58話 損害費用
鳩羽ねむの紅葉のようなちっこいおててには、紙切れがあった。
「これなんでしゅか?」
コテリと小首を傾げて、無邪気な瞳をキラキラ輝かせる。短い足をパタパタさせて、目の前のおねーさんに尋ねるねむちゃんは、来月6歳になる幼い女の子だ。
ふわふわピンクの髪に、ぱっちりオメメと小さい桜色の唇、ぷにぷにほっぺの可愛らしい顔立ちと小柄な体躯の美幼女である。
「それは修理費用請求書だよ、ねむ」
「ふぅん」
ねむちゃんはよくわからないやと、身体も斜めに傾げて、ぽすんとソファに寝っ転がった。なんだか難しいお話なので、幼いねむちゃんには退屈なお話なのだ。
ここには今ねむちゃんと白衣を着たマホさんがいた。
魔法研究所の研究室だ。今も文明レベルがドンドコ上がっているので、もうソファはふかふかだし、テーブルに置かれた最新型お菓子ポテチも、とっても美味しい。ガラスのグラスに入ったオレンジジュースへと手を伸ばしてストローを口にして、ちぅちぅ吸う。
『魔導鎧修理費用15億TP。弾薬代含む』
と書いてあったのだが、5歳のねむちゃんに漢字は難しすぎるのだ。
でも、ウンウンと唸って、頑張って読んでみる。
「えっと、じゅ、じゅ、わかった! 15TPでしゅ!」
やったぁと、間違ってないよねと、ぱちくりオメメをキラキラとマホさんに向ける。あたちは頑張って読みまちた! 褒めて褒めて。
わんこが褒めてもらいたいと尻尾をブンブン振るように、ねむちゃんは足をパタパタさせちゃう。幼女アイの褒めてビームをマホさんはまともに受けてしまう。
仕方ないなぁと、苦笑をしてマホさんはもう一枚紙切れを手渡してくる。なんだろうと、ねむちゃんは興味津々に見つめる。
『ミッション報酬16億TP』
「ふぉーっ! やったぁ、あたちのお小遣い差し引き15億9999万9985TP頂きでしゅよ!」
その高額にねむちゃんは満面の笑顔になり、コロコロとソファを転がって、コロンと床に落ちて、それでもコロコロ転がっていた。
これからは毎日お菓子を買えるし、ジュースも飲めちゃうと大喜びだ。
「読めるじゃないか。しかも修理費用は15TPって、強欲すぎる! まぁ、良いや。それじゃ差し引き1万TPを口座に入れておくよ」
「えぇぇ! 手数料でしゅか、デビルなサマナーに仕事を紹介する占い師でしゅか! なんでたった1万なんでしゅか!」
驚きの報酬計算式に転がるのをやめて、ジャッカルねむちゃんに変身して、マホさんに襲いかかる。
マホさんは冷静にその頭を掴み、噛まれないようにして嘆息する。
「あとは君の母親が貯金しておくってさ」
「古今東西、その貯金方法は詐欺だと決まってましゅ! たとえ本当だとしても、大人になるとたいした金額じゃないから、喜びは少ないでしゅ。子供だからこそ、小さい金額でも大金だと思うんでしゅよ!」
噛みつこうとカチカチ歯を合わせながら抗議する。絶対帰って来ないパターンだと不満いっぱい、頬はぷっくりだ。ねむちゃんアタックなのだ。
「1億が小額かは論議が必要だと思うよ。それと抗議は君の母親にしてくれたまえ」
「むーっ、15億9999万9985………ちゃんと貯金していてねって、お願いしてくるでしゅよ!」
むふんと息を吐いて、てててと部屋を出ていこうとして、言い忘れたことに気づく。
「次は急停止、急旋回ができる高機動用に、肩や脚にもスラスターをたくさん付けておいてくだしゃい。あと、ガチで叩きあうパターンを考えて、重装甲タイプもよろちく!」
「あぁ、わかった。作っておこう。エンジン抜きだからきっと簡単に作れるよ」
「ありがとうごさいましゅ!」
マホさんが手のひらをフリフリと振りながら請け負ってくれたので、安心して走り出すのであった。
◇
ててててと走って、ママのいる場所を探すと魔法大学の食堂にいることを感知できた。なので、ちっちゃいコンパスの脚を懸命に動かして、食堂まで向かう。
アウターの民は修行するか、魔法大学で修行するか、広い食堂で宴会をするかなのだ。ねむちゃんが大好きな生活をしているのだ。
食堂に到着すると、とっても騒がしかった。やっぱり宴会をしていて、ワイのワイのと宙空に映るホログラムを肴に飲んで食べている。
何を見ているのかと思えば、ねむちゃんが戦闘をしているシーンやヨグしゃんが戦闘をしている場面だった。
最後に油断してやられちゃったので、少し恥ずかしいなぁと、赤面しつつ食堂に入る。人生を最高に楽しんでいるアウターの民は、戦闘評価を話していた。
「鎧を着て縛りプレイも楽しそうだな」
「そうだな、あの戦闘を終えて、ねむちゃんの戦闘力は跳ね上がったんだろ?」
「危機に際して、私たちは一気にパワーアップするものねぇ」
「ヨグ君もパワーアップしているじゃないか。やはり好敵手というのは必要不可欠なんだ」
「最近はめっきりサカナも減ったしなぁ。そろそろ保護を考えないといけないんじゃないか?」
お酒を飲みながら、料理に舌鼓を打ち、談笑する姿はとっても楽しそうだ。ねむちゃんも楽しそうな雰囲気に当てられて、ワクワクしちゃい胸踊る。
でも、ママに一言言わないといけないのと、キョロキョロ周りを見ると、ヨグしゃんの両親たちと同じ卓にいた。なにやら苦笑している。
「ママァ〜。あたちの15億9999万9985とっちゃ駄目〜」
涙目になり、ぽてぽてとママのところに向かう。頑なに報酬は15億9999万9985だと主張するねむちゃんなのだ。修理という漢字が読めないので仕方ないのだ。
「いやぁ〜、まさか俺たちが封印されているとは思わなかったなぁ」
「そうね、ご先祖様は良い狩場を親切な人に教えてもらったと書き残しているし」
「外に出るには位相を変えないといけなかったか。なかなか考えられた封印だったな」
「これからはもっと気をつけないといけませんね」
「とりあえずは泳がせて、新しいサカナが釣れるか様子を見ておこう」
なにやら外に出られなかった理由を大人たちは話していた。たしかに世界の位相をずらす封印結界だったので、皆はさっぱり気が付かなかった。
どんなに強力な力を持っていても、進む道を反対に進んでいたようなものである。看板に外の世界はこちらと間違った案内が書かれていたようなものだ。
もう気づいちゃったから、アウターの民にはもはや通じない。
そして、ねむちゃんは報酬が貯金されないことにも気づいちゃったから、ママへと文句を言うべく、とてとてと近づく。
「ママ! 報酬をあたちの口座に入れてくだしゃい!」
「あら、ねむ。どうしたの?」
ママがあたちに気づいたので、ぷいぷいとおててを振って抗議しちゃう。あたちのお金なのだ。この先、安楽に暮らしていくためのお小遣いなのだ。1万TPじゃ足りないのだ。
「お小遣い1万TPは酷いでしゅ! 働いた分ちゃんとくだしゃい! あたちの口座に振り込んでくだしゃい」
絶対に譲らないぞと、ふんすふんすとママのお膝にしがみつく。ママはあらあらと微笑んで頭を撫でてくれる。
「大丈夫よ、ちゃんとねむちゃんの口座に貯金しておいたわ」
「あれ? 口座に入れてくれたの?」
「えぇ、貯金するって、マホさんから聞いてない?」
「そういえば……そうでちた!」
コテリと首を傾げて、身体も斜めに傾げて不思議に思っちゃう。そうだったっけ? そういえばそうだったかも!
「それじゃ大丈夫?」
「えぇ、だから1万TPは大事に使うのよ。使いやすいように500TP硬貨を渡しておくわね。残りはママが預かっておくわ」
ねむちゃんの手のひらにチャリンと500TP硬貨が乗せられる。ふんふん、さすがはママだ。たしかに大きいお札は使いにくい。
「ありあとー、ママ!」
「ふふ、ほら、ねむちゃんのお友だちも集まっているから、料理を食べていきなさい」
「あーい!」
ニパッと笑顔になり、ギュッと大事に500TP硬貨を握り締めて周りを見渡すと、お友だちがたくさん座っているのが見える。
「皆こんにちは〜」
とてちたと皆の所に歩いていく。10人程の同年代のグループだ。今までは自分しか5歳の子供はいなかったから、とっても嬉しい。
「こんにちはねむちゃん」
宴会なので、皆はもきゅもきゅとご飯を食べている。ショートケーキやチョコケーキ、シュークリームにババロアなどデザートの大皿がずらりと置かれている横の卓に座っているので、食べているのは、ケーキとかが中心だ。
あたちも料理をとらなくちゃと、うんせとテーブルに手を伸ばして、浮遊しながら小皿に乗せていく。
チーズの盛り合わせ、サラミ、ソーセージ、ザワークラウトに赤葡萄ジュース。たくさん乗せて、満足ねむちゃんは椅子にぽすんと座る。
「皆、元気だった?」
「うん、とっても元気だよ! 新しいお友だちも連れてきたんだ!」
「………」
いつものお友だちの中で、初めて見る子がいた。ちょっと虚ろな感じだ。きっと虚像という存在に違いない。
ふんふんと頷き、ポケットから角砂糖を取り出して手渡す。いつもねむちゃんはポッケに角砂糖を入れているのだ。
「ありがとう……」
「とっても甘いよ!」
棒読みのセリフで返し、子供は受け取ると義務的に角砂糖を口に入れる。そうしてもぐもぐと食べていると、その目に生気が宿りねむちゃんを見て、ぱちくりと瞼を開閉した。
「とってもあまーい! なんか元気出てきたよ!」
さっきまでの量産された人形のような空気を纏っていたのに、個性的なやんちゃな笑顔になった。
「新しいお友だち! パパとママへのお土産! ちゃんと食べてもらってね!」
「うん、食べてもらうよ、ありがとうな!」
角砂糖をさらに手渡して、ニコニコスマイルだ。これで新しいお友だちが増えちゃったと、チーズを齧って赤葡萄ジュースをクピリと飲む。
こうやってお友だちを増やしていっているねむちゃんである。ヨグしゃんにはナイショにしているけど、たぶんバレてると思う。でもお友だちが欲しかったから仕方ないのだ。ねむちゃんは寂しがりやの幼女なのだ。
「新しいお友だちにも秘密基地を教えたげう!」
エイヤと空間に手を伸ばして、ビニール袋を破くように切り裂く。空間が開き秘密基地が穴の向こうに見えた。
純白のお部屋だ。この間見つけたけど、すっごい広いのに、カプセルベッド一つしかなかったから、10分の1ぐらいならバレないよねと、部屋の空間を割ってねむちゃんの秘密基地にしたのだ。位相をずらしているので、カプセルの中で寝ている人は気づかない。
タオルケットが何枚も置かれていて、部屋の壁や床はお絵描きがたくさんしてある。お菓子や漫画が隠されているし、椅子も何脚も置かれていた。
「おぉ〜、秘密基地!」
「うん、秘密基地でしゅ! 皆で遊ぼー!」
「私、おままごと!」
「俺、勇者ごっこ!」
キャッキャッと皆が嬉しそうな声をあげて、たくさんお友だちができて嬉しいと、花咲くような笑みになり、ねむちゃんはお菓子の追加を買おうかなと、食料品店への扉も作るのだった。
「なんだか、私の部屋が小さくなってる気がする! 10分の1ぐらいの大きさになっているような?」
隣の部屋からなにかが聞こえてきたけど、お菓子は何を買おうかなと迷うねむちゃんはスルーした。




