想以上に強いです。ですが、この地でフルパワーになると、世界がそのエネルギーに耐えられなくなり、壊れます。この世界は豆腐のように脆いんです」
慌て気味にルフさんが忠告してくれる。なんと世界が崩壊しちゃうの?
「ふん、ゲームを司るふりをして働かないニートか。知識は意外とあるようだな」
「だだだ、誰がニートですか! たしかに家住みだし毎月パパパからお小遣い貰ってるし、お年玉も貰ってますけど、断じてニートではありません! パパも結婚しないでいつまでも家にいて良いよって言ってくれますもん! それにママから仕事もらったもん!」
パが多いルフさん。こんなに動揺したのは初めて見たかも。
「ゲームチートの仕事って、貴様、それたんなる親の手伝いだろ! よくニートの女が言う家事手伝いと一緒であろうが! 界隈では有名なんだよ、そのゲームチート。どうせ転生の仕事を適当に手伝っているのだろうがっ!」
「違いますぅ〜、今回なんか数百万人は転生できるから、お手伝いじゃないですぅ〜。そっちこそ、怪しいですね? 管理者のくせにカプセルベッド一つでしたし。ビジネスデスクは? 部下はどこにいるんですか?」
「ななな、なにいうてんねん、お、おおれは少数精鋭なんですぅ、俺だけが働けば、こんな一丁500億の量産世界なんか楽々管理できるんですぅ」
おが多いドラゴエル。わたわたと目を泳がせて、焦った口調で言い返す。
あれれ、この世界って売ってるの? しかもなんかとっても安い。
醜い罵り合いを続けて、置いてけぼりにされちゃう僕。少し寂しい。シュリがうんざりした顔で僕を見てくる。なぜにルフさんを運んできたの。
「あれぇ〜、魔溜まりがあったから変だ変だとは思ってましたけど、まさかサボって横領?」
「違うわっ! もはや神の知識に触れし者に神罰を!」
シリアス顔になり、手を翳すドラゴエル。周囲の風景が昼間なのに真っ暗となり、光が一筋も刺さない世界へと変わる。
「なにいっ! なぜ、世界が漆黒に?!」
周りを見渡して、驚愕するドラゴエル。その姿は人から竜人からへと変わっていた。
「はい! 僕が外の世界に移動させました! そうしないと世界が壊れちゃうみたいだし!」
ドラゴエルの変身シーンのついでに移動させました。ちょっとドラゴエルの変身シーンを打ち消したけど、別にいいよね。
「だから僕とドラゴエルさんしか、この世界にはいないよ」
邪魔されずにフルパワーで戦える。ドラゴエルとはそうしないと勝てないと思ったのだ。
「むっ、そこまでの力を持っていたとはな! たしかにフルパワーでのぶつかりあいは世界にヒビを入れてしまうだろう。見事と言えるが」
竜の頭となったドラゴエルさんが周りを見渡す。
「お前はどこにいる? どこに隠れている?」
あれれ、変なことを言う人だ。僕が見えないらしい。しょうがない。教えてあげよう。
「この漆黒こそが僕の最終形態だよ。全ては僕の世界にある!」
目をぱちくりと開くと、なぜかドラゴエルは身体を震わす。
「主人公タイプにあるまじき変身っ! ビジュアル的に最悪っ!」
むむむ、なんで僕の目を見て、ツッコミを入れてくるのかわからない。最終形態って、だいたい皆こんな感じだよね?
「というわけで勝負だ、ドラゴエル! ルルイエ島には一歩たりとも踏み入れさせないっ!」
「主人公的なセリフを口にしても無駄だからな? その姿を見て、邪神だと思わない人間はおるまい」
ドラゴエルさんの周囲が歪んで、物凄いオーラが吹き出す。
「たいしたパワーだが、それでも我には敵わぬっ! これでもお前みたいな存在を倒しているのだ!」
バチリと手のひらを放電させると、周囲を照らすようにエネルギー波を放つ。
『天照』
カッと光が周囲を照らし、僕の漆黒の身体を切り裂く。結構痛い。
「世界を齧ろうとする不定形生物や、雲タイプの害虫を倒すのが、本来の我の仕事の一つだ!」
「それじゃあ、僕も集中だーっ」
『事象変性眼』
目からビームを放って、ドラゴエルへと攻撃する。触れたら最後、存在を過去から現代、未来まで消滅させちゃう闘技だ。
「バカめっ! 即死系は効かないようにしているのが常識だっ!」
ドラゴエルさんの360度全てから光線を放ったのに、受けても涼しい顔だった。そのまま手のひらに神々しい光の剣をドラゴエルは生み出す。
『神剣創陣』
光の剣をドラゴエルが振るうと、弾けるように空間が光り、またもや身体が切られちゃう。
「メタボなおっさん天使対漆黒の旧神。これはどちらが悪いのか見た目ではさっぱりわかりませんよ。面白くなってきたー!」
どうやってか、ルフさんだけは僕の世界に入っていて、面白そうに叫ぶ。
「ふははは! その瞳も全て切り裂いてくれるわっ! たとえ何個あっても、我の剣技の前には焼き立てのたこ焼きと同じよっ!」
ドラゴエルさんが剣を煌めかせる。その輝きで瞳が切り裂かれて、ちょっと痛い。飛び交うドラゴエルは、無数に分身して、的確に攻撃をしてくる。
『異界水晶瞳』
対抗するために、瞳から混沌の光線を放つ。これはダメージを与えることを重視した闘技だ。存在を歪めて破壊する回復魔法も通じない技である。
「無駄だっ! 溜めが必要な攻撃である限り通じぬ!」
ひらひらと光線を回避して高笑いをするドラゴエル。
凄いや。ここまで強い相手は初めてかも。これは負けるや。このままだとだけど。
「なら、最終形態ツー! 人間モード!」
僕は存在を集めて、人間形態へと凝縮させる。これで体術で対抗する!
「それが人間形態というなら、幽霊も人間形態ですっ! 禍々しい黒い人影にしか見えないですっ!」
ルフさんには不評みたいだけど、凝縮した分パワーアップしてるよ。
「たあっ!」
『存在ならぬ拳』
僕が拳を振るい、絶対必中の未来を選択する。数億個もある未来の分岐の中から、必中する未来を選んだ僕の拳だ。
「ぐはぁっ! ちょこざいなっ、それでもパワーが足りんのだよ!」
『神剣光翼乱舞』
拳を受けて顔を歪めるが、竜の翼を広げて、闇に刺す光のように、光速でドラゴエルは攻撃してくる。僕は剣の軌道を見極めて、回避の未来を選択する。
光翼が乱舞する中で、まるで僕にわざと当てないかのように、攻撃は通り過ぎていく。
「ぐっ!未来を見通す権能か!」
「絶対に命中させる未来だけ作るようにしないと、僕には攻撃は通じないよ!」
反撃だと、僕は光翼へと蹴りを入れる。光翼は漆黒に侵食されて、その羽根が舞い散る。
「いくよっ!」
地面を蹴って、拳を振り上げると拳を繰り出す。光速の攻撃に、漆黒の拳がぶつかり世界が揺れる。
その震動はなにもない僕の頑丈な世界であるのに、影響を与えていた。
「てやぁー」
「ぬおぉぉ!」
拳を放つ僕に、神剣を振るうドラゴエル。お互いの攻撃が相殺されて、世界の理が破壊されて、全て消滅していくのがわかる。
激闘は長く、どちらも攻撃を繰り出すが命中することはなく、延々と続く。
その戦闘は僕の世界にて百年は続く。
そうして戦闘が続く中で、段々とドラゴエルの動きが鈍くなってくる。
「ガハッ、ここまでパワーを持っているとは……仕方あるまい。全力で倒すしかあるまい!」
どうやらまだまだ力を隠していたらしい、きっとこの後の父さんたちとの戦闘も視野に入れていたのだろう。
だが、その余裕はないと判断したのだ。神剣を高く翳して、闘技を使うドラゴエル。
『終末の断罪』
神剣が透明へと変わり、世界を歪めて振り下ろされる。
「僕も全ての力を右手に集める!」
『無の世界』
あらゆる事象を破壊する拳を繰り出す。
剣と拳がぶつかり合い……。
遂にそのエネルギーで、僕の世界は崩壊した。
「ば、馬鹿なぁっ!」
そしてドラゴエルさんは無の世界へと変わる中で、その力に抵抗できずに倒れ伏すのであった。
時間の流れが元に戻り、僕は元の世界に戻る。元の世界では数秒間しか経過していない。
「邪神に勝ったぞー!」
僕は勝利を噛み締めて、漆黒の腕を翳して宣言するのであった。
新作
人形遣いの悪役令嬢を投稿しています。よろしかったらお読みください。




