44話 本部を作ろう
てこてこと街へと戻っていく。ルフ島の様相はすっかり変わっており、文明開化の世界となったので、近代化へと少しずつ変わっていた。
石畳でできている道路脇には街頭が並び、馬車はなくなり初期型の車が走っている。魔導エネルギーを使っているから排気ガスはないよ。
町並みも古風な様相から、煉瓦造りのモダンなお家ばかりに変わっている。お店も大きな窓ガラスが嵌まって、その奥にマネキンに着させている洋服が飾ってあったり、食料品を売る大きな食料品店がある。
少し前には考えられなかった街並みだ。ゲームって言う意味がよくわかる光景だね。こんなにお手軽に街ができちゃうんだもん。
でも一つだけど不満があるんだ。それは人がほとんどいないこと。ガルドン王国を見て気づいたけど、活気がないんだよね。
アウターの皆の姿はほとんど見ないけど、コアさんたちが出歩いてお店で買い物をしたりしている。虚像も歩いているし、ゴーストタウンというわけではないけど、人間味がない街なんだ。
「うーん、やっぱり少し寂しいね。こんなに大きな街になってるのに」
「閣下、これはゲームなんですよ。本物の人間たちの国と比べるのは酷です。多くの人間を移住させれば良い話ですが、移住者を迎えて破綻しなかったプレイヤーの国はゼロです」
「バッチリゲームの力を見られるわけだからミャン。プレイヤーはだいたいこの部分で不満を持つけど、仕方ないミャア」
口を尖らせて不満を口にすると、予想していたのかルフさんとリスターは何でもないように答えてくる。これまでのプレイヤーも同じ不満を持っていたんだ。当然といえば当然だよね。
「『アースワールドⅦ』に選ばれるプレイヤーは少数の村人の中の一人、貧困に喘ぎろくな文化もないというのが条件です。なので本物の国を見ると栄えている分不満が増えるんですよね。でも、ゲームだからと納得してもらいます」
そっかぁ。ゲームだもんね。本物じゃないというのがよくわかる内容だ。いかに栄えようとも、ここは人口1500人の小さな国なんだよね。
「……それを防ぐ方法はありゅよ、殿下」
僕の肩に乗ってるよーこちゃんがペチペチと頭を叩いてくる。顔を持ち上げると、よーこちゃんは迷うような表情になっていた。
方法はあるけど、あまりお勧めしないという感じかな? それかそろそろお腹が空いたのかも。
「お腹は空いてないでりゅ。方法は簡単で、虚像に名前を付けてあげれば良いでりゅ。その瞬間、彼らは人間へと存在を変えまりゅ」
「コアさんたちみたいに?」
名前を付けて人になるんだったら簡単だよと、なんでよーこちゃんが微妙な表情なのか戸惑っていると、よーこちゃんはため息を吐く。
「そうでりゅ。膨れ上がる人口を養うために島の拡張も必要でりゅけど、今までとは比べ物にならない活気となるでりゅ。………でも、今はお薦めしないでりゅよ」
ピンときちゃった。そうか、そういうことか。
「不死性が無くなるから、今の状況だと駄目ってことでしょ」
「そのとおりでりゅ。彼らは人間へと成ったら死んだら終わりでりゅ。寿命もあるし病気や怪我で簡単に死ぬようになりゅの。コアたちはネームドになっても通常よりも遥かに高い性能を持っているし、人間へと成らなくても死んだら復活できないから関係ない話でりゅけど、虚像たちは違いましゅ」
今は危険な状況だ。いつ戦争があるかもわからないし、危険な任務も多い。虚像はコアさんたちよりも弱いから簡単に死んじゃう。ここで名付けを行うのはまずいってことなんだね。
「わかったよ。それじゃあもっともっと人口が増えたあとに考えよう。希望者を募るにしても、もっと島のレベルが上がってからだね」
『日本』に向かう目標以外にも、また一つ目標が増えちゃった。目指せ、虚像たちの人間化だね!
「きっと皆は喜ぶでりゅ!」
「うん! もっと僕頑張るね!」
わーいと足をパタパタと振って喜色満面の顔になるよーこちゃん。ルフさんたちも笑顔で……笑顔じゃないや、なんか微妙な顔だよ。
「もしレベル100の虚像たちが皆人間に変わったら…………」
「ミャアはしーらない。きっと新人類とか呼ばれるかもミャン」
うんうん、レベル100なら他国の人々に搾取される植民地化は防げるかもしれないよね。目指せレベル100だね!
喜びはしゃぐ僕とよーこちゃん。そして虚ろな目のルフさんとリスターと一緒に魔法大学へと向かうのだった。
◇
『魔法大学』は様々な魔法や他の学問を学び研究する。そして、その建物の隣には新たに設立した建物がある。
『魔法研究所』だ。魔法専門の研究をして魔導具を作成する施設である。ここでは様々な魔導具が日々作成されている。
煉瓦造りの他の建物と違い、真っ白な建物はマナを固めて作ったマナタイト製の研究所だ。頑丈で僕たちがパンチを入れてもヒビが入る程度である。その壁に結界魔法とかで付与されているために、ますます頑丈だ。
研究所で研究をする物は危険な物が多いために、これだけの頑丈さが必要らしい。
『アウターの人へ。覚醒パンチは粉々に壊れるので禁止』
と、看板が掲げられているのは誰か少し本気になって壁にパンチを入れたんだろうね。壊せないと聞くと壊したくなるのが、僕たちなんだ。
そしてコアさんたちに一番人気の施設だ。実労働時間10分だから、皆は暇を持て余しているんだよね。
研究所に入り、不思議な柔らかい感触の床をてこてこと歩くと、爆発音や異臭がしたりする。
「ふふふ、閣下。アウターの皆様のためにこのルフが特別に作成をお願いした魔導具があるのです。それも見ていきましょう」
「はぁい」
隣を歩くルフさんがクククと含み笑いをして楽しそう。目的地の所長室へと入ると、兄さんと所長さんがいた。
兄さんは呼んでおいたのだ。本名はルター・トルス。金髪碧眼の爽やかな顔たちの中肉中背の男性だ。
「こんにちはマホさん。ルター兄さん」
「やぁやぁ、どうも殿下」
「おぅ、時間ぴったりだったか?」
「うん、遅れてないよ」
マホガニー製の重厚な机には魔導書や書類が積まれて、壁際に置かれている棚には鉱石やなんかよくわからないものが置いてある。シックな感じのセンスの良い所長室にいたのは、魔法研究所所長の所長マホさんと、僕の兄のルター兄さん。そして……横に黒い西洋鎧が置いてあった。中から人の気配がするなぁ。
マホさんはまだ15歳程度の少女に見えるけど優秀な魔法使いだ。黒髪を背中まで伸ばしており、黒目の可愛らしい顔立ち、スタイルも良い美少女である。ただ人をくったような悪戯そうな顔がマッドサイエンティスト的な雰囲気を醸し出している。この魔法研究所の全ての研究を把握して、きっちりとスケジュールしている。
「どうも閣下。ご依頼の魔導認識票は作成済みだよ。ほら、確認してくれたまえ」
机に積まれている魔鉱石製の認識票をマホさんは手渡してくれる。受け取るとひんやりとして少し冷たい。
「皆が作成に頑張ってくれたので、5万セットある。これだけあれば暫くは大丈夫だろう?」
「ありがとうございます。これに血をつければ認識されるの?」
「あぁ、アウターの民以外はね」
ニコリと微笑むマホさんの言葉に首を傾げちゃう。アウターの民以外? 僕の戸惑う顔にマホさんは苦笑いをして、机に乗って脚を組む。
「アウターの民はなぜか自由にマナの波長を変えられるんだよ。つくづく規格外と言えよう。波長は変えられないはずなのにね………。だから君たちは登録できない。でもそれだと困るから、この特別製の魔導書に名前を書き込んでおいたよ。これを使えばなんとか認識ができる」
辞書のように分厚い本を僕に見せてくれる。
『アウター大全』
と書いてあった。やった、僕たちの戸籍みたいだ。なんか嬉しいね! ペラリと捲るとそれぞれの姿恰好とか名前が載ってる。黒のインクで描かれていて、かっこいい! 変身した姿を見るには山地チェックが必要……山に住んでるという意味だね! 孤島だから合ってると思う。
「名前と絵姿、そして説明文ですか…………」
「説明文がある存在って、人間ミャン?」
「そういえば変身した姿って、髪の色が変わるだけだと思ってましたけど、もしや……」
なんかルフさんたちが虚ろな目になって、ひそひそ話をしているけど疲れちゃったのかなぁ。もう少し頑張ってね。これが終わったら一休みしよう。
「それじゃあ、これは大航海ギルドで使わせてもらいます。ありがとうございます、マホさん。本まで作ってくれて嬉しいです」
「そ、そんにゃこと大丈夫だ、安心したまえ。ところで私は彼氏募集ちゅ、いや、次からも遠慮なくお願いをしてくれたまえ」
ニパッと笑顔でお礼を言うと、マホさんは赤面して後退る。お礼を言われることに慣れていないのかな。
魔導認識票が手に入ったから、ガルドンの王国へと戻れるね。その前にやることあるけど。
「ルター兄さん、大航海ギルドの本部長で良い?」
「あぁ、魔法研究所の隣に作った図書館を改装したやつだろ? 任せておけよ」
ルター兄さんがドンと胸を叩いてニヤリと笑う。
そうなのだ。やっぱり本部は必要だからルフ島に作ったんだよね。今のところ、認識票を仕舞っておくだけだけど。
従業員は本部長のルター兄さん。
以上。
適当に放り込んでおいても、『探知』っていう魔法でどこに仕舞ったか判るから問題はないんだ。
「それでは、これで認識票も本部もオーケーですね、閣下。それでは次に私の作製した魔導鎧を見てください!」
話は終わりましたねと、ルフさんがニマニマと笑う。楽しそうにしているけど、なにかなぁ?
ルフさんは、西洋鎧へと近づくとポンポンと肩を叩く。
「マホ、性能通りに作ったんですね?」
「あぁ。作っておいたよ。性能は問題はない」
「ですか。それならばオーケーです」
肩を竦めるマホさんに満足そうに頷くと、僕たちを見渡す。
「ジャジャーン! これぞアウターの民が外でも活動できる世界外活動用封印式魔導鎧です!」
おぉ、なんか凄そう。こんなの作ってたんだ。
「さて、この魔導鎧の凄さを説明しましょう。これは危険なアウターが外にゲフンゲフン。これは危険な外の世界でもアウターの民が活動できるように製作した物なんです!」
咳払いをして、小悪魔のような顔になり、ルフさんは魔導鎧の説明を始めるのであった。




