49話 ゴラーと戦おう
黒侵の魔帝ゴラー。不敵なる笑みを浮かべて、自信たっぷりに短剣を横に構えている。
アースワールドⅦの秘書ルフさんも不敵なる笑みを浮かべて、自信たっぷりに金糸のような自身の髪をかきあげている。
「クカカカ、俺様の名前はゴラー! 魔を拡げるモノよ!」
「ふふふふ、自分の名前はルフ! ゲームの楽しさを拡める美女です!」
なぜか魔王に対峙しているルフさん。お互いににらみあって、ウハハと笑い合っている。なんだかとっても仲良しみたいだ。
もしかしてルフさんが戦いたいのかなと眺めていると、バッと振り返って僕を見てくる。
「さぁ、新型魔導鎧『アウターアーマー』の力を見せつけてやってください、閣下! 絶対にその鎧は脱がないようにお願いします!」
違った。他力本願だった。そして僕も驚くほどの速さでカサカサと後ろに下がる。
それじゃあ僕の出番だねと、前に出ようとするとオルケさんたちが前に出てきた。
「ここに魔王がいるとは好都合! これだけの兵士を前によくも出てきたものだ!」
剣を抜いて戦意あふれる表情だ。その周りには騎士さんたちと僕の護衛の魔法使いの虚像たちもいる。たしかにこれだけの騎士や魔法使いなら簡単に倒せるよね。しかもオルケさんはこの国有数の魔法剣士だと聞いている。もしかしたら一撃で倒しちゃうかも。
ジリジリと包囲をするオルケさんたちだけど、ゴラーは余裕の笑みで牙を光らせる。
「グハハ、馬鹿な奴らよ。俺が一人で来ただと? 本当にそうだと考えているのか? 追撃に来たと言ったではないか!」
ゴラーは片手をサッと掲げて、勝ち誇った顔で大音声で周りへと響き渡る咆哮をあげた。
「お前ら、教えてやれ! 我が軍の勇姿を!」
その咆哮に従って、周囲から蛙の大合唱のように嗤い声が聞こえてくる。
「ゲラゲラゲラ」
「ゴブゴブゴブ」
「ギャッギャッギャッ」
嗤い声は多すぎて、その数はわからない。だがゴブリンたちの声だと言うことはわかるよ。たぶん数千はいるだろう。
「な、なにが!? どこにも敵は見えないのに」
レーナ王女が周りを見渡すが、視界の良い草原に遮る物はなく、ただ嗤い声だけが響くだけだ。いや、よく見ると草原に生える草が踏まれたように潰れている。
「これはまさか? 『不可視』を使っているのか? し、しかしこれだけのゴブリンが高位魔法である『不可視』を使えるわけがないっ」
オルケさんが動揺を噛み殺して、ゴラーを殺意を込めて睨みつける。その殺意をそよ風のように気持ち良さそうに受けて、ゴラーはせせら笑う。
「偉大なるこの俺様魔帝ゴラーの魔法『レギオンインビジブル』よ! 一軍を丸ごと『不可視化』させる俺の軍は神出鬼没、奇襲や伏兵、隠密行軍など思いのままなのだ!」
「くっ! まさかそのような恐ろしい魔法を使う魔王がいるとは……」
「ウハハ、さぁ、頭を垂れて命乞いをすれば命だけは助けてやっても良いぞ?」
ウハハと勝ち誇るゴラーに、レーナ王女たちは愕然とした表情となる。たしかにピンチだ、全然敵の姿が見えないや。見えないだけなんだけど。
とりあえず試したいことがあるから、やってみようかな。
魔導鎧に闘気を巡らせていく。空間の歪みが程よい感じの重力を僕に与えてくるが、その力に侵食させていく。封印式って、修行もできてちょうど良いけど……。
「これを使えば!」
さらに魔導鎧に闘気を流し込むと、魔導鎧はバチバチと放電を始める。魔導鎧の内部から白い光が漏れ出して、耐久性が限界を越えようとする。
爆発する寸前で、その力を解放させる。
『空間歪曲爆発』
僕は叫びながら闘気を解放する。軋み音を立てながら魔導鎧の封印が一瞬だけ解放されて、白きエネルギーがフィールドとなって僕を中心に広がっていく。
フィールドは広がっていき、周囲を呑み込んでいく。シュリもレーナ王女も騎士さんたちも、周りに隠れているだろうゴブリン軍団も。
フィールドが体を通過していき、レーナ王女たちは少しピリッとしたのだろう、顔をしかめるがたいしたことはないので、すぐに不思議そうな顔となる。
草原全体を呑み込んでフィールドは一瞬で消え失せてしまう。ヒュウンと音がして魔導鎧の光がおさまる。
そして────。
「ゴブゴブ?」
「カラダガ」
「ソンナバカナ」
周りに隠れていたゴブリンたちが姿を現して慌てふためく。なんと驚き、三千近いゴブリンたちがそこにはいた。周囲はゴブリンで埋め尽くされて、不可視のままならピンチだったろう。
「な、なにをしたんですか、閣下!」
「封印をオーバーヒートさせたんだよ。そうすると周囲も一瞬だけだけど封印できるんだ。本当に一瞬だけだけど。その際に付与されている魔法が打ち消されるのは魔法大学で検証ずみ」
「早くも魔導鎧を使いこなしているっ! しかも運営の企図しない形で! なんで脳筋じゃないんですか。それなら自分が、自分が教えたかったです。秘密兵器が搭載されていますって、人気がヒロイン役を超えるオペレーターみたいに!」
えっへんと胸を張ると、ガクッと力尽きたように地面に崩れ落ちて、オゥオゥとオウムのように泣いて悔しがるルフさん。
毎度毎度、人生を楽しんでそうでなによりだ。
「ググッ、おのれっ、人間がそんな兵器を作っていたとは! だが、この数には勝てないは、ず?」
ゴラーが憎々しい顔で睨むが、それでも優位は変わらないと信じて周りのゴブリンたちに指示を出そうとして、今度こそ顔を歪める。
なぜならゴブリンたちが苦しみはじめて、バタバタと倒れていくからだ。死んではいないようだけど、なんとか立ち上がろうとしても、力が入らないようで、立ち上がれない生まれたての子鹿のようにぷるぷる震えている。
あれぇ? なんでだろう? 他には害はない技だと思ってたのに。
コテリと小首を傾げて戸惑っちゃう。レーナ王女たちは倒れていくゴブリンたちを信じられないような表情で見ているが、僕も同じだ。
「ヒョー! 最悪の混沌属性の魔神を封印する設定で作ったから魔物に特効なんですよ! 広範囲にしたために低レベルにしか効かないようですが……。ヒェー、仕様を間違えました」
ムンクの叫びとなった金髪秘書さんは、すぐにこの現象がなんなのかわかったようだ。ふむふむ、なんか弱い魔物に効いちゃうらしい。
「それじゃ、今のうちに倒せば良いのよねっ!」
シュリがいち早くゴブリンの群れに飛び込み、蹴りを放つ。弱っていたゴブリンはしなやかな脚から繰り出される綺麗な蹴りを受けると木っ端微塵に爆散した。
「敵は蹴ると爆発するみたいねっ。汚い花火だけど」
「うん、これならこの数も対抗できるね!」
「爆発するのは貴女だけです!」
どうもゴブリンは弱体化しすぎたみたい。シュリの蹴りの威力で爆散するなんて、完全に予想外だ。
「オルケさん、周りのゴブリンたちを倒してください。僕はゴラーを倒します」
それでもいつ回復するかわからない。なのでオルケさんたちへとお願いすると、少しだけ逡巡してオルケさんは頷く。
ゴラーと戦いたいと遠回しに伝えたけど、わかってくれたのだろう。オルケさんたちはゴブリンたちへと向かっていく。倒し切るには少し時間がかかりそうだ。
「ヌグググ! こうなれば手早く貴様を倒して、他の人間たちも俺様一人で殺し尽くす!」
「随分自信があるようだけど、僕も修行をしているから負けないよ」
「ふん、魔帝ゴラーの真の力を見て、恐れ慄け!」
『絶対不可視』
ゴラーは嘲笑して、身体を僅かに屈める。そして魔法を使ったのだろう、その身体が消えていってしまう。
「むむ? 姿がまた消えちゃった!」
「『不可視』です、ヨグ様! 敵が攻撃してくるまで、その姿は決してわかりません! ですが、ここは草原。地面に生える雑草が動けばわかります!」
戸惑っちゃう僕にレーナ王女が緊迫した表情で忠告してくれる。
「クククク、俺様の使う魔法がそんなちゃちなものだと思っておるのなら、花畑の脳みそだといえるだろ」
反響するように、ゴラーの声がどこからか響き、そよ風が突然吹いてくる。
「むむ? 地面に足跡が残らない?」
消えちゃったゴラーだけど、不思議なことに足跡もないし、空気の流れも不自然にかき混ぜられたようにわからない。
「閣下、『絶対不可視』は風を巻き起こし、浮遊をするため足跡は残らず、風であらぬ方向から声を響かせて、幻影魔法にて気配すら無数に作るために、絶対に敵に対して、その姿を悟られない凶悪な魔法です。もちろん攻撃をしてもその不可視は解けません。お気をつけを!」
ルフさんがゴラーの魔法をすぐに看破して、僕に真面目な顔で言ってくる。なるほど、そんな凄い魔法があるんだね。空間の狭間に隠れるねむちゃんの闘技よりも便利そうだ。
ねむちゃんは叱られそうな時に、小さなおててでサッと空間をこじ開けて姿を隠すんだ。ねむちゃんの母親が見付けるのがいつも大変なのって、何もない樽に手を突っ込んだと思ったら、空間の狭間から耳を摘まれてねむちゃんが引きずり出されたその時にそういう技があると知りました。
「鎧を脱いだり、周囲を吹き飛ばさないようにお気をつけを! 面倒だからって範囲攻撃は禁止です!」
「はぁい」
心配しすぎだよ、ルフさん。僕も警戒しているからね。隙だらけになる範囲攻撃なんかするつもりはない。
「なにかよくわからないが、俺様の優位は変わらないということだ!」
ルフさんの忠告に、ゴラーが得意げに叫ぶと攻撃をしてくる。風斬り音すら他の方向から響いて来て、まったく攻撃がわからない。
僕の肩当てにカチンと音がして、バッと見ると傷ができて斬られている。
「むぅ、いつの間にか!」
「くくく、そのご立派な鎧を破壊してくれるわっ!」
カチカチとまた音がして、鎧に傷がついていく。連続しての金属音、だんだんと傷が増えていき、ゴラーの哄笑が響く。
「どうだ? 俺様の攻撃がわかるまい、恐怖に怯えて鎧が壊れていくさまを無力感を感じながら見届けるが良い」
カチカチカチカチとカチカチ山のたぬきさんみたいに攻撃を受け続けてしまい、手を振って捕まえようとするけど空振りに終わっちゃう。
「やけに硬い鎧だが、これで終わりだっ!」
『爆裂剣』
オーラが一瞬、空間に生まれて、僕の鎧に短剣が刺さると、大爆発を起こすのだった。




