69話 国を拡大しよう
「違うんですっ! 俺はただの肉屋だったんです! それが不審な男が空中に現れて俺に無理矢理力を与えたんですよ!」
病院のベッドで包帯でぐるぐる巻きになったミイラ男改めオルフェウスさんが叫んでいた。
あれから倒れたオルフェウスさんを介抱するべく戦艦の医務室に連れてきたのだ。帝国の医者はやぶっぽかったから。だって、いきなり踊り始めたんだもん、仕方ないよね。
「フハハハ、やはりそうであったか。ということは決闘はノーカン。ノーカンとなるとすると武道大会の決闘も意味のないものに?」
高笑いをしつつ、調子に乗るクレスさん。
「おう、ならお前と決闘だな!」
「他国の王との決闘がなかったことになるわけないですよ。へへへ」
ちらりと父さんを見て、揉み手をするクレスさん。約束はしっかりと守る立派な人らしい。
そのままソワソワと体を揺すり、えへんげへんと咳をする。
「あぁ〜、帝国は大きいから政治を行うのは面倒だと思うんだよなぁ〜、そんな面倒なことをする人がここにいるんだけどなぁ〜」
「マジですか、この人。これで皇帝の地位を譲渡してもらおうなんて、この人は本当に元皇帝だったんですか?」
「山賊の見かけによらず、政治家には有能だったのです」
開いた口が塞がらないとばかりにルフさんがレーナ王女に尋ねると、困った顔になって答えてくれた。どこらへんが有能だったのか、責任が人を作るのかな? もはや改造レベルになりそうな感じだけど。
「まぁ、俺も面倒くさいからな。ヨグどうする?」
ポリポリと顎をかいて、父さんはつまらなそうな顔で僕を見てくる。決闘ができると思ってたから、がっかりしたんだろう。
「この国の皇帝は面倒くささそうだから止めておこうよ。その代わりに関税権はルルイエ王国に譲ってもらうということにしておこう」
サンクリシャー帝国の領土は広いし、僕はルルイエ王国を大きくしたいけど、他の国を支配するつもりはない。面倒くさいからね! 修行する時間がなくなっちゃうよ。
「関税権っすか……むむむ、痛いところをついてくるっすね。でも、ルルイエ王国とは地続きでないですし、そこまで影響はない………わかったす」
難しそうな顔になり唸り声をあげるクレスさん。考え込んだけど、船での交易は量が少ないし問題ないと予想したのだろう。手を打って了解してくれた。
「それなら問題はないですね。それじゃあ形だけ父さんと戦ってくださいね」
「よっしゃー! 俺っちもそこそこ強いですぜ!」
「よっちゃー! あたちもそこそこ強いでしゅよ!」
喜色満面の笑顔で万歳するクレスさん。そして、その後ろでコントローラーを持って万歳するねむちゃん。
───その一時間後、オルフェウスさんの隣に包帯でクルクル巻きとなったクレスさんが追加された。
「むぉーっ、トー改造は失敗でちた! やっぱり素体が弱いと使い物になりましぇん!」
「決闘前にくれた角砂糖になにかを混ぜたっすよね!? 体中が痛いっ!」
「ワハハ、それでもなかなか楽しかったぞ!」
床をペチペチと叩いて悔しそうにするねむちゃん。試合場でコントローラーを振り回して、自分もコロコロ転がってたけど、応援に夢中になってたんだろうね。
「あの……物凄い怪しいなにかが行われて、ウッ」
パタムと倒れちゃうレーナ王女。やれやれとルフさんが肩をすくめる。
「あまり記憶忘却を使うと人格に悪影響が出ますので、もうその角砂糖をアウターの民以外の人間に見られたり、試してはいけませんよ?」
「むぅ……わかったでしゅ」
不満そうだけど、渋々頷くねむちゃん。知らない人に砂糖をあげてはいけませんよというやつだろう。
ルフさんがレーナ王女たちの記憶を操作して、クレスさんはなんとか父さんと引き分けに持っていったということにしたらしい。
そこで引き分けとはなかなかやるなと、皇帝をゆずったという顛末だ。
引き分けにしては、全治一ヶ月の重傷となったクレスさんだったけど。
◇
あれから一旦僕らは船に戻って話し合いをすることとした。父さんたちは観光をすると言って、金貨をばら撒いて遊んでる。
船長室にいるのは、僕にシュリ、ルフさん、ゼノンさん、ペレさん、リスターだ。
「『色欲』の記憶操作は封印しておこうよ。人として駄目になりそうな予感がするし」
「まぁ、私も世界崩壊の危機以外は使う気はなかったんですけど、おやつ感覚で世界崩壊の危機が訪れたので仕方なかったんです。主に常識的なことで世界崩壊の危機でした」
「そんなに邪神の暗躍が酷いんだね!」
「たまにわざとかと思いますが天然ですよね………話はわかりました。では『色欲』は破壊しておきましょう。残しておくと使いたくなるのが人情ですし」
胸元から水晶を取り出すと、パリンと砕いちゃうルフさん。今のが色欲だったんだろう。
これで目下の目的は達成された。いや、そうじゃないか。
「これで魔石の補充は大丈夫かなぁ?」
「今現在、魔石の買い付けに皆が走り回っております、殿下。ねむちゃんが手に入れた資産を全て魔石に変えていますし、補充はできるでしょう」
ゼノンさんの言葉に、良かったよと胸を撫で下ろす。なにせ貯金が空に近かったからね。これを課金の不思議理論と名付けようと思う。
「閣下はガチャとかしたらいけないタイプですよね。破産しそうです」
「そんなことはないよ。僕も節約はできるもん。ところで魔導発電所って何個作ればいいの?」
「言ってるそばから、なにしてるんですかぁ!」
ルフさんが絶叫してるけど、増えたTPでポチポチしてるだけだよ。まだまだ増える予定だから3個くらい発電所を作っても問題ないよね。
「あっという間に魔石がなくなりますよ、閣下? 魔石は有限なんです」
「帝国は西の覇者です。周辺諸国は属国に近い扱いと聞いておりますので、他国へ関税権の譲渡をお願いしましょう。それにより利益の確保と、周辺諸国への影響力を高めます」
「小国への貿易ができるほど、船の数はないよ? それに小国への貿易は帝国に任せたいと思うんだ」
ゼノンさんが目を細めて、渋い提案をしてくるけど、ボクたちの立場は生産農家みたいなものだ。問屋的な立場の帝国に商品を卸して、後はお任せスタイル。
そうなると莫大な利益を生み出す僕らの国と貿易を止めることができなくなって、帝国はルルイエ王国に依存することになるわけ。
「小国もそれは充分に理解しています。なので、影響はほとんどないと考えるはず。その代わりに小国は同盟を結ぼうとしてくるでしょう」
「おぉ、海岸線にある国と全て同盟を結べば、ルルイエ王国は安泰だね! 守ってもらえるし!」
植民地支配されないように、他の国が支援してくれるはず。それはナイスアイデアだ。
「閣下、ルルイエ王国がその大同盟の盟主になりますよ。中央も同様に同盟を結べば大航海ギルドも展開できますし、海洋大同盟とかの名前にしたら良いと思いますよ」
「それなら東以外はもう安心ねっ! 北大陸は征したも同然じゃないっ」
ルフさんの言葉に、満面の笑みとなるシュリ。たしかに大同盟がなれば、航海の安全は段違いに安全となる。ナイスアイデアだ。
クレスさんとガルドン国王に提案して、大同盟を作るように提案しよう。
「西と中央国家が大同盟を結べば、残った国は焦って大同盟に加わろうとするでしょう。乗り遅れたら、どんな被害を被るかわかりませんからな」
「まぁ、海岸線の国だけだから南大陸では、ええっと」
地図を確認しながら、どれくらいの規模になるかを計算する。
「大体3割くらいの国々かな? あまり多くないね」
「いえ、それだけの国々が参加するとなれば、一国では対抗できません。大同盟に加わるか、対抗して残りの国も新たなる大同盟を作るかとなります」
ふむふむ……。想像してみる。海洋大同盟は貿易でドンドコお金を稼ぐ。お金を稼げれば商人さんも集まるし人も増える。国が発展して兵士も増える。
内陸部との国力に大きく差がつく。なるほど、たしかに対抗して同盟を結ばないとジリ貧になるかも。
「とはいえ、危機感はそれぞれの国ごとに違うでしょうし、対抗するための同盟に、他にはなんの利益があるのかというと………」
「足並みがそろわにゃいミャン。最初の話し合いから頓挫する未来しか予想できないミャンね」
ゼノンさんも、リスターさんも同じ意見らしい。大同盟を相手が結ぶのは不可能と。
「でも、一つだけ方法がある。強力な者が後ろ盾につけば変わるかもしれない」
ペレさんが良いところをついてくる。そういう強力な者には心当たりがあるよ。
「邪神だね! 神託の形をとって大同盟を作る気だ!」
パチリと指を鳴らして、ムフフと笑う。間違いない。たぶんこの予想は当たっている。
「あ、あぁ〜っ!」
でも、なぜかルフさんが唐突に立ち上がって、顔を蒼白にする。
なにか重要なことがあったのかな!?
「神に見せかける印象操作用『色欲』はさっき壊してしまいました! まずいですよ、あれだと美男子モードが解けて、ただの左遷されて草臥れたおっさんにしか見えません! しかもメタボを気にする体格です!」
「そんなとっても大事なものを盗んできちゃったの!」
「無造作にカプセル内に放置されていたので……。まずいですよ、発覚を遅らせるために偽物をおいてきちゃました。そうなると………」
「そうなると?」
「半裸で小太りのメタボなおっさんが格好をつけて空中に現れて、晒される展開に! 炎上必至!」
想像する。人々の前に突如として光とともに魔法陣が描かれると………。
にこやかな笑顔のメタボなおっさんが現れちゃうんだ。お腹が出てるので、ダイエットしたらと言われちゃうかも。
その場合は、糖質制限ダイエットはリバウンドするから、運動もしてくださいって忠告しなきゃ!
「くっ! テンプレ展開なのに、早くも想定外の妨害が入りました。えぇっとゴトカリでは……うぅ、プレミアついてる………」
なにやら空中を慌てて指で操作するルフさん。だけど、凛々しい表情で僕たちを見てきた。
「ふっ、神の力は必要ありません。やはり人とは自分の意志で歩き出さなければならないのです。こんな高いの買えません。今月のお小遣いがなくなっちゃいます」
「それじゃあ、クレスさんやガルドン国王、周辺諸国を集めて大同盟への会議をしよう」
皆を集めての会議……楽しそうだね!




