34話 スキュラ討伐戦
スキュラへと『凍れる刃』は放たれる。
『魔技』だ。瞬時に魔法を上乗せして攻撃する魔法戦士の必殺技。威力は魔法使いの魔法に劣るし、射程距離も短いが、それでも騎士や戦士にとっては強力な頼れる技である。
レーナが斬った脚から冷気が放たれると、氷柱が生まれてバキバキと凍っていく。一瞬で脚の一本を凍りつかせて動けなくした。
「キィヤァ〜」
苦痛の悲鳴をあげてスキュラは怒りの表情となるとすぐに反撃をしてくる。無事な脚を持ち上げて、鞭のように素早く薙ぎ払ってきた。
「なっ、早いっ!」
想定と違い、素早い反応に私は驚き回避しようとするが、回避することもできずに脚が命中し、その威力で跳ね飛ばされた。
ガンガンと地面を跳ねるように転がって、建物の壁にぶつかりようやく止まる。
「姫様!」
オルケが血の気が引いて蒼白となり駆け寄ってくる。ガルドン王国はゴライアスが廃嫡された今は直系がスルドル王子とレーナ王女しかいないのだ。それに自分が主君と仰ぐものでもある。
「うぅ………だ、大丈夫です。怪我は……あら? どこも痛くありません」
なんとか立ち上がろうとして、身体に痛みがないことに驚き、ペタペタと触るが怪我一つなさそうだ。不思議に思う私の前に、ゆらりと薄い銀の膜が現れる。まるで溶けた氷のような流体の銀だ。不思議な銀の膜はピシリとヒビが入りガラスのように砕けて、粉雪のように淡く消えていく。
「これは?」
「『錬金障壁』ですよ、レーナ姫様」
戸惑う私へと後ろから声がかけられる。振り向くとローブを着込んだ錬金術士という魔法使いがしかめっ面をしていた。
「中位レベルまでの敵の攻撃を一回だけ防ぐ錬金魔法です。一回かけると一時間のクールタイムがあるので、もうかけられませんので、お気をつけください」
「まぁ! ありがとうございます。私だけこのような魔法をかけて頂けたのですね」
王女だからだろうと、特別扱いに困ってしまうが相手の立場もわかるので、微笑みながら礼を言う。
だが、錬金術士は首を横に振って、意外な返答をしてきた。
「いえ、私の効果範囲は100人までです。ここにいる方々は全員かけましたよ」
「え……あ、ありがとうございます……」
当然でしょうと、苦虫を噛んだかのような不機嫌な錬金術士の言葉に一瞬言葉を失う。オルケも同じく目を見開き驚愕していた。
当然だろう。たった一撃しか防げないとしても、安心感がまるで違う。しかも100人にかけられる魔法なんか儀式魔法などでしか知らない。こんなに気軽にかけられる魔法ではないのだ。
「では、皆さんにさらに支援魔法をかけます!」
錬金術は両手を複雑に踊るように動かすと、マナを集中させて詠唱を始める。
「マナよ、鷹の瞳を我らに与えん」
『疑似鷹目』
「マナよ、熊の腕を我らに与えん」
『疑似熊腕』
「マナよ、馬の脚を我らに与えん」
『疑似馬脚』
「マナよ、猿の身体を我らに与えん」
『疑似猿体』
今までに見たことのない詠唱の速さで、次々と連続で魔法を唱え、私たち皆がその魔法の恩恵を受けて、色とりどりの光が身体を覆う。
敵の動きがよく見えるようになり、怪力が腕に宿り、脚に力が込められる。身体が軽くなり今なら軽業師よりも上手く軽業をできそうだ。
マナによる身体能力アップの魔法は他にもあるが、これだけの人数にいっぺんにかけられるとは、なんと言葉を口にして良いかわからない。
しかもこれならば、魔法騎士に劣る普通の兵士も魔法騎士に近い動きをできる。今までの戦争の様相を変えてしまう魔法だった。
「これが………『錬金術』!」
なんと万能なる力なのだろうかと、慄然としてしまう。しかも錬金術士はたいした疲れを見せることなく、平然としていた。それは訓練とまるで変わらないような態度だった。
「感謝致す! 姫は突撃をせずにここで指揮を! 我らがスキュラを倒しますゆえ、全体を見て指示を出してください」
明らかに非難を遠回しに込めて、オルケがじろりと睨んでくる。その形相があまりにも怖くて首をすぼめながら、コクコクと頷き返す。たしかに突撃をしたのは少し失敗でした………。
「よし、攻撃を開始せよ!」
「おぉ〜っ!」
マナによる身体強化に重ねられた錬金魔法。その力により強化された部下たちは戦意を向上させて、スキュラに立ち向かう。
「キシャー!」
スキュラが何本もの脚を振り上げて、叩き潰そうと振るってくる。素早く部下は後ろに下がり、躱したあとに振り下ろされた脚により、埠頭を構成する石の地面が砕けて穴が作られる。
あの一撃は革鎧しか着込んでいない部下には致命となるだろう。それでも果敢にシミターを振るい、脚に傷を負わせる。
「ガウン!」
足元から狼の頭が這うように迫ると、脚に噛み付いてくる。一瞬噛みちぎられたかと思ったが、銀の膜が生まれると、するり脚は口から抜けて、狼の頭は悔しそうにしかめっ面となる。
「『錬金障壁』を失った者は一旦後ろへ下がってください。まだ『錬金障壁』が残っている者は陽動をお願いします!」
指示を出しながら、私はさり気なく突撃する。敵の攻撃が届かないぎりぎりの距離で突出した狼の頭へと攻撃をする。
10本以上だろうか? スキュラは生やした脚を振り、嵐のように攻撃をしてくる。だが支援魔法を受けている私たちはその攻撃をなんとか捌きながら、反撃をしていく。
「キィヤァ〜」
金髪音が響き、血の匂いが広がる中で、業を煮やしてスキュラがマナを集中させていく。
「魔法です! 皆さん気をつけてください」
皆へと注意を促すが、特に対抗策はない。己の中のマナを活性化させて、魔法への抵抗力を高めるだけだ。
スキュラは眼前にマナを集めると、クワッと目を見開く。
『烈水刃』
ザザザと体力の水が生まれて、大きな球体となる。そして球体の水面が波立つと、三日月型の刃となって襲いくる。
しかも激流のように激しい連撃だった。囲んでいる者たちへと、水刃は真っ二つに切断せんと迫ってきた。
「グワッ」
「ガハッ」
「ウグゥ」
鮮血が舞い、部下が倒れていく。たった一回の魔法で優勢だった私たちは崩れそうになるが───。
「魔法を使いし時は逆転のチャンス! もらったぞ、化け物め!」
オルケが飛翔して、スキュラの頭上へと剣を振り下ろす。
『岩石剣』
その剣を一抱えもある岩の塊へと変えて、叩き潰さんとスキュラの頭に命中させる。めしゃりとスキュラの頭がへこみ、血が吹き出る。
「チャンスだ、雷獣!」
「キュイッ」
『放電』
それを見て、召喚士が雷獣に命じ、雷が雷獣から放たれた。バリバリと激しい音を立てて、煙を吹き出すとスキュラの身体がグラリと傾ぐ。
「トドメです!」
その隙を逃さずに私は滑り込むように、スキュラの脇腹へと肉薄すると、冷気を纏った剣を鋭く薙ぐ。脇腹へとするりと剣が入り込み切り裂くと、冷気が体内を凍らせていく。
「グ、グァァ」
そうして断末魔の声をあげると、スキュラは力なく地面へと倒れるのであった。
「やりましたね!」
私がガッツポーズをとり、勝利の雄叫びをあげようとすると───。
「雷獣。あと数撃スキュラに攻撃を加えろ!」
と、なぜか召喚士が焦って、雷獣により死体へと攻撃を続けるのであった。スキュラはビクンビクンと痙攣して、腕を僅かに動かして息絶える。
念の為なのだろうか? 用心深い人だ。
周りを見ると、他のスキュラたちも倒されており、私たちが勝ったことがわかる。じわじわと喜びが感じられて心が高揚してきて────。
「グワアッ!」
「キュイッ」
召喚士が突如として落ちてきた水の槍に貫かれて、雷獣が吹き飛ばされる。錬金術士も同様に天から降り注ぐ雨のような水の槍を受けて倒れてしまう。
見ると、周りの他の雷獣や召喚士たちだけを狙って、水の槍は降り注いでいた。バタバタと倒れていく魔法使いたちの姿に、なにが起こったのか混乱する。
優勢だった私たちがあっという間に劣勢に陥り、兵士たちが混乱する。
「いったいなにが起こっているのですか?」
「ぬぬ、姫様謀られたようです。沖合いにいるスキュラたちが魔法を放ち、魔法使いたちだけを狙ったのでしょう」
オルケが悔しそうに沖合いを指差す。沖合いには500匹近いスキュラたちが集まっているのが見えた。
「ですが、あの距離から魔法を撃って来たのですか?」
「あ奴らはハイスキュラでしょう。こちらの陣営を見て、簡単には勝てぬと悟りスキュラたちを足止めと囮に使い、こちらの中核を遠距離魔法で一気に倒すつもりだったのです!」
「そんな……魔物がそんな戦術をとるなんて……」
歯噛みするオルケを見て、なぜスキュラに奪われた港町が二度と取り返せないのか理解できた。知性ある強力な魔物たちが戦術を使えば勝ち目はないのだろう。しかも相手は水の中にいて、隠れながら攻撃をしてくるのだ。
召喚士が倒れて、壁となっていたストーンゴーレムが帰還していく。雷獣が消えて錬金術士によるサポートがなくなる。
「クッ……ここまでですか……」
これだけの魔法使いたちがいても勝てなかったかと悔しく思い、それでも少しでもスキュラたちを倒そうと剣を握り締めて────。
沖合いにいるスキュラたちの集団が爆発した。海が爆発したのだろうか。水柱が何百と聳え立ち、海中にスキュラたちが消えていく。
ここまで聞こえる雷のような轟音と共に、水柱は次々と生まれて、スキュラたちが肉塊へと変わっていくのが、遠く離れたここにいても見えた。
「これは? 大魔法? いえ、神器ですか?」
終わらない轟音と、破壊の水柱を見て声が震えてしまう。ここの司令官は神器を持っていたのだろうか?
「………いえ、姫様。どうやら救援が来たみたいですぞ」
「な、ななな、なんですかあの艦隊は!」
スキュラの遥か後方、水平線に艦隊が見えてきて、思わず目を疑ってしまう。艦隊からピカリと光が生まれるとスキュラたちが爆発していく。
「ま、魔導艦隊がようやく来ましたか」
倒れていた錬金術士が肩を押さえて嬉しそうに呟く。
「魔導艦隊?」
「えぇ、そろそろ来るころだとは聞いてましたが、助かりました。姫様、もう大丈夫です」
水平線にずらりと並ぶ見たこともない形の艦。その数は途方もない。神器ではなく、なんらかの兵器なのだろう。恐るべき威力であれほど苦戦していたスキュラたちを駆逐していく。
「そうですか。あれはルルイエ王国の艦隊なのですね」
ルルイエ王国の兵士たちが歓喜の声をあげる中で、私はどう振る舞うべきかを考えていた。
明らかにスキュラよりも遥かに危険な者たちを前に、ゴクリと息を呑み侵略軍ではないようにと祈る。
だが今は勝利を喜びましょう。
なにしろスキュラの大群を退けたのだから!
「私たちの勝利です!」
陽光の下。私は剣を翳すと笑顔で皆へと宣言するのであった。




