72話 ピンチになろう
ヨグは驚愕していた。なぜならば、魔王たちがルルイエ島に一斉に襲いかかる計画が判明したからだ。
「たいへんたいへん。ルフさん、大変だよ」
ワナワナと手を震わせて、あわわと慌ててしまう。
「遂に閣下も驚き不安になる時が来たんですね。自分は嬉しいです」
オヨヨとハンカチで目頭を押さえて泣くふりをするルフさん。とっても嬉しそうである。
スパイなルフさんが命懸けで持ってきた情報と特上寿司。千人前も頼んで大丈夫なのと聞いたら、気の良いおっさんが奢ってくれたんですと教えてくれた。
「いやいや、寿司ではなくて、魔王の群れのスタンピードを聞いてください。なんでいつもいつも会話内容がずれるんですか。お陰で私は漫才師になろうかと迷っています」
「駄目だよ、ルフさん。漫才師は脚本を覚えて、アドリブもできる賢くて根性がないとだめな立派な職業なんだ」
「遠回しに私をディスってますよね?」
「そんなつもりはないよ。僕は本当のことしか言わないよ」
「もっと酷かった!」
流れるような漫才ができて満足だ。ようやく僕もルフさんとの丁々発止ができるようになったかも。
「とはいえ、本当のことを言うと、なぜ王様だけの群れができるの? 魔王の群れが襲ってきますと、ルフさんが寿司桶を担いで宮殿に現れた時に、とっても驚いたんだけど? 王様って群れの頂点に立つから王じゃないの? 魔王は特別?」
とっても疑問なんだ。おかしくない?
「おかしくないですよ。各地の群れの王様である魔王だけが選抜されて集まったんです。スポーツで強化選手を集めるのと同じです。各高校ではエースだったのが集められる。称号は全てエースになるわけです」
「たまに思うけど、ルフって説明がうまいわよね。わかりやすいわ」
シュリがお寿司をぱくつきながら感心した顔で言う。たしかに納得できたよ。それなら魔王軍団が編成できるのも理解できる。
僕も穴子を食べたい。あ、その平目もちょうだい。
僕たちは今宮殿にいる。もはや宴会場と言っても過言ではないかも。
ルフさんのお寿司を皮切りに大宴会中。なんか僕たち修行か宴会ばかりのような気がする。
「だが、邪神が遂に動き出したか………」
「あなた、大漁旗ってこんな感じに作れば良いのかしら?」
「そうだな。たぶん真ん中に漁と書いておけば良いんじゃないか?」
父さんたちが深刻な顔で、これからのことを話し合う。それだけ危険な戦いなんだ。大人たちは村を守るために英気を養っており、子供たちは皆これから起きる大戦争に、恐怖で身体を震わせている。
「倒したら、お菓子たくさん買えるでしゅよ」
ワクワクとしながら、ねむちゃんはお友だちに伝えてる。お友だちもソワソワとし始めちゃう。
だが、いつもならツッコミ役のルフさんは真面目な顔になり、イクラを口に放り込み、立ち上がると皆を見渡す。
「今回はガチです。危険なので子供たちは避難しておいたほうが良いでしょう」
「しぇるたー」と書かれた段ボール箱を置いて、その中に蜂蜜ピザを置くルフさん。よじよじとねむちゃんがよじ登って、コロリンと中に入った。
ルフさんはガムテを手に持ち、段ボール箱の蓋を閉める。
「子供が傷つくのは見たくないのです。なので仕方なく封印しておきます」
「あぁっ、出れないでしゅ。なにこれ!」
珍しく慌てるねむちゃん。どうやら空間すらも切れない模様。フハハと高笑いをして、ルフさんはガムテで段ボール箱をグルグル巻きにした。
「フハハ、その封印用段ボール箱は幼女すら封印します。いかなる力でも破れませんよ!」
「むきゃー、開けて〜……。お菓子たくさんあるでしゅよ! やっぱり避難しましゅ」
「1年分のお菓子をしまっておきましたからね。その上、生もののケーキやシュークリームもあります。腐る前に食べないといけませんよ、ふふふふ」
策士ルフさんここにあり。羽扇を持ってぱたぱた扇いでいる。ねむちゃんはモキュモキュと食べている模様。
なかなか考えているね。
「なんで皆さん、並んでるんですか?」
「僕たちも封印用段ボール箱に入ってみたいから」
「そう言うと思っていました。ですが、これは幼女サイズ用なので、大人サイズはありません」
「ガーン」
僕もシュリたちも、フフンと不敵に顎を吊り上げるルフさんの返答にショックを受けちゃう。ルフさんは僕たちの行動を予測できるようになったんだ。もしかして天才かな?
中から破壊できるか試したかったのに。試したかったのに!
「さぁ、魔王軍との戦いに備えてください! これは激戦の予感!」
「魔王しかいない魔王軍。たしかに名前に偽りないミャア」
天井を指差して、司令官なルフさんはによによと顔を緩ませる。リスターがその様子を見て、フワァとあくびをした。
「でも、毎回のパターンで魔王軍は圧倒される」
ペレさんがジト目で呟き、なぜかゼノンさんたちが、うんうんと頷く。仮にも魔王軍なんだから危険だと思うよ。圧倒されるかもしれないよ。
「それくらい、いい加減もう予想できます。なので、強力な超器を用意しました。これです、ジャジャン!」
フッとニヒルに笑うと、ルフさんは胸元からニュッと取り出す。
『変身後のパワーから巻き起こる衝撃波で、ルフ島の施設及びコアや虚像は危険となります』
木の看板をドスンと置くけど、その内容は衝撃的な内容だった。そうか、敵も強いから、かなりの衝撃波が巻き起こる可能性があるんだね。
看板を見て、皆も動揺を露わに、ニヤリと笑ってアップを始めた。
「よっしゃ、仲間を守るバトルだな!」
「力を縛られて戦うときね!」
「危険な戦いになるな………」
皆の心は一つにまとまり、声を揃える。
「このバトルでかなりのパワーアップができるな!」
「あーあー、聞こえませーん。え、なにか言った?」
耳を塞いで、空を仰ぐルフさん。今日は青空ですねと呟いているけど、天井だよ。
というわけで、邪神の送り込んだ魔王軍団との決戦です。
◇
水平線まで真っ青な海原。普段は淡い波間に、時折魚が飛び跳ねるだけの風景だが、その日は違った。
魔物の中でも魔溜まりを支配する主である魔王たちが、海原を埋め尽くすように進軍していた。
目指すはルルイエ島。アウターの民が住む島だ。
「さぁ、お前たち。島の住民を皆殺しにするのです。これは神の意思。慈悲なる死を与えてやりなさい」
穏やかな声で、空中に浮遊する天使の翼を生やしたおっさんが命令を出していた。着ているヨレヨレのジャージには、パンくずがついて、ワインの染みがあり、そろそろ洗濯をした方が良さそうだ。顎にも一センチ程度の長さのいかにもな無精髭が生えており、体もぶよぶよでお腹が出っ張っているメタボなおっさんだ。
本来の姿は鍛えられた彫像のような身体を持つ美丈夫で、神秘的なる雰囲気を生み出していた。元々創造された時はそんな感じだった。
だが、今は容姿を誤魔化してくれる『色欲』もなく、長年の不摂生が響き、不健康そうなメタボなおっさんだった。
今日は一食しか食べていないから、カロリー的に大丈夫だといって、ドカ食いしたりもしていたので、ダイエット方法はきちんと調べないといけないだろう。
それでも『創造』の権能はあり、創造した魔王たちは素直におっさん天使の指示に従っている。
闇を集めたような黒きタコの魔物、『ディープダゴン』。その足の一本でも、振るわれると海水が吸い込まれて消えていく。その表皮はあらゆるものを吸収できるのだ。
島のような大きさの鯨にも見えるが、その口にはびっしりと触手が生えている異形なる『喰らうもの』。一度口に入れれば、たとえ戦艦でも触手の群れに噛み砕かれて呑み込まれる。
太刀魚にも似ているが、亜音速の速さで泳いだ後には削られたかのようにポッカリと丸い穴が残る、空間を削る能力を持つ『穿つ影』。
その他にもたった一匹で国を、いや、大陸を破壊できるだけの力を持つ魔王たちが、ひしめきながら進んでいた。
この先、ルルイエ島に住むアウターの民は島の防衛のために悲壮な覚悟で待ち受けている。
そして激戦が始まるのだった。
おっさん天使の予定ではそのはずだった。
「アウターの民を殺せば、大陸は大混乱。残った魔王たちをどうするかという問題はあるが、些細なことだ。くくくく、チート持ちの彼女持ちをザマァするのは、いつやっても楽しいな」
箱に入れて、見物用に持ってきたバターをたっぷりとかけた塩とキャラメルのハーフハーフのポップコーンを食べながら、ワイン瓶で流し込むという、究極のダイエット方法をしながら、おっさん天使はニヤニヤと笑っていた。
「島に着いたら、名乗りをあげてやるか」
もう一箱ポップコーンを注文するかと、おっさん天使が空を飛びながら、いや、次はホットドッグにチュロスかなと迷う中で、チカッと彼方が光る。
「なんだ? チッ!」
疑問に思い、目を凝らすがすぐにおっさん天使は身体を翻す。メタボなおっさんでも、その体術は極められた動きであり、判断も早かった。
一瞬で光線が横を通り過ぎていき、高熱が肌を炙る。
そして、魔王たちへと着弾すると、大爆発を引き起こした。
巨柱のような光線が雨のように次々と飛来してきて、魔王たちを吹き飛ばしていく。
「な、なんだ? 敵かっ! ルルイエ島のゴミたちが奇襲してきたのか!」
大量の水しぶきが天へと昇り、豪雨のように降り注ぐ中で舌打ちする。
「ヒャッハー! 今日は大漁だー!」
「美味しそうな魔物たちばかりよ!」
「夕飯までには帰るぞ」
そして高速で人間たちが楽しげに叫びながら飛んできた。
「馬鹿なっ! 魔王たちを一撃で倒せるエネルギー波だと!」
動揺するおっさん天使を他所に、アウターの民は魔王たちと戦闘を開始する。その内包する力の大きさに顔を顰める。予想よりも遥かに大きい。
「お前の相手は俺だな!」
瞬間、目の前に男が現れると、パンチを繰り出す。いや、風が吹いたようにも見えるだけで、腕は僅かに動いただけであった。
「罪人がっ!」
だが、おっさん天使はその途轍もない速度のパンチにも反応し、横合いから手のひらを打ち付けて弾く。そのまま手のひらを握りしめると突きを打つ。
男は半身となって、拳を避けてしまうが、左からの打ちつけ、右足のローキックへと繋げて攻撃する。そのしなやかにして無駄のない動きはメタボなおっさんには似合わない。
「おっと、やるな!」
男も手をゆらりと振って、拳を受け流し、ローキックを足を上げて防ぐと、楽しそうな笑みで間合いをとる。
「駄目だよ! 父さん、この人は僕の敵!」
「むっ、もう一人いたか!」
後ろに現れた少女にも見える少年がハイキックを放ってくる。
「舐めるなよ!」
その蹴りを大振りの蹴りで力任せに弾くと、おっさん天使は嗤う。
「ふん、神罰を受けにわざわざ姿を見せるとはな」
バサリと翼を羽ばたかせて、尊大なる態度で二人へと告げる。
「愚か者たちよ。この量産世界を管理するドラゴエルに攻撃をしてきたことを後悔せよっ!」
そうして、おっさん天使はアウターの民へと恐怖せよと、名乗りをあげるのであった。




