70話 海洋大同盟
ザワザワと人々の話し声で広間は煩かった。パーティー会場として使われていたダンスホールを懸命なる大工たちの工事の結果、ようやく貴賓を迎えることのできる内装へと改装し終えたのである。
ガルドン王国の元離宮である広間は一面に赤い絨毯が敷かれており、金で縁取りされた高価なテーブルは真っ白なテーブルクロスに覆われて、磨き抜かれた銀の燭台が置かれている。
料理も近年では見たことがない程に豪勢なものであり、高価である香辛料をたっぷり効かせた見たことのない肉料理や、魚料理。デザート類には砂糖が使われており、しかもただ単に大量に使うのではなく、凝った物であり食べたことのない美味なるものであった。
ここに集まった者たちは、各国の王族たちであるが、さすがは遠洋航海の盟主とも言えるガルドン王国だと話し合っていた。
────サンクリシャー帝国の武道大会から半年が経過していた。
ルルイエ王国からの提案で、ガルドン王国とサンクリシャー帝国の連名で大同盟を結ぶべく招待したのである。場所は集まりやすいガルドン王国が選ばれた。
「よくここまで集まったものだ。沿岸部の国々は西方面は全て、東方面も近隣諸国は出席しておる」
「それに加えて、内陸の小国も出席しています。招待をしたわけではなく、話を聞きつけて顔を見せに来たようです」
ようやく健康が回復してきて、顔の血色が良くなったガルドン国王は、喜んで良いのか、脅威を感じれば良いのか、どちらかわからずに微妙な表情であった。
「この海洋大同盟、上手くいけば歴史的に初の大同盟となります。内陸や東の国々はこの話を聞いて、同盟が成るはずがないと噂しておりますけど」
広間を控室からこっそりと覗いていた国王に、隣で同じく覗いていたスルドル王子が緊張で顔を固くさせながら嫌なことを言う。
だが、ガルドン国王も同じ考えであった。ざっと見ただけでも国の数は10を超えている。その数の国々が今回の条約を素直に頷き、同盟に加わるとは到底思えなかった。
「ですが………我が国とサンクリシャー帝国が同盟を結ぶのです。何カ国かは加わるでしょう」
「そうだな、素直にサンクリシャー帝国が同盟に調印すればの話だが」
ふぅと息を吐き、ガルドン国王は佇まいを直し、気合いの入った鋭い顔へと変わる。
「よろしい。それでは今回の同盟がハリボテになるか、世界を覇する歴史的な日となるか、試してみようではないか」
王たる威厳を見せて、ガルドン国王は兵士が入場を口にすると、堂々たる態度で広間に入るのであった。
ゆっくりと歩いていき、玉座に余裕ある態度で座る。隙を見せないように、焦ったり早足になることはなく、涼しい顔で他国の王族たちの視線を受け流す。
「あの方がガルドン国王か。たしかにカリスマ性はありそうですな」
「いやはや、今回の集まり。まさかの大同盟という内容ですから、耳を疑いましたよ」
「本当はサンクリシャー帝国とガルドン王国の勢力争いの謀略では?」
「あり得ますな。近年、台頭してきたルルイエ王国との貿易。その貿易をどちらが主とするかが本当のところでしょう」
ワイングラスを片手に、このような機会は滅多にないと他国の者たちは情報収集に懸命だ。
「………帝国はルルイエ王国との関税権を手放したと噂に聞きましたが本当なのでしょうか?」
「それは真実らしいですぞ。ただ船での貿易ですからな。利益の方が遥かに多く、たいした影響はないらしいです」
その話はガルドン国王もレーナから耳にしていた。関税権を放棄するとは信じられないことだが、それ以上に利益が大きいと踏んだのであろう。
これからどうなるかはわからないが、所詮船で運んでくる量だ。食糧などで圧迫されることはない。反対に輸出の時の値段だが、それは将来にならなければわからない。
「ルルイエ王国、国王陛下であるラル・トルス・ルルイエ国王陛下のご入場です」
その声に皆が自分が入場した時よりも反応し、大扉を注視する。
扉が開き入ってきたのは、優しい雰囲気の整った顔の男であった。神器とも思われる軍服を着込んでおり、真っ赤なマントを羽織り、薄く微笑みを見せて、他国の王族たちの値踏みする視線をも気にせずに、堂々たる態度で入ってくる。
その後ろにヨグ王子も続き、用意された卓につくのだった。
最後に入場するということは、この場で一番偉いということだ。それは各国へと招待をしたガルドン国王よりも重要であることを示しており、その意味が本当に偉いのか、それとも貿易相手だから気を使ったのか、どちらの意味を持つか、皆は想像する。
「よろしい。これで全員が集まった。遠方から訪れた者たちもいるだろう。感謝をしよう」
ガルドン国王の言葉に皆が静まり返り、海洋大同盟を目指しての会談が始まったのであった。
◇
「まずこの会談の目的は出席して頂いた各国との同盟を結ぶことにある。これには不可侵条約、戦争の禁止、同盟国同士での様々な支援が予定されている。そして、もっとも重要なことはルルイエ王国への関税権の譲渡だ」
最後の言葉に、本当にその条件が入るのかと、他国の王族たちは驚きの表情を浮かべて、卓に座ってゆったりと料理を楽しむルルイエ国王へと視線を送る。
だが、周囲の視線を気にすることもなく、談笑しつつ料理を楽しむ姿はまるで自分には関係ない話だと言わんばかりであり、圧倒的に自国が有利だと伝えるかのような余裕さを見せていた。
「ガルドン国王、その条件下で話をすすめるのは……その、本当なのでしょうか? ルルイエ王国だけが利する内容かと思いますが?」
一人の王族が挙手をして躊躇いがちに発言する。ここにいるのは国々の国王や王族たち。建前上は同格であるために、発言することに許可をもらう必要はない。
その問いは、ガルドン国王にとって想定内であった。不利すぎる条約だということだ。
「ルルイエ王国の貿易相手は我が国とサンクリシャー帝国がメインとなるだろう。他国の者たちにはほとんど其の影響はないのではないか?」
「ううむ………その話に裏がなければという前提がつきますぞ。万が一ルルイエ王国が北大陸で領地を確保した時には、この条約は各国にとって、重大なる問題となるでしょう」
そうだそうだと、周りの国々も同調する。謎のルルイエ王国。信じられないことだが、この場に国王が出席したところからも本気さを感じさせるが、危険視も各国はしていた。
「よろしいでしょうか? 我が国は北大陸の土地に興味はありません。それに大同盟に参加した国々同士は不可侵と同盟国同士の戦争の禁止となります。領土を奪われることはありませんよ」
少女のような可愛らしい顔をしたヨグ王子がニコニコと笑顔で口にする。
「むぅ……その言葉を額面通りに受け止められれば良いのですが………」
「はははは、なにを要らぬことで警戒しているのやら。そなたたちの国々は遠く離れたルルイエ王国を気にするよりも、隣国を気にした方が良いのではないか? この半年で随分懐も暖かくなったであろう?」
大柄な体躯のクレス皇帝が、周りに聞こえるように大声で笑う。そのひげもじゃで厳つい顔の男は挑発的に言う。
「北部は南部が再び息を吹き返したことに苛立ちを覚えているであろう? 質の良い武具を揃えて、糧食を集めて、戦費を賄える程度に国庫が暖かくなったそなたたちをな」
「………たしかに。多少の余裕はできております。ですが全ては国家繁栄のため。内政に力を入れておりますので、軍備増強などとてもとても手は回りません」
「ほぅ? そのような輩ばかりであるならば安心なのだが、どこかの国は係争中の鉄鉱山を占領するために兵士を集めていた気がするな。水源地に砦を作る余裕がある国もいるとか」
すっとぼけようとする男へと、クレス皇帝は片目を細めて世間話のように言う。
その内容に、ウッと怯んで顔を俯ける他国の王族。
どこから情報を集めたのか、帝国の情報収集能力の高さに舌を巻く。
「戦争となる前に、同盟を結んだ方が色々と安心だと思うがな。我が国は既に関税権を放棄しているが、全く影響はないぞ」
さて、どうするとクレス皇帝が告げて、皆は顔を見合わせる。
「クレス皇帝の言うとおりだ。現在の南部地方は大分貿易にて潤っておる。そして、ルルイエ王国からの技術もあれば、いずれどこかの国は北部との戦争になるであろう」
その場合に、同盟を結んでいれば、話は大きく変わる。
「我が国は前向きに検討したいと思います」
「そうですな。我が国も同じく検討をしましょう」
チラホラと同意の言葉があがり………。
「一週間以内に結論をお願いします。国に持ち帰り検討というパターンはなしで」
「一週間!? それは短すぎです、ヨグ王子」
発言したのはヨグ王子であった。その信じられない内容に広間が騒然となるが、ヨグ王子は気にすることはなかった。
「この場には王様もいます。忙しいと思いますので、ちゃっちゃと決めましょう。同盟に加わらない国はとっても残念ですが諦めます。国により事情がありますものね」
ニコニコと笑顔のヨグ王子は、そのまま話を続ける。
「北部や東の国々は別途連合を組むとか、同盟を結ぶとか。そんな話がありますので、同盟に加わらない国は気をつけてくださいね」
その一言はやけに広間に響くのであった。
───そして、参加国は全て同盟を結ぶことに賛成した。
歴史上、初めての大同盟が結成されたのである。
その大同盟は『海洋大同盟』という名前となった。参加国は18カ国。北大陸で一番の大きさの大同盟となった。
その話を聞いた他の各国は慌てて、自分たちでも同盟を結ぼうと画策するが、やはり利益やお互いの思惑のせいでうまくはいかず、精々3カ国程度の同盟となる。
そうしてルルイエ王国は、途轍もない量の魔石を確保することに成功した。
───東の国々が同様の大同盟を結ぶようにと、神を名乗るメタボで半裸のおっさんが各地の神殿に出現し、大騒ぎとなったと、少しして噂話として聞こえてきたが、デマとして扱われた。




