42話 ギルドを作ろう
数日後───。
あれから早速空いている倉庫を買い取った。遠洋航海ができないために破産した商会が多いらしく、空き倉庫がたくさんあったので、ガルドン王国の後押しもあって、結構簡単でした。
今は積み荷をどんどん倉庫へと運んでいる。100メートル級魔導ガレオン船60隻が満載してきた積み荷はとんでもない量だった。
なにせ皆が運んでも全然減ることはない。今は多くの人々が埠頭にて列を並べて積み荷を運んでいた。雇ったのは難民の人たちだ。
日雇いだけどお金が入ると聞いて、積み荷を運ぶ人たちは笑顔だ。この間の宴会の効果もあるだろう。好意的にもなってくれたんだろう。
どうやってかはわからないけど、噂を聞きつけて近海を主とする商人さんの船も訪れ始めている。
その船の商人さんたちも、ただ空荷で来たわけではない。売り物を乗せてやってきているので、そちらでも荷物運びが必要となり、宿泊する宿屋も店員を雇わなくてはならない。酒場だって同じこと。そして、酒を運んだり、食料品を運んだり、働くとなったらボロ着ではまずいと古着を買ったり、店の主人は新品の服を注文したりと───。
つまりは様々な職種において、大量の雇用が発生していた。僅か数日の出来事である。発生したという通り、雇用状況は日が経つごとに改善していくに違いない。
「ようやっと仕事にありつけたな!」
「本当だ。ここに来て良かったよ」
「温かい飯を食べたいところだ」
荷物運びの男たちが笑顔で木箱を運び、突如として湧いた商機に漁船が寄港すると、宿屋の主人や酒場の主人によりあっという間に魚は完売となっていた。
僕はといえば、商会を開くために用意された建物の中にいた。シュリも感心しているし、立派なお屋敷だった。
今は僕とシュリ、ルフさんとペレだ。ゼノンさんたちはお茶会とか夜会とかで忙しいからね。僕は後ろでどっしりと構えるスタイル。意次さんが一番人気があるらしいので、狸さんポンポコリン作戦は順調だ。
「うわぁ、かなり大きいお屋敷だね」
「そうね。ここまで大きな屋敷を用意するなんて、ガルドン王国もかなり気を使っているんじゃないかしら?」
王国の用意してくれたのは、港に近いお屋敷だった。広い庭に3階建ての煉瓦で建てられているお屋敷は何部屋あるのかよくわからないほどに広い。石造りの大きなお店と倉庫が隣接しているのが、ここが元は商人のための屋敷だと教えてくれる。
でも、お屋敷には向かわずに、僕はお店へと足を向ける。
「ここならお店ができるね」
「屋敷に入らないんですか?」
「うん、まずはお店を開こうと思ってるんだ」
ルフさんが不思議そうに首を傾げるけど、お屋敷で休むのはまだあとだ。
お店の方に入ると、埃だらけの部屋が目に入る。机や椅子は頑丈そうで、受付カウンターも分厚い木製だ。店棚が受付カウンターの後ろにあるのは、この国の文化だろう。
掃除しないと駄目だけど、そこは後でで。
「やはり呉服問屋ですよね、閣下。自分は着物を着てしゃなりしゃなりと歩けば良いでしょうか」
くねくねと腰をくねらせて、ルフさんがむふふと僕を見てくる。それを見てピシリと指を突きつけて、僕は告げる。
「わかった! 『全てを呑み込むモノ』の真似!」
「もはや邪神決定の名前! ルルイエ島にいたりしませんよね? いると言ったら私はもう絶対にあの島には足を踏み入れませんからね!」
なぜか蒼白になって、ルフさんが僕にしがみついてくる。脚がぷるぷる震えて子鹿のように怖がっていた。
「昔はいたらしいよ。御先祖様たちも倒されてしまうこともあった強い魔物だったらしいね。石版に書いてある魔物の一匹だよ」
ご先祖様を倒せるレベルの魔物だけ石版に書いているんだ。数百年前にいたらしいんだ。その時は一対一で勝てなかったらしい。
「そうですか。アウターの民も戦闘で死ぬんですね」
震えているのに安心するルフさん。
「うん、だから修行して他の人が魔物に勝ったんだってさ。負けた魔物は反省して人に堕ちると、勝ったご先祖と結婚したらしいよ」
マケタゾッて人に変わって、勝った男の人と結婚したんだって書いてあった。美少女になったんだってさ。
「嫌な血統を聞いた予感! サラブレッドよりも強い組み合わせ! どうしてアウターの民が強いのか秘密の一つがわかった予感がします。というか修行の一言でパワーアップしないでくださいよ。パワーインフレ禁止! せめて、せめてっ、人化はドラゴンで抑えてほしかったです!」
抗議をしてくるけど、昔の話だし。それに意外と人に堕ちる魔物って多いんだ。変身じゃなくて堕ちるから、もう元の姿には戻れなくなるのにね。……まぁ、もっと混乱しそうだから言うのはやめておこうかな。
「ルフ様のことはどうでも良い。ヨグ様、呉服問屋をする?」
「ううん、呉服問屋はしないよ。服とかは布は売り物の一つだけど、僕のやりたいことはこれなんだ」
亜空間倉庫から、看板を取り出して皆に見せる。魔鉄製で銀で文字が描かれている。
『大航海ギルド』
と、看板には書いてあった。えっへん、自分で作った看板だよ。少し自慢げに胸を張って見せびらかすと、シュリたちは文字を読んで、戸惑った顔になって顔を向けてきた。
無言の圧力で、これってなぁにと聞いてきている。たしかに見ただけではわからないかも。
「えっと、これは船に関連する仕事を扱うギルドだよ」
「どういうこと? 貿易品を扱うんじゃないの?」
「うん、もちろんそれも扱うけど、他の港への手紙や積み荷の運送、埠頭で働く荷運び人の手配から、船の修理を依頼する際の代行人、船長や船員を紹介して、最後は新品から古い船まで取り扱う予定」
「ふーん……なるほど、だから大航海ギルドなわけね」
シュリが納得したように頷く。ペレが椅子についた埃をパンパンと叩きながら、ぼんやりした目だけ向けてくる。
「理解した。商人が用意する船は、いつも港ごとに船員を雇用したり、船長も雇う。それらを一括してこのギルドで扱うなら、商人たちも助かる」
「うん、これはルルイエ王国の後ろ盾があるのが重要なんだ。本部は母国にあると言えば、ますます大国だと勘違いしてくれるだろうしね」
全部、僕たちの国を守るためだ。見えない国、知らない国、訪れることのできないミステリアスな国は、膨大な積み荷を扱い、多数の艦船を用意できる。噂は噂を呼び、尾鰭がついて大国だと勘違いされるだろう。
「それにこの国だけでは、僕たちの持ち込む品物は扱いきれないよ。だから、少しずつ周りの国にも船を送る。その際に大航海ギルドを置かせてほしいと各港にはお願いするつもり」
「なるほど……南大陸との交易ができない現状、ルルイエ王国の持ってくる貿易品は喉から手が出る程に欲しいでしょうからね。その場合、金貨や魔石だけじゃなくて、相手の商品も買い取ると効果的です。買い取った品物はTPに変換すれば良いですし」
真面目な表情になるルフさん。このギルドの利点を段々理解してきたのだ。
「ギルド員として船員や船長、荷運び人を登録させればこちらのもの。でも身分証明書はどうするの? 一括管理できる方法がない」
「そこは魔石で作ろうよ。魔導具の中に本人の血液でなければ、光らない認識票を作れば良いと思うんだ。それをギルドは支部と本部、それと本人でそれぞれ一つずつ持っていれば身分証明書になるよね?」
「血での登録は付与する魔法の難易度によるから、光るだけなら簡単」
ペレさんがふむふむと頷き、仕事のできる雰囲気を見せる。それなら、国でどしどし作ってもらおう。
本人確認だけでもだいぶ変わると思うんだ。
「流れの船員や船長は犯罪者も混じりますから、たしかに有用でしょう。くくくくく」
なぜか含み笑いをして、楽しげに口元を歪ませるルフさん。
「わかりました、閣下! それならば信用度を上げるためにランクも作りましょう! ううん……アルファベットはテンプレですが、あれって異世界は英語圏なのかと、いつも突っ込んでましたからね」
どうしましょうと、るんるんと考え込むルフさんだけど、すぐに顔を向けてニマニマと微笑むと、胸から紙を取り出してなにやら書き始める。そして、僕たちへと得意げに見せてきた。どこにしまっているのと聞こうとしたけど、シュリの目つきが危険になったからお口チャック。
「これでどうでしょうか? 任務達成率、評判、任務遂行頻度から、ランクを上下するんです。もちろん最初から腕の良い者は綿密なる審査にて格上のランクからスタートです」
『見習い』『新米』『一人前』『ベテラン』『一流』『英雄』
紙にはランク付けが書いてあった。横には認識票を金や銀、魔鉄などでランクを変えるとの注釈も書いてある。
「ふーん、良いんじゃない? たしかに面白そうね」
「ルフ様のカラカラなる脳で考えたにしては良い考え」
シュリとペレさんが感心して、鼻高々とルフさんは胸をそらして高笑いする。僕もぱちぱちと拍手をしちゃう。すごいアイデアだ。
「そうでしょう、そうでしょう。もっと褒めてください! 自分の革命的、革新的、オリジナリティに溢れるアイデアを! サポートキャラとして自分は『英雄』級ですからね!」
「うん、凄いやルフさん。僕では思いつかなかったアイデアだ」
「暫くはランクをどうやって上げるかは試行錯誤しないといけませんし、ランクの高い人間に対する優遇措置も考えないといけませんけど、そこはリスターに任せましょう」
一番面倒くさいところを他人に放り投げるルフさん。まぁ、いいんだけど。
「それじゃ、看板を掲げて登録は後日実装予定。今は貿易品を扱おう」
看板を抱えて、店の外に出ると掲げる。陽射しの下で、看板はキラリと光って、楽しげに見えた。
「あ、あにょ、し、仕事にきました!」
噛み噛みのセリフに振り向くと、先日声をかけてきた少女が父親と道路に立っていた。
「ちょうど良かったです。それでは掃除からお願いできますか?」
「ひゃ、ひゃいっ」
「ありがとうございます、王子様」
二人へとニコリと微笑むと、ビシリと背筋を伸ばして、ペコリと頭を下げてくる。
とりあえず雑用係として雇ったんだよね。目をキラキラと輝かせて、気合充分の模様。
僕たちは明日に帰還して、早速認識票を作ってこよう。そうして『大航海ギルド』を設立するのだ!
それに他にも持ってくる物もあるしね。




