5話 王になろう
完全なる闇の中で、篝火と星空の明かりだけが辺りを照らす。僕はというと、新しい島の戦闘で拓けた広場に座り、初めての魔物との戦闘の余韻にふけっていた。
強かった。浜辺にたまにやってくるキングタートルはのんびりとしていて、たんに硬いだけなんだよね。攻撃してもすぐに逃げるし。
これはもっと修行をしないといけないよねと心に誓う。せめてヒビじゃなくて、砕ける程度にならないと、もし船を手に入れても、途中に現れる魔物に殺されてしまうだろう。
「なんだヨグ。勝利の宴を楽しまないといけないぞ?」
「うん。今日はいつもより皆も楽しそうだね!」
ワハハと笑って、機嫌良さそうにほろ酔い加減で父さんが近づいてくる。木々が砕かれて木片チップが敷き詰められている広場には、倒したマナタイトゴーレムがトロフィーのように掲げられて、周りで皆がハンバーガーを食べて、ビールやジュースを飲んで踊っていた。
篝火とマナタイトゴーレムの残骸を中心に宴をする父さんたち。最近は食べ物もあまり採れないから、皆はお腹を空かせて元気がなかった。だから見ているだけでも嬉しくなっちゃうよ。
「閣下、あの光景はどう見ても……。まぁ、よいでしょう」
炎に照らされて、踊る人影がゆらゆらと揺れる中で、ルフさんがなぜだか、なにかを諦めた様子を見せる。なにかを言いたげだけど、なんだろうね?
「さて皆さん、ご注目ください」
ぼーっと眺めていると、ルフさんはパンパンと手を打つ。
楽しそうに踊っていた皆がルフさんに注目して、なんだろうと集まってきたので、フッと髪をかきあげて、斜めに立って決め顔になる。
立ち位置を調整して、周りに一番良い姿を見せようとするルフさんは、僕を指差してきた。
「新しい島は、これまでとはまったく違う夢のように肥沃な土地です。そして、その島を創造したのは、ヨグ閣下であります」
「まぁ……そうだわな。明日からは探索するつもりだが、どうやら草食動物がいそうだ。果物とかはまだわからないけどな」
皆を代表して、父さんがビール片手に答える。
「そうでしょう、そうでしょう! 食べ物もほとんど採れない、田畑では作物も育てることのできない悲惨な島にほそぼそと住む貧しい人たち! それを解決するべく、現れた彗星のような……あー……希望の星」
長台詞は苦手らしい。でも、心臓は鉄でできているのか、決め顔のまま周りへと不敵な笑みを見せる。
「救世主として、出現したいヨグ閣下! この方を王として皆は持ち上げてよい……持ち上げる?」
セリフの途中で首を傾げるグダグダのルフさん。出現したいって…………なんか僕が変な人に聞こえちゃうんだけど……。
「王として奉じて、俺らは配下になるってことか?」
「そう、それです。ヨグ閣下が王、そして私が秘書として仕えます。貴方たちはこれからは王と国民の関係となります。その代わりにこれまでとは別次元の豊かな生活が約束されるでしょう!」
ナイスフォローと父さんへと親指を立てると、ルフさんは膝をついて僕に頭を下げてきた。皆の前でそういうことをされると恥ずかしいんだけど。
王様かぁ。もちろん歴史で習ってはいるけど、実際になにをすれば良いのかな?
「ヨグ閣下! これからはルフ王国の王として、私たちを導いてくださいませ」
「そこはルルイエ王国にしたいと思います」
どさくさ紛れに自分の王国にしようとするルフさんへとツッコミを入れると、皆へと困り顔を向ける。
いきなり僕が王様になって良いのかなぁ。税金とかとるんだよね。それに福利厚生とか公共工事とか……同じことをすれば良いの?
「ふーん………良いんじゃないか? ビール貰ったしな」
「ハンバーガー美味しいし」
「お腹いっぱいだし」
「私は王妃だし」
まさかの反対ゼロでした。
「くっ、こんな若い奴を王として認められるか!」
ルフさんが腕組みをして、罵ってくる。
「そうだ、てめえの助けなんかいらねぇよ」
ルフさんが舌を出して、そっぽを向く。
「先祖から伝わる試練を受ける時が来たのじゃ」
ルフさんが腰を曲げて、よぼよぼと歩き始める。わかった、おじいさんのマネだ!
というわけで、まさかの反対ゼロでした。なぜか不満そうなルフさんが、また演技を始めたけど。
「つまらないんですよ! こういうのって、何かイベントが発生するのが当然、当たり前、常識! ハンバーガーなんかで、なんで皆さんは………」
途中で違和感を感じたのだろう。不思議そうにコテリと首を傾げてくる。
「ハンバーガー? なんで、ラス1しかなかったのに、あんなにハンバーガーやビールを飲み食いしてるんですか?」
気づいていなかったんだ。たしかにマナタイトゴーレムの残骸を見て、暫く頭を抱えて蹲っていたしね。
「あれだよ。ほら、ルルイエ島の浜辺を見て」
「浜辺………? 私は閣下のように目は良すぎないのですが………なにか灯りがついて……屋台?」
反対側の浜辺には軒をずらりと並べて屋台が建っていた。ルフさんは目を眇めて観察しているが、どんなものかを気付いて、ビクリと肩を震わす。
「ま、まさか、あれは酒場? 一体何店建てたんですか!」
浜辺に並ぶのは、人は全てちがうけどサングラスにアロハシャツの人たちが店長の酒場だった。
「さらに149店建てました」
「149店」
何かルフさんが真面目な顔に変わった。
皆がおなかを空かせているのは可哀想だったから、たくさん建てました。たくさんご飯を食べる皆だけど、これで一日三食食べることができる。良かった良かった。
エヘヘと微笑むと、肩をガクガク揺さぶって慌てた様子でルフさんは額を押しつけてきた。なんか、まずいことをしちゃったかな?
「ど、どうするんですか! 施設は維持費に毎月建設費の1%必要なんですよ! 普通なら飲食店なら最低でも3%程度の売上があるから問題はありませんが、この人たち文無しですよ!」
「ええっ! 維持費とか必要なの!」
「ありますよ! 無から有が生まれるわけではないのです。………仕方ありません。次に買うのは1億の『宮殿』と5億の『TP変換神殿』にします。維持費は必要ですが、致し方ないです」
僕の意見はまったく聞かずに、画面を呼び出して、ぺしぺしと叩こうとする。これって、ルフさんのゲームだっけ?
「あぁ、俺も子供の頃にゲームをしているとおじさんが説明をすると言って、全部やっちまうんだよなぁ」
父さんがケラケラと笑って懐かしそうに言う。なるほど?
「てい」
「グフ」
ズビシと、ルフさんの首元にチョップを入れる。バタンキューと白目になって、ルフさんは寝るのでした。
明日でも良いよね。今日は疲れたから、もう寝ようよ。
◇
次の日は晴天なり。ぐっすりと寝て、落ち着きを取り戻したルフさんと再びやってきました。
シュリや父さんたちは、ストーンゴーレムを狩りに島内へと向かって、僕とルフさんだけだ。てってこと歩いて島の平原が広がる平野に辿り着いた。
ここらへんで良いのかな? 柔らかな風が流れてサワサワと草原が波のように揺れる。何も無い場所だから宮殿とかを置くのにちょうど良さそう。
「オーケーです。まずは1億TPで『宮殿』を建てましょう。『宮殿』は『王』の象徴であり、謁見の間に置かれている玉座に閣下が座れば、全てが稼働し始めます。政治、経済、軍事の全てがです。ただし宮殿を破壊されるとゲームオーバーなので気を付けてくださいね?」
できる美女へと姿を変えたルフさんが、真面目に説明をしてくれる。なるほど?
『豪族宮殿:1億TP。国レベル+10、土壌レベル+10』
「それじゃ、てい」
もっと安い宮殿もあったけど、ルフさんが勧めるのだから、意味があるんだろう。
半透明のボードをコントローラーで操作して、ポチリと押下する。
目の前の空間が強烈な白銀の光を放つ。その眩しさに目を細めて様子を見ていると、光が集まっていき、変化していく。
やがて、光ががおさまると、そこには木の柵に囲まれた木造の平屋が建っていた。木造造りの立派な平屋のお屋敷だ。5棟ぐらいはありそうだよ。
僕、知ってるんだ。こういうのって、戦国時代が始まる前の豪族の城っていうんだよね。
「では、次は5億TPで『TP変換神殿』ですね。これを建設できれば、様々な品物をTPに変換できます」
「資金に変えられるってこと?」
それはとっても凄いやと尋ね返すと、ルフさんは首を横に振り説明してくれる。
「そのとおりですが、少し違ってもいます。TPは資金だけではなく、食べ物や資材などにも変えられるゲーム仕様のご都合万能エネルギーなんです。そして、5億は最高レベルの変換器。安い変換器だと交換レートが悪いのですが、これならほとんど等価交換となります」
「食べ物とかにも! だから維持費だけで、ハンバーガーとかができるんだ! 酒場とかどうやって食料品が出てくるのか不思議だったんだよね」
酒場の店長さんが、どうやってハンバーガーとかを用意しているのか不思議だったんだよね。そんな秘密があったんだ。
「そのとおりです、閣下。TPがどれほど大切かおわかりになって頂けて幸いです。このゲームでは資金が尽きると即ゲームオーバーなのでお気をつけください。変換神殿も命の綱ですので、絶対に破壊されないように注意してくださいね」
「はぁい」
それは責任重大だね。絶対に資金が尽きないようにしなくちゃ!
『普通のTP変換神殿:5億TP。レート1:0.9』
ふんふんと鼻息荒く、僕はさらに施設を選択する。ポチッとな。
普通のTP変換神殿は、宮殿の隣に設置しておく。ドスンと音がして、やっぱり一瞬で建物が現れる。
白い壁で長方形の50坪ぐらいの大きさの建物で、一見すると倉庫みたい。違うのは、出入口が精緻なレリーフの入った金属製の大扉があるということだけだろう。
「後でマナタイトゴーレムなどを片端から変換してしまいましょう。開店記念で倒した魔物は全て王様が没収するとお触れを出してください」
「そんなお触れは出せないよ。雑所得扱いで税金として6割程貰おうね」
「お優しい……くもないような感じがしますが、オーケーです。では、宮殿の玉座へと参りましょう!」
「うん!」
ワクワクするなぁと、期待に胸を躍らせて、てってこと宮殿へと入っていく。全て木造造りで、木床がギシギシという。誰もいないから、少しだけ寂しい。
あんまり大きくない宮殿だったので、すぐに謁見の間に辿り着く。やっぱり木床で一応百人程は入れそうな広間だった。奥の上座に畳が4枚だけぽつんと置いてある。あれが王様の座るところなんだろう。
「さぁ、閣下。玉座にあぐらをかいて座ってください。そしてルフ王国の設立を宣言するのです!」
「わかったよ。それじゃルルイエ王国の設立を宣言するね!」
んせと、畳の上に座り周りを見渡す。舌打ちをするルフさん以外に誰もいないガランとした光景。
でも、皆が来れば賑やかになるよね。
僕はスゥと息を吸って、真剣な面持ちで宣言する。
「ここにルルイエ王国の樹立をヨグ・トルスの名で宣言する」
言葉を発した瞬間に、僕の身体がまたまた光る。閃光は広間を満たし、外へも広がっていった。なんとなくだけど、島全体を照らしたような感じがした。
それと共に、僕に王様という責任感がちょっぴり生まれる。なんだかこれからは楽しそうな予感が……。
「全然しないよ! この人たちは一体全体誰!?」
光がおさまると、広間に死体でも並べるように、人間がギュウギュウと詰めて現れていた。
老若男女様々だけど、たくさんいるよ!
「あぁ、この島の住人1000ユニットですね。丸1日放置されたので、飢餓状態なのでしょう。ご安心ください、イージーモードは飢餓状態で死ぬことはありませんし、不満が溜まっても反乱とかは起こさない簡単仕様です」
平然と言うけど……。
「うぅ……お腹空いた……」
ぷるぷると手を震わせて、寝ている人たちはうめき声をあげる。
「わーっ! すぐにご飯を持ってくるね!」
た、大変だ! 急いでご飯を持ってこなくちゃ! さ、酒場、酒場に行ってきまーす!