4話 島の主を倒そう
「きゃー、キャーッ、ギャーッ!」
「わかった! ガリオンアホウトリの真似でしょ!」
「違います、悲鳴です、悲鳴! この絹を引き裂く美女の悲鳴がわからないんですか! 絶対に自分を落とさないでください閣下!」
「はぁい」
絶対にガリオンアホウトリの真似だと思ったのになぁ。あの歯軋りのような鳴き声にそっくりだと思ったのに。
僕は少しだけがっかりしながら、海の上を走っていた。波間に脚を突っ込んで、バシャバシャと激しい水しぶきをあげながら突き進んでいます。
背中にはルフさんをおんぶしている。一緒に行くんなら、走ってほしいのに、僕を凝視しておぶさって来たんだよね。
少し先に見える新しい島がぐんぐん近づいてきて、皆が戦闘を開始しているのが見える。出遅れちゃった。
僕にしっかりとしがみつき、ガリオンアホウトリの真似をするルフさんが耳元で絶叫する。
「あれですか? 片方の足が沈む前に、もう片方の足を踏み出せば沈むことはない謎理論!」
「そんなことできないよ。体内の『闘気』を足に纏わせて、水を一瞬だけ硬化させる『鉄皮』を使ってるんだよ。空中に舞っている埃とかも同じ方法で足場にできる家庭の知恵だよね」
「初めて聞く家庭の知恵っ!」
もしかしたら、ルフさんは教わってないのかな? 今度教えてあげようっと。えへへ、誰かに教えるのは密かな夢だったんだ。
体内の生命力を物理的、魔法的な力に変える『闘気』。剣とか鎧にも変えられるし、身体能力も上げられるとても便利な技なんだよね。
バシャバシャと海上を進み、ようやく浜辺に到着すると同時に、ルフさんを放り投げる。へぶっと、声をあげて砂浜に突き刺さっちゃったけど、後で謝るよ。
異様な空気をマナタイトゴーレムのいる方向からビシビシと感じるのだ。なにか危険が迫っている予感がする。
すぐに闘気を手のひらに集めて身構える。手のひらに闘気が集まっていき、風が吸い込まれるように集まってくる。
真剣な顔で僕は両手を前へと突き出すと咆哮する。
「ハァァァッ!」
『闘気砲』
闘気をエネルギーへと変換させて、紅き爆光を放出する。僕の背よりも遥かに大きな光線が島へと突き進んでいくが、森林を割れるように貫かれて、空間を震動させ不可視のエネルギー波が現れた。
二つのエネルギーはぶつかり合い、暴風が巻き起こる。
ぶつかり合ったエネルギーは、地面を溶かして空間を震わせて、押し合う。僕は全力でエネルギー波を撃ち続けるが、相手の方が少し上だと悟り、顔をしかめちゃう。油断してあんまり闘気を溜めることができなかったや。
「ぬぐぐぐ」
唸り声をあげて懸命に防ぐが、足が砂浜に潜り込み、徐々に押されてきて……唐突に消えてなくなった。
「へぶっ」
いきなりエネルギー波が消えたので、体勢を崩してしまい、砂浜へと顔からダイブしちゃって、変な悲鳴をあげちゃう。慌てて立ち上がるが、連続しての攻撃はないようで、さっきの攻撃はまた飛来はしてこなかった。
「うぅ………口の中が砂でじゃりじゃりするよぅ」
顔をしかめながら、光線が貫いたお陰で作られた通路へと視線を向ける。光線が消えた原因はわかってるけどね。皆が妨害したのだろう。
後でお礼を言わなきゃね。でも今は戦闘に加わりたい。砕けた木片が敷き詰められた光線のあとにできた道へと踏み出そうとして、ルフさんを見る。ついてくるって言うかな?
「閣下、想像以上にプレイヤーが悪魔というか、邪神モードでした。ご武運をお祈りします」
「行ってきまーす」
顔中砂まみれで、死んだ魚のような目でルフさんは手を振ってくれたので、ムフンと親指を立てる。やったね、これで僕も戦闘に加われるよ。急がなくちゃとすぐに前傾姿勢となり、笑顔で一気に駆け出す。
木片を蹴散らしながら突き進むと、あちこちから戦闘音が聞こえてくる。バキバキと木の折れる音がして、人が砲弾のように吹き飛んできて、地面にめり込む。
「ゴハッ」
木片が噴火するように噴出し、吹き飛んだ人の姿は完全にめり込んでいた。
「うっひょー! 石の人形もなかなかやるじゃねぇか」
そして地面が吹き飛ぶと、めり込んだ人が嬉しそうな顔で飛び出てきた。服はポロポロだけど傷一つない。後で奥さんに怒られるのが決定した隣のおじいさんだった。
おじいさんが吹き飛ばされた場所から、石の人形がべきべきと木々をへし折って歩いてくる。5メートルぐらいのずんぐりむっくりとした硬そうな魔物だ。
おじいさんを狙っているのだろう。瞳に燃える闇の炎を宿して、ずんずんと迫ってきた。
「だっしゃぁぁ!」
が、おじいさんが嬉しそうな声で胴体に突撃すると、大きく陥没させてズズンと倒れてしまう。
「ふははは、まだまだ若いもんには負けんわい!」
そうして、胴体に飛び乗るとガッツンガッツン殴り始めて石片が飛び散り、ストーンゴーレムの頭が削られていく。
「おじいさん、楽しそうだね!」
「おう、ヨグ坊か。お前の親父ならこの先で大物と戦っているぞ。儂が戦おうと思ったんだが、そろそろ後進に譲らないとな」
声をかけると、殴るのを止めてウハハと笑って、ストンピングしながらストーンゴーレムを地面に沈めて先を指差す。
たしかにこの先で、大きい闘気をいくつも感じられる。皆元気に戦っているみたい。
それじゃ後でねとおじいさんに手を振って、さらに先に進む。島や外から見た時はマナタイトゴーレムは山の麓にいた。ということはかなりの距離だ。今は僕の目線は木々に阻まれているので、遠くで見たよりも視界が悪い。
ジャンプで移動しようにも、万が一さっきのエネルギー波が飛んできたら怪我を負うかもしれないし、少なくとも服はボロボロになり母さんに怒られるのでできない。
なので懸命に走っていくと、段々と戦闘音が大きくなってきた。
まるでハリケーンでも来たかのような光景だった。木々はなぎ倒されており、マナタイトゴーレムが大暴れをしていた。周りを飛び交う人たちを叩き潰さんと拳を振るっている。
遠くにいても、拳の振り下ろされる突風が吹き荒れて、僕の頬を撫でてくる。
半透明の水晶のような体に、胸に嵌まった大きなダイアモンド。肩にも何個かダイアモンドが嵌められており、体格は重装甲の騎士という感じだった。分厚い装甲と、背の高い木々を遥かに上回る背丈。ひとたび腕を振るうと、木々がマッチ棒のようにヘシ折れていく。
確かに魔物の中でも結構強そうだ。けれども、胸の宝石は既に半壊しており、装甲もヒビが入っていた。
その姿に少しだけ驚いてしまう。
「まだ倒されないなんて、凄いや」
まさか父さんたちが戦っているのに、生きているとは驚きだ。僕も急いだけど、きっと残骸しか残ってないと思ってた。
見ると、父さんが足元で戦闘しており、木々の上にシュリとおじさんが立って攻撃を仕掛けている。三人とも風のように移動して、マナタイトゴーレムを翻弄して、攻撃を躱していた。
「ウォォぉぉ」
どんなに拳を振るっても、父さんたちには命中しないために苛立ったのか、ゴーレムなのに、どこに声帯があるのか咆哮する。
『麻痺音波』
空気が弛んだ感じがして、なにかが身体を通過していく。その衝撃は不思議なことに、僕の身体を意思に関係なく硬直させる。三人も同じように動きを止めてしまい、マナタイトゴーレムはその隙を逃さずに、水平に手を伸ばす。
『大回転』
まるで竜巻のように猛回転すると、三人へと襲いかかり、その柱のような腕で吹き飛ばしてしまう。
「キャーッ」
「ぐおっ」
「くっ」
シュリや父さん、おじさんがピンボールのように跳ね飛ばされて、木々を砕きながら森林の中へと消えていく。
魔法だ! このゴーレムは魔法を使ったんだ!
今の咆哮がただの叫びではないことに慄然としてしまう。魔法を使う魔物なんて………。
「初めて見た! こんな効果があるんだ!」
島ではひいひいおじいさんの時代に絶滅してしまったから、びっくりだ。僕は目を輝かせて、三人を吹き飛ばしたマナタイトゴーレムを見つめる。
まさかの魔法を使う魔物。沖合いでは稀にいるらしいけど、成人の儀を終えていないと戦士として認められないから、僕は見たことがなかった。
こんなに効果的な威力があるんだ。動けなくなるなんて、初めての経験だよ。
マナタイトゴーレムは三人を倒し終えて、両手を満足そうに持ち上げる。得意げになっているみたいだ。
だが、僕の姿を確認すると、その顔に燃える青白い炎の目を揺らせて、次の獲物を見つけたとズシンズシンと地面を陥没させながら近づいてくる。
わざとゆっくりと歩いて、こちらを怯えさせようとする感じがするけど、余裕そうな態度だなぁ。ゴーレムって自我はないと聞いたことがあるけど、目の前のゴーレムにはありそうに見えるよ。
巨体のゴーレムはゆっくりとした歩みだが、それでも一歩一歩が大きい。すぐに僕の目の前へと辿り着くと、拳を持ち上げる。
「ととっ」
横に飛ぶと当時に杭打ち機のような速さと威力で、拳が目の前の地面にめり込む。
「攻撃は手加減する気はないんだね!」
でも、僕は両手を地面につけて押し返すと、バネのように跳ねてめり込んだ拳へと蹴りを叩き込む。
「とやっ!」
ガツンと強い反動が返ってきたので、すぐに脚を引き戻し捻るように回転し、右脚での追撃の一撃。そのまま左脚でのソバットを食らわすが、僅かに揺れるだけで、すぐに引き戻されてしまう。
硬い。今まではキングタートルが最硬だと思っていたけど、それ以上だ。しかも、速さは亀とは比べ物にならない。
脚に闘気を流し込み、僕は地面を蹴り上げる。ジグザグに移動しながら、落下と言う名がふさわしい拳の形をした質量の塊を躱していく。
「しかも頭も良いや!」
ぼくへと攻撃が当たらないと判断したマナタイトゴーレムは後ろへと大きく飛ぶと間合いをとって腕を交差させ、肩を向けてくる。
『追尾超重力光線』
肩に搭載されている魔法宝石が輝き始めると、閃光を放つ。合わせて20条のレーザーが天へと昇ると、途中で曲線を描き、雨のように降ってきた。
素早く迫りくる軌道を予測して、僕は回避行動に移る。一斉にではなく、時間差をわざと作っての射撃は僕の回避場所を計算して撃ってきている。
地面を削りながら、薙いでくる光線は僅かな煙と硝子質に変わった土を残して迫ってきていた。
僕を直接狙うのではなく、牢屋のように囲んで交差する格子のように放ってくるのが、また頭が良いと思う。
ジジッと微かな音を立てながら、死をもたらす光線が近づいてくる。スゥと息を吐き、さらに脚に闘気を注ぎ込む。
トトッと軽く脚を踏み、光線をぎりぎりの間合いで躱していく。超重力の光線は触れてもいないのに、体を重くさせて、服を布切れへと変えていく。
しかし、光線は止まることなく、地面を切り裂き追いかけてきて、段々と追い詰められてしまう。
気がつくと、格子のように完全に包囲されて、光線は牢獄の扉を閉じようとしていた。
ついには躱しきれなくなり、少しの時間を持って、僕は追い詰められたウサギのように光線に引き裂かれてしまうのであった。
バラバラとなって、地面に落ちていく僕を見て、マナタイトゴーレムは目を光らせて、敵を倒したかと光線を止めて構えを解く。
「残像だよ」
『加速』
マナタイトゴーレムの頭上に高速移動していた僕は両手を組んで振り下ろす。地面に落ちていく僕の残像が消えていくのを確認して、マナタイトゴーレムは素早く頭上へと顔を向けてくる。
反応速度が速すぎる! 一度見失ったはずなのに、すぐに僕の居場所を把握してきた。
僕が落下していくのに合わせて、マナタイトゴーレムは両手を持ち上げてハエたたきのように叩こうとしてくる。
「回避しきれない! これが魔物!」
今までろくな魔物と戦って来なかったから、驚いてしまう。これが普通の魔物なんだね!
高速で近づいてくる敵の手のひらに、攻撃を止めて回避に移るか、それともこのまま攻撃を続けるが一瞬迷う。
「いったいわねーーっ!」
だが、その迷いは森林から飛び出してきた怒れる紅き少女の蹴りにて霧散した。まるでミサイルのように飛んできたシュリの蹴りはマナタイトゴーレムの頭を叩き、揺らがせる。
その攻撃により、僅かにマナタイトゴーレムの動きが鈍くなり、迫る手のひらの動きが遅くなった。
「ちゃーんす」
拳を解いて、マナタイトゴーレムの手のひらへと身体をぶつけるように突進する。敵の両手を壁にして、三角跳びをしながら一気にマナタイトゴーレムの頭上に肉薄する。
『闘気蹴』
紅きオーラを纏わせて、槍のように蹴りにて突きこんだ。いつもの弱い魔物ならこれで終わるんだけど………。
「かたっ!」
蹴りはマナタイトゴーレムの装甲に阻まれて、微かにヒビを入れる程度に終わっていた。
頭を揺らすだけで、すぐに立ち直るマナタイトゴーレムに、僕とシュリが顔を顰めちゃう。
残念だけどここで終わりだ。倒したかったのになぁ。
「やるじゃねぇか! 久しぶりに楽しかったぜ!」
森林から、父さんが獲物を見つけた獣のように飛び出てくる。
離れていても感じられる莫大な闘気を宿らせて、その手には数十メートルはある長さの巨大なる紅き大剣を持ち、マナタイトゴーレムへと振り上げる。
「おうりゃぁ〜!」
そうして、紅き鮮烈なる光剣は空間を引き裂き、マナタイトゴーレムを真っ二つにするのであった。
『島の主マナタイトゴーレムの討伐に成功!』
『楽園島の解放に成功しました!』
そして、僕の眼前には島を解放したとの画面が表示されるのだった。




