43話 下準備をしよう
『なぜすぐに帰るのかと、私はガルドン国王たちに詰問されましたよ、殿下!』
『だって、認識票がほしかったし、他にも急いで用意しないといけないものがあったし、仕方なかったんだ。ごめんね、意次さん』
空中に浮くホログラムには意次さんが映っていた。ペコリと謝る僕へと恨みがましい目つきで、後ろのテーブルに積み重なる手紙の山を指し示す。
『見てくださいよ、この手紙の山を! 招待状ですよ、招待状! 招待状どころか、屋敷がないのは不便でしょうと屋敷をくれる人や、これは我が国の特産品ですと渡された果物の籠の下に金貨袋が詰まってるんです! ほわーい? わーい? どんな顔をすれば良いのですか!』
『笑顔を見せれば良いと思うよ。それじゃあ、またなにかあったら連絡をお願いします』
バイバイまた後でねと笑顔で手を振り、思念通信を繋げてくれるよーこちゃんに視線を向けると、コクリと頷いて接続を切ってくれた。意次さんも楽しそうでなによりだね。
「ありがとうよーこちゃん。それじゃ、まずは畑に行こう」
「あい!」
お礼を言うと、ニパッと嬉しそうに笑い、僕の背中によじよじとおぶさってくる。小柄なので全然重くない。
現在、僕はルフ島に戻ってきている。最高速度で帰りたかったので、ルルレッドに乗って帰ってきたのだ。
「閣下。自分は少し勘違いをしてました。無邪気で純粋な素直な子が決して善なる者とイコールではないと気づいちゃいました」
「? たしかに良い行いをするから善人っていうんだし、そのとおりだと思うよ」
「ですよね〜。荒波に揉まれても変わらない心は結構残酷な芯があるのだと初めて知りましたよ」
隣を歩くルフさんが、なぜか半眼となって肩を落とすけど、どういう意味だろ? 心が強い人は何も変わらないって、当たり前だよね。
とはいえ、意次さんへの対応のことを言っているのはわかるよ。
「意次さんはあれで結構楽しんでるよ。口調が危機を感じさせるものじゃなかったでしょ?」
「たしかに。よくいるタイプですね。忙しい忙しいと苦しんでるふりをして、仕事が少なくなったら、きつくなるまで新しい仕事を探すタイプ」
どうやら納得してくれたようだ。だって意次さんの目余裕そうだった。演技をするのが楽しくて仕方なさそうなんだ。演技という鎧で覆い、自分を他者目線で扱うことにより役者を楽しんでいるんだよ。
「しかし………急速に人を見る目が上がっていますね、閣下」
「あれだけたくさんの人と出会えばね」
僕はニコリと微笑み、よーこちゃんは楽しそうに僕の肩に登ってくるのだった。
今の僕たちはルフ島に来ている。目的の物を手に入れるために、畦道をのんびりと歩いていた。シュリは家に帰っているから、僕とルフさん、よーこちゃん、リスターだ。
横に広がる畑にはまるまると太った玉蜀黍がたくさん生っており、茹でなくても食べられそう。一面が玉蜀黍畑なので、そよ風に揺られてサラサラと草が穏やかな音を奏でていて気持ち良い。
少し進むと、鎌を持ったコアさんが畑の前に立っており、僕たちへと手を振っているのが目に入る。
「殿下、お待ちしておりました」
「こんにちは、ホウサクさん。今日はよろしくお願いします」
「収穫はお任せあれ。これでもプロですから」
べコリと頭を下げて挨拶をすると、よく日に焼けたホウサクさんは、カラカラと男前の笑いを見せて胸をドンと叩く。ちなみに豊作祈願を願って名前はホウサクさんです。
「うん、期待してます。それじゃ畑をと……」
ゲームウィンドウを開いて、ルフ島の今いる玉蜀黍畑を拡大する。で、こうする。
『作物変更』
『玉蜀黍畑→稲(短粒種)』
ポンポンと押して、畑をチェンジ。
一瞬のうちに、一面に広がっていた玉蜀黍畑は、黄金の稲穂が頭を垂れる世界へと変わった。
「おぉ………知ってはいたけど実際に行うと驚きの光景だね」
「ふふふふふふ。そうでしょう、そうでしょう! 遂にゲームの力に驚いてくれましたか! 正直ここで驚かれるのもなんだかな〜とは微妙に納得ができませんが素晴らしいでしょう?」
胸をそらして、天までとどけと鼻高々になるルフさん。まぁ、気持ちはわかるよ。だって生きている植物を全く別の植物に変えちゃうんだもん。その力は計り知れないよ。
今のはゲーム仕様、『作付け変更』だ。自由に育生する作物を変更できるシステムなんだよね。これの凄いところは、育生状態を引き継いで作物が変更されちゃうんだ。
「では収穫を始めます」
褒めてください。もっと拍手をと、調子に乗るルフさんに、ぱちぱちと拍手をしてあげる中で、ホウサクさんは鎌を手に、サクサクと稲刈りを始める。一面が黄金の世界になっていて、普通に収穫したらとんでもない労力が必要になりそうだけど………。
「終わりました。ふぅ〜、我ながらよく働きましたよ」
きっちり10分で刈り取り終了した。また畑の様相が一瞬で変わり、稲は亜空間倉庫へと移動して、畑は土肌を見せていた。
これで今日のお仕事終了なホウサクさんだった。疲れたのぅと腰をとんとん叩いているけど、汗一つかいてない。ゲーム仕様だからねと納得しておくよ。基本コアさんたちの平均労働時間は10分なんだ。
僕知ってるよ。こういうのってホワイト企業って言うんだよね。
「今の収穫で5万人が一年食べていける量を確保しましたよ、殿下」
「ありがとうございます。それじゃ一ヶ月ほどはお米を重点的に収穫をお願いしますね」
「畏まりました。全身全霊をかけて収穫致します!」
「労働時間を気にしなかったら感動する言葉でした」
ホウサクさんが熱意の籠もった瞳で拳を握りしめるので、僕も頑張ってねとホウサクさんを応援して、なぜかジト目のルフさんが空の青さを気にしていた。
街へと帰る最中で、ルフさんが僕の顔を見てくる。
「閣下、米をガルドン王国に売るつもりなんですか?」
「うん、だいたい20万人が一年食べていける量を格安で売っていきたいと思ってるよ」
フンスと息を吐いて、むふふと含み笑いをする。
「食べ物は保守的だから売れないと敬遠してたでしょ? でも、僕たちとの交易で景気が良くなり、難民たちや僕たちが食料品を消費するようになったら、食料が足りなくなると思うんだ。しかも北部が分裂している今なら、ますます足りなくなっていると思う」
「たしかに良いところをついてるミャア。恐らくは小麦は高騰し始めているはずミャンね」
ルフさんの肩に乗るリスターが目を細めて尻尾をぶんぶん振る。そうなんだ、1万2千人の乗組員が乗る僕たちの艦隊が補給品として小麦を買って、王都に流れ着いた難民たちがようやくまともな食べ物を買うことができるようになった。とするとどうなるか?
「だよね。そこで高騰する小麦よりも遥かに安い価格で主食となる食料か輸入されたらどうすると思う?」
「……なるほど。少なくない人々が米を買うことになるでしょう。いくら食べ慣れない物でも、背に腹は変えられないですしね。そうなると食料においてもカルドン王国はルルイエ王国を頼りにするというわけですか」
「リスターの考えた作戦はガルドン王国に金を満ち溢れさせて、僕らとの交易が手放せないようにする。そして、追加で食料品も依存するようになれば、ガルドン王国はルルイエ王国を否が応でも丁重に扱うしか手がなくなる」
僕も一生懸命に考えたんだよ。大国であるガルドン王国がルルイエ王国を侵略しないようにって。
リスターの作戦『金の泉に溺れさせよう』に付随して加えた作戦なのだ。結構いい線言ってると思う。
「小麦とかが値上がりして、難民たちから悪感情を持たれる前に、お米を売りに行くつもりだよ。小麦が値上がりをしてはっきりと食料品問題が浮き上がる前、だいたい一ヶ月ぐらい後に、輸出しに行こう。それぐらいの期間があれば、お米もたくさん収穫できて備蓄できるはずだよ」
「あわわわ、正直に言いましょう、リスター。真の戦闘民族とは筋肉だけでなく、知にも秀でていると気づきました」
「ミャアもこのままだとお役御免になるミャン。気合入れて働かないとヨグ様の成長に負けるミャンミャア」
なんかアワアワと踊る二人。僕だって色々と考えることができるんだよ。まったくもぅ。
僕が二人を見ながら頬を膨らませて、不満の顔になるけど、肩車をしていたよーこちゃんが、ちっこい手で僕の頭をペチペチ叩いてきた。なにか言いたげにペトリと身を乗り出してくる。
「でも短粒種はお勧めしないでりゅ。『短粒種』を美味しく炊くのは難しいし、一般受けはしないでりゅよ。パン食に慣れてる人はお米は味がなくて柔らかすぎると思うでりゅ。しかもここは天然酵母もない石のように固い黒パンか少し固い白パンのはずだと思うの」
「あぁ、たしかによーこの言うとおりです。閣下、日本食が美味しいと喜ばれるのは、様々な料理で舌の肥えた人間なんですよ。たった一度食べただけで炊いたご飯を美味しいと喜ぶ人はいませんよ。いるとすれば空気を読んで美味しいと喜ぶふりをしているだけです」
よーこちゃんとルフさんの否定的意見に、そうなんだと意外に思う。ふむふむ、そっかぁ、僕たちはルルイエ米を食べていたから、そんなことは考えたことはなかったなぁ。盲点だった。なんでも自分たちを中心に考えてはいけないね。食べ物に関して人は保守的だってわかっていたのに、意識しなかった。
「合わせて、醤油や味噌、出汁をとった薄味のお吸い物とかも止めておきましょう。胡椒が珍重されているところから、たぶん濃い味こそが贅沢だという風潮のはずですから」
ルフさんが凛々しい表情で僕へと忠告してくる。さすがはサポートキャラさんだ、口元がニマニマと嬉しそうにしていなければとってもかっこよかったよ。
「だから長粒種をお勧めするミャン。長粒種は炒めて食べるのが主で、しかも香辛料を使うことが多いし、なによりも味を濃くできるミャア。明日から長粒種に切り替えるミャン」
そうなんだ。『日本』に憧れている僕たちは短粒種が最高だと思ってたけど違うのかぁ。皆の話はとっても役に立つ。
俯いて少しだけ考え込むが、すぐに結論はでる。顔を持ち上げて、首を横に振ってみせた。
「やっぱり短粒種でいこう。理由は簡単に炊けるアイテム『飯盒』も売りに出すつもりだからだよ。あれなら火加減は考えずに吹き出したお湯が無くなったら出来上がりだもんね」
軍学校でサバイバル訓練の時に使っていた飯盒。それを既に工房に発注しているんだよね。
「なるほど……飯盒ですか。たしかにあれは良い品物です。羽釜を売るのは後回しにして、飯盒を売りだせば買う人も多くなるかもしれませんね」
「それに加えてゴライアスさんとの睨み合いが始まるはず。たぶん前線に兵士を駐屯させると思うんだ。飯盒の持ちやすさやパンとは違う温かい食べ物を食べられる利点に絶対に気づくと思うんだ。となると米を軍の糧食として買うだろうし、兵士が米を行軍中に食べれば、一気に人々の間に流行ると思うんだ」
そうしてお米が流行れば、需要は増える。うまく行けばだけど、そこは上手く進めれば良い。戦争は………親子げんかが戦争にまでなるかなぁ。よくわからないや、そこは他国の話だしね。内乱は一番国力が下がるからたぶんやらないと思うけど。
「な、なんて恐ろしい……戦略性がありますよ!」
「これで大国の王子に見えるかなぁ?」
「平和裏に進めるとなると、これ以上は考えられないミャア」
「僕たちは吹けば飛ぶ小さな国だからね。それじゃ次に行こっか」
次は魔法大学に行って、それから大航海ギルドの本部の用意だ。きっと兄さんが待っているはずだよ!




