67話 皇帝と戦おう
武道大会。残念ながら、僕も負けちゃった。
「やっぱり大人は強いや。全然敵わなかったよ」
「閣下が負けてホッとする自分がいます」
ルフさんがニコニコと笑顔で言うけど、僕は大人に比べると弱いからね。でも負けるのは当たり前だと思わずに、頑張って修行をしないといけない。
「もっと修行を頑張るよ! 未来の僕にどうやれば強くなれるか聞こうかな」
「その方法は反則です。駄目ですよ? 駄目といったら駄目です。やったら、私は寝っ転がって回帰してと泣き叫び駄々っ子ルフになりますからね?」
「冗談だよ、ルフさん。未来は不確定だから話を聞こうとすると何億人もの僕を相手にすることになるからね」
「本当にできそうな会話に私は怖さしか感じません」
虚ろなる瞳となるルフさん。僕はルフさんとコントができたかなと喜んじゃう。キレの良い冗談だったかなぁ。
「そんなあり得ない話は放っておいて、表彰式が始まるっすよ」
生ビール片手にほろ酔い加減のクレスさんが試合場を指差す。その傍らには銅貨でパンパンに膨らんだ袋があったりします。
試合場には優勝した人、なんと僕の父さんが立っていた。激戦に次ぐ激戦を繰り広げて、決勝戦でイワンおじさんを倒して優勝したんだよ。さすがは僕の父さんだ。
「あの……あの方はもしや?」
「通りすがりの戦士さんだと思う。やったね、おめでとう、通りすがりの戦士さん!」
レーナ王女がなぜか唇をぷるぷると震わせているので誤魔化しておく。あの人はただの通りすがりの戦士さんだ。
「おぉ、ヨグ! 結構楽しめたぞ。イワンのやつ、また腕をあげてた」
「亜光速の拳じゃ、ラルには届かなかっただけだ」
僕の前に座っているイワンおじさんがヘッと鼻を鳴らして照れる。
「私の加速も亜光速の域に入れるよう頑張るわっ!」
「僕はワープ歩法を完成させるよ」
「そこは人外の話し合いをしないように」
シュリと僕は拳をぶつけ合い、これから修行をもっと頑張るように誓う。もっともっと強くなって日本で待つ強敵と戦うんだ。だから、ルフさんは止めないでください。
僕たちのお喋りを他所に、表彰式は始まった。
「優勝者、ラル・トルス・ルルイエ、前へ!」
「おうっ!」
司会者が叫ぶと、父さんが豪快に笑うと、用意されている壇上へとのしのしと歩く。赤い絨毯を敷かれた壇上には皇帝陛下が気怠げに立っており、貫禄のある西洋鎧を着込んでいる。
なんか青白く輝いており、特別な効果がありそうだ。
「さぁ、優勝者よ。選ぶが良い、金貨100万枚か、予と決闘をするのか?」
「決闘だな!」
「さぁ、優勝者よ。選ぶが良い、金貨1000万枚相当の領地や財宝か、予と決闘をするのか?」
「決闘だな!」
「さぁ、優勝者よ。選ぶが良い、帝国の半分の領地か、予と決闘をするのか?」
「決闘でお願いするぞ!」
父さんが意気揚々と答えて、武者震いでぷるぷる震える皇帝陛下。父さんが決闘以外選ばないことを知っててからかっているに違いない。なかなか面白い人だね。
観客席に座っている観客がザワザワとざわめき始める。そして、クレスさんがハッと気づく。
「てーへんだ! ヨグ王子が負けたから、俺っちはあの人と戦わないといけないんで?」
「頑張れば勝てるよ! 人類の可能性を信じて!」
「壮大すぎる可能性。それくらい俺っちには勝ち目がないと? くっ、この銅貨の袋で買収できるか……」
慌てるクレスさんは放置して、どうやら話し合いは終わりそうだった。
「ちっ、神の加護を使うと疲れるのでやりたくなかったが仕方あるまい。その代わりにまずは予の部下5人と戦って勝ってもらおうか!」
苛立って、皇帝陛下は後ろへと下がる。同時に5人の側近が前に出てきた。
「さぁ、5人衆よ、真の姿を見せつけてやれ。その力にてこの男を葬るが良い!」
「ははっ! マルスいきます! ぬおぉぉ、げっはー!」
マルスという人が身体を半透明にさせて父さんへと攻撃をしようとして拭き飛んで壁にめり込む。開始3秒である。
他の四人も驚いたことに身体が変形していく。下半身が蛇になったり、腕が六本に増えて巨大化したり、車輪みたいな姿や目玉だらけの姿になったり。
「な、なにをしたガ」
「ふざけ」
「こんなバカな」
続いて残りの四人も同じく壁にめり込んだ。一見すると父さんは立っていただけだ。でも、違う。僕にはその攻撃方法がわかる。
「ある程度強くなったから、父さんの力を本能が恐怖して吹き飛んだんだよ! 魔物っぽい空気を纏っているからね」
父さんの実力に、本能が仰け反ったのだ。それで自分から吹き飛んだんだよ。よく見る光景だ。
いつもなら力を抑えて隠してるけど、今は皇帝陛下と決闘をするために力を解放しているからね。
「魔物っぽいというか、魔物ですよ、あれ! 5人衆って、もしかしなくても魔物だったのでは!?」
五人衆を指差してレーナ王女が切迫した表情で言うけど、違うと思う。
「レーナ王女、きっと彼らは変身能力を持つ人たちなんですよ」
吹き飛んだあとからが勝負だ。きっと第二形態、第三形態があるはず。
ワクワクしながら、壁にめり込んだ五人衆を見守る。早く真の姿を見せてくれないかな。
だけどいつまで経っても、五人衆は起き上がって来なかった。あれぇ?
コテンと小首を傾げて不思議に思う僕たち。アウターの民もアレレと不思議そうだ。僕たちが平然としているので、なにかの見世物だったのかなと、逃げようとしていた観客たちも座り直す。
「あぁ……そやつらは魔王だったんだが………貴様、何者だ?」
まさかの不戦勝だったらしい。皇帝陛下が呆れた声で、肩をすくめる。
「俺か? 俺はルルイエ国王のラル・トルス・ルルイエだ。覚えておいてくれ、サンクリシャーの皇帝さんよ」
「ふはっ、ルルイエの国王であったか! クククク、フハハハ、なかなか鼻が聞くな。予がルルイエ王国を探して滅ぼそうとしていたことに気づいたか?」
「……もちろん気づいていたさ。どうやら観光に来たかったわけじゃなさそうだな?」
可笑しそうにする皇帝陛下へと、父さんは親指を立てて、ノリノリで話に乗る。僕よりも演技が上手いや。
「どのような国も、最強は国王! ルルイエ国王よ、そなたの勇敢さと無謀さを褒め称えよう」
余裕さを見せつけるように両手を伸ばして、皇帝陛下は言う。その言葉に心底楽しそうになる父さん。
「それじゃ今から決闘ということで良いんだな?」
「うむ。貴様の戦闘力は既に見抜いた。神の加護を持つ予の敵ではない」
「そやっ!」
皇帝陛下のセリフを最後まで待たずに、父さんが拳を繰り出す。その動きはほとんど見えないで、パシンと乾いた音が響いた。
「おおっ、やるな!」
父さんが喜びの声をあげる。なんと皇帝陛下が父さんの拳を受け止めたのだ。
「くはっ! 速い、その動きは今までに見たことがない。貴様のその力、尋常ではあるまい」
「褒められると照れるな、お前さんもなかなかやる!」
皇帝陛下の言葉に合わせたように、その眼前の空間が石を投げた水面のように弾ける。パパパと連続音が響き、衝撃波がお互いの髪を靡かせる。
一瞬で父さんが連撃を繰り出したのだ。しかしてその攻撃は全て皇帝陛下に防がれたのである。
「おぉ! さすがは皇帝陛下だね、通りすがりの父さんのパンチを防いだや」
「そのセリフのどこらへんが誤魔化すつもりがあるのか説明を求めたいです」
冷静極まるルフさんのツッコミはスルーして、僕は目をキラキラと輝かせちゃう。凄いよ、皇帝陛下!
父さんも同様に面白そうな顔をしている。普通モードの父さんのパンチを防げる人はアウターの民以外に始めてみた。まぁ、戦うのも初めてだから当たり前なんだけど。
皇帝陛下は腕を組むとクックと嘲笑う。その顔は自分の勝利は揺るがないと固く信じている。
「驚いたかね? 予は神から絶対の加護を受けているのだ。ある日、あの時、あの瞬間。豚肉を解体していて、もう少し力が欲しいなぁと願っていたところ、信仰心の厚いものに加護をと、聖なる神が力をくれた!」
バッと手を振ると父さんへと傲慢なる態度で言う。
「『傲慢』と『嫉妬』という加護を貰ったのだ!」
ウハハハと嗤う皇帝陛下。
「凄いよ、聖なる神様。加護って強いんだね!」
「閣下、聖なる神は7罪を加護として与えることなどしません」
「あの言い様………。ゴライアスお兄様とまったく同じ。邪神に魅入られてしまったのですね!」
ルフさんが嘆息して、レーナ王女が重要な情報を口にする。ねむちゃんが屋台のゴミを空間を開けてせっせとカプセル型ゴミ箱に入れていく。少し離れたところにゴミの収集屋さんがモニターを開いて高笑いしているのが見えた。なんか、父さんと皇帝陛下の戦いを見ている模様。
「邪神っすか! そうっすか! どうりで強かったはずっす。皆、聞いてくれ、あの皇帝は邪神に魂を売り、帝国の民の命を捧げる計画をしていたっす!」
レーナ王女の話を聞いて、歓喜の表情で立ち上がると、クレスさんが観客へと叫ぶ。
その言葉に観客は騒然となり、クレスさんは手を振り上げる。
「先月の決闘はだからノーカン! ノーカン! ノーカン! 理由は本人が戦っていなかったから!」
「そ、そうなのか?」
「言われてみれば?」
「まぁ、政治家としてはあの髭もじゃの方が良いな」
観客は動揺して、クレスさんは正義の言葉を叩き込む。
「俺っちが皇帝に戻ったら、一家族に金貨一枚をあげるっすよ!」
「そうだ、ノーカンだったんだ!」
「おのれ、邪神に魅入られた悪め!」
「ラルさん頑張って!」
皆が目が覚めたのか、一斉に皇帝陛下、いや、オルフェウスさんを責め立てる。
うっひょーと飛び上がって喜ぶクレスさん。
一気に四面楚歌の状態となったオルフェウスさんだがその表情は余裕であった。
「まったく愚民共は愚かだな。予の力をもう一度見せてやろうてはないか」
四肢を踏ん張り、闘気を放ち始めるオルフェウスさん。その大きさは島から出て初めてだった。
「『嫉妬』は相手の戦闘力をコピーして、『傲慢』は己の力を倍加できる! この2つの加護の力に勝てぬものなどおらぬわ!」
『傲慢2倍』
ゴゴゴと地面が震え始めて、皆がその力に慄き、僕たちはポップコーンとサイダーを用意する。
「おぉ、なかなか面白そうだな、お前」
そして父さんは顔を輝かせて、構えるのであった。




