51話 天の使徒
暗闇があった。どこまでも闇に包まれて、一筋の光も射さない空間。不安を感じさせて、恐怖を齎す闇の空間でなにかが目を覚ます。
違和感を感じて、ゆっくりと目を開きその者は覚醒する。
「この世界とは異なる力を感知。……外世界からの干渉を確認」
その言葉と共に暗闇の中にぽつりぽつりと光が灯り始める。光は暗闇を追いやり、空間は光で満たされた。
その空間は白き世界であった。小さな純白の部屋であった。その中心には水晶で作られたカプセルが鎮座しており、ゆっくりとカプセルは開いていく。
カプセルから人の足が出てくると、床へとひたりと着く。足に続いて抜け出てきた者は縁に手をかけて、その姿を現す。
それは美しき金髪の青年であった。隙のない厳しい顔立ちで、身体は筋肉質でその姿は中肉中背で、なにかの彫像のような芸術品のような人ならざる空気を醸し出していた。
人外である証拠に背中には白鳥のような翼を生やしており、本物の翼である証拠にその男の動きに合わせて、細かく動いている。
青年は手を宙に翳すと、優雅に振るう。
空中に半透明のボードが次々と現れて、様々な映像やグラフや情報が表示されていく。
表示されていく内容を青年は確認して、不愉快そうに目を顰めさせて口元を僅かに歪める。
「これは……何ということだ。他世界から、この神造世界『プトゥール』になにかが入り込んでいる。あり得ない事だ、このような事がないように次元結界を張っていたはず。なぜにこのような結果に?」
焦りで顔を歪ませて、さらにボードを操作していく。複雑な動きにて情報を集めていく。そして、状況を把握して舌打ちする。
「なんという……他世界からの高位生命体、人にチートを与えて世界の様相を変えるゲームチートを司る存在が侵入しているのか!」
チート。それは反則行為であり、世界から弾かなければならない。チートの線引きはただ一つ。
この世界から生まれたものではないモノだ。同じようなゲームの力でも、この世界から生まれたものであれば許容範囲である。自然が、知恵あるものが生み出したのであれば、たとえ世界を破壊するものであろうとも、神々を殺すものでも、それは世界の成り立ちの一つであるのだからチートではない。
チートではないだけで対処はするが。
しかしながら、他世界からの力は違う。ただ混乱を混沌を齎すだけだ。使ってはいけない力であった。垢バン決定、一発でレッドカードである。
「種類を特定。マナを回収し疑似物質を創生し、存在しない技術を使うシステムのゲーム型チートですか。……質が悪い……しかし、このタイプは証拠を残さないはずですが………」
すぐにエネルギー源を特定。その種類を特定する。私にとっては楽な事だ。疑似物質型で、存在しない技術を使うとは、人々にとっては悲惨なことである。
なぜならば、例えで言うならば、ライターは油をガラスに入れれば火が点くというようなもの。油に浸す芯も火打ち石もスイッチとなる歯車も必要ないということだ。
ゲームではそれで火が点く。しかし、それはゲームの補正がかかっているからである。人々はそれを常識として、当たり前の技術だと考えてしまう。
だが、プレイヤーが死にゲームが失われた時に、人々は手に入れた知識を元になんとか同じ物を作ろうとするだろう。間違った知識なれど、それまでは普通に使えていたのだ。そこに疑問は持たない。
そうして間違った知識を基礎にして、誤った方向で人々は研究をしていく。不毛なる時間を過ごしていく。それが、このようなゲーム型チートの副作用だ。
このゲーム型チートの特徴は、それだけではなく擬似物質であるために施設が消滅して跡を残さないところだ。立つ鳥跡を濁さずというが、証拠を残さないので、侵入されたことに気づかないことが多い。数百年単位でしか下界を観察することがない神々はまず気づかない。
「今回は奇跡的に幸運にも気づけたということか。しかし侵入経路はどこだ?」
さらなる調査をしていき、顔を段々と曇らせる。どこが侵入地点なのか理解してきたからだ。
「ルルイエ島……過去に現れてめちゃくちゃにしてくれた転生者を封じた島」
ルルイエ島。そこは余計な力を伝えようとした転生者を隔離、封印した島だった。
「たしか神へと至る力を伝えようとした男を封印した島。その周囲の村人ごと汚染されたと判断して、封印したが………」
記憶では封印したあとに、全てを抹殺すべく、かつてこの世界に攻めてきた邪神の爪を島に置いてきたはず。混沌に汚染された邪神の爪は島をかつて存在しないレベルの強さの魔汚染で浸し、全ての生命を滅ぼしているはずだった。
しかしその邪神の爪を起点にして、混沌の力を利用して外の世界から侵入したに違いない。そこまではわかった。
しかしそこでもっとも不思議なことがあると、顎に手をそえて考え込む。
「島に人間が生き残っていた? あり得ない……。人間の生存能力を過小評価していたか」
世界から追放し、島を封印し、強力な魔物が行き交う環境にしたのだ。魔物に見つかれば即座に殺される死地。そこで生き残るとは想定外であった。
皮肉げに口元を歪めて、この後の展開を想像する。恐らくは、どこか洞窟で細々と生き延びてきたのだろう。明日の食べ物にも困るいつ死んでもおかしくない悲惨な生活。きっと原始人と変わらない暮らしだったのは間違いない。
そこで突然強力なチートを手に入れる。今は幸せに生きるため、調子に乗ってゲームの力を使っているに違いない。
「愚かな………無知とは罪、罪には罰。断罪を与えようではないか」
少しだけ口元が楽しげに歪む。千年前、封印した愚かなる人間たち。多少は力を使えたが、自分には到底敵わなかった者たち。
あの罪人たちの子孫がまたもや罪を犯したのだ。今度は封印などと生温いことはしない。今度は殲滅する。
「くくく、たまの運動も悪くないが……私自身が戦ってもつまらぬか?」
以前も私と戦うには力がまったく足りなかった。今度はきっと以前よりも弱くなっている、いや、あの力は使えなくなっているに違いない。
「私の偉大さを見せるためにも、多少試練などで育ててから駆逐しても良いかもしれぬ」
あの力を多少なりとも使えて、ゲームチートの力を最大にまで操れるようになれば、地上でド派手な戦闘となる。しかも神罰に相応しく、プレイヤーが死んだ瞬間にゲームの建物も民衆の前で砂と消える。
神の偉大さを知らしめ、深い信仰を得るにはちょうど良いデモンストレーションだ。
「そうと決めれば、プレイヤーを探さなくてはな。さてどこにいる?」
久しぶりに楽しげな催しができると、顔を歪めて愉悦に浸り、青年はボードを操作する。高空からの視点にてルルイエ島を映し出し、その横にある人工島に気づく。
「なるほど。人工島を作って移住したか。賢明なことだ」
さらに人工島をアップしていき、建ち並ぶ家屋や施設、農業などを見てとる。全て擬似物質で作られており、働く者たちも虚像だった。
元ルルイエ島の住民は数が少ないはず。ならばどこかに固まっているはず………。
島を移動して、次々と探す。そしてせせら笑う。
「魔導発電所も完成している。なるほどな、補正のある施設で誤魔化しの繁栄をしているのか。恐らくは他の国にも手を出しているのだろうが……。む、見つけたぞ!」
『大航海ギルド』と看板が置かれている建物に、多くの人間が集まっていた。なにか特殊な鎧を見ながら話している。
ここからはさすがにその能力はわからない。が、想像はつく。恐らくは自らの力を強化する強化服に違いない。
喜びながら、ワイワイと話している愚かなる人間たちを睥睨する。きっとあの鎧を着れば無敵だとでも思っているのだろう。
たしかに魔導発電所を建設していることから、他の国の人間たちよりも遥かに技術水準は上であり、無敵と勘違いしてもおかしくない。
───だが、それは私の介入がない場合だ。神はいつでも人間たちを監視している。
「ふむふむ……そうだな。少しばかり遊んでやろう。何人か使徒を作りだし、相手をさせて試練と称して育てるか……そして、自分たちが成長したと確信し、喜んでいるところに私が神罰を与えようではないか」
これは面白そうだと、ニヤニヤと嘲笑う。暇つぶしにはちょうど良い。
「封印を破ったのは、ゲームチートの力に違いない。そして封印を破ったのであれば他国に影響を与えているはず。恨みに思っている者も……ん?」
さらなる行動に移ろうとした時に、鎧を見ながら話していたルルイエの民たちが空を見ていることに気づき、眉を顰める。大人が全員空を見ている。まるで私のモニターに気づいているかのようで、少し不気味だ。
「ま、まぁ、偶然だろう。よし、では検索条件をルルイエの民に恨みを持つ者に………」
ペタペタ
後ろからなにか小さな音が聞こえて、バッと振り向く。白き部屋には何もなく、静寂が広がっている。
「ふっ、久しぶりに覚醒したので、少し神経質となっていたか」
頭をかきながら、ボードへと向き直り操作していく。
「ふむ……見つけたぞ。ゴライアス…………元ガルドン王国の王子。ルルイエ島の王子に関わって、悲惨な境遇に落ちたのか……」
「むー、なにもないでしゅ」
バッと振り向く。
「だ、誰だ? 誰かいるのか?」
辺りを見渡して、声の主を探すが誰もいない。それはそうだ。この部屋は主以外は誰も入れぬ不可侵の部屋。
カプセルがぽつんとあるだけで、やはり誰もいない。
「き、気のせい。気のせいだ」
本当に神経質になりすぎだ。
「ボードしゃん、触れないでしゅ」
「誰かいるだろっ! どこかにいるだろ? そこか、そこなのか?」
カプセル以外何もない部屋だが、それでも青年は必死になって部屋を探す。床を叩き、壁をつつき、天井を触るが何もない。
しばらく探した後に、やれやれと額にかいた汗を拭う。やはり気のせいだったらしい。
こほんと咳払いをして、目的の男を映し出す。
そして、穏やかな笑みを浮かべて、身体から後光を放ちつつ神々しさを演出する。
「聞こえますかゴライアス……私は神。勇敢にして正義なる者へと神託を与えましょう」
そうして、これからの計画の一つを始めるのであった。




