33話 補給基地防衛戦
レーナ・オル・ガルドン王女は、この島に来たことを後悔すればよいのか、幸運だと思えば良いのか迷っていた。
なぜならば、補給基地の建造のお手伝いをと、ルルイエ王国の国力を測るために、一ヶ月前に孤島を訪れたのだが、予想以上にルルイエ王国は大国であると分かったからである。
なにせ、我が国では数人しかいない希少なる召喚士を、事もあろうにルルイエ王国は補給基地の建設に使っていた。
しかもその数は200人はいるだろう。更には皆が一流であり、5メートルはある体躯のストーンゴーレムを召喚して、施設の建設に使っていたのだから、驚くよりも、自分の見ているものが本当かと疑ったものだ。
疲れを知らず、怪力であるストーンゴーレムは瞬く間に埠頭を建設し、宿舎を建てていった。
そして、見知らぬ魔法を使う『錬金術士』という者たち。100人の錬金術士は海を割り石を浮かせて、永遠なる効果を持つ魔法を付与していた。なにかと混ぜていたようなので、薬師にも近いのだろうか?
なんにせよ永遠に効果のある魔法の品物など神器以外に聞いたことはないし、大陸の魔法具は魔物の素材を使って作るものばかりだ。しかも熱した氷のように、すぐに効果が切れるのでほとんど使い道はない。
最後が戦闘に長けている100人の魔法戦士たちだが、それは我が国とあまり変わりがなかったので、ようやく安心したものだ。
これが幸運なことだ。ルルイエ王国は、大陸では引っ張りだことなるだろう魔法使いたちを補給基地に送り込む程に余裕があることがわかったのだから。
この一ヶ月はなんとか仲良くなり、その技術の欠片でも教えてもらえないか、そしてヨグ様がいつ訪れるのかを確認しようと奔走していた。
なにせガルドン王国はルルイエ王国に対して、かなりの負い目がある。是が非でも友好関係を強くしなければならない。
何回も母国と行き来しては、高価な酒や食料品を差し入れとして持ってきたものだ。
まぁ、皆は口が固くてうまくいかなかったが。それでも技術があるのがわかっただけ幸運であった。
そして不幸なことというのは───。
「埠頭を欠片でも破壊させるんじゃねぇぞ、てめぇら!」
「はっ! ストーンゴーレム隊でスキュラたちを誘導しろ! 埠頭や建設物から引き離すんだ!」
「雷獣にてスキュラを叩け! 空いた穴は魔導兵が埋めるんだよ!」
「錬金術士たちは支援魔法もかけるんだ!」
怒号が飛び交い、皆が忙しく走り回っていた。
これが不幸なことである。
補給基地は絶賛魔物の大群に襲われている最中なのだ。
今、私は代官が住む予定である仮の屋敷にいた。魔法灯という灯りがつく不思議な水晶が天井に嵌められて、魔法の建材という磐をも超える強度の木造りの屋敷だ。畳という物が敷かれており、フワリとなんといえない安心できる匂いのする敷物であり、土足禁止である。
私の国では見たことのない『おりえんたる』という様式をした屋敷らしく、品が良いが防衛に回すには厳しい作りであった。
だが、神器でしか見たことのない結界が半透明の水晶のような障壁を生み出し屋敷を囲んでおり、下手な砦よりも堅牢らしい。
その屋敷の中でも港が一望できるバルコニーに私やオルケ、そして連れてきた部下たちは緊張の面持ちで港を見守っていた。
対するは一匹だけでも、軽く海沿いの村を全滅できる高位の魔物のスキュラだ。先端が狼の頭となっているタコの脚を下半身から生やして、上半身は美しい女性であるが、耳まで裂けた口にぞろりと生えている牙が化け物だと教えてくれる。
魔法も使い、その体格も4メートルはあるし、脚での攻撃はかなり厄介で鉄の鎧をも簡単に噛み千切られる。剣で切ってもなかなか死なない膨大な体力を持つ海の悪夢であった。
それがざっと見たところ、千匹はいるだろう。
ここの責任者である召喚士が、皆へと指示を出しており、練度が高いことを示すように、兵士たちは一糸乱れぬ動きで、戦闘をしている。
千匹のスキュラといったら、逃げ出してもおかしくない。こちらはたった400人しかいないのだ。倒すには5千人は兵士が必要だろうに、恐れを見せずにスキュラに立ち向かっていた。
我が国の兵士なら魔法騎士でもなければ、早々に尻尾を巻いて逃げたろうと思うが、そもそもここに配備された者たちは魔法戦士よりも希少なる魔法使いたちだ。負けるつもりはないのだろうが………。
戦場を眺めていると、周りに聞こえないようにさり気なく近づき、オルケがこっそりと耳打ちしてくる。
「姫、いかがいたしますか? 今ならまだ逃げることも可能です。山奥に行けばスキュラたちは追っては来ますまい」
「たしかにそうかもしれませんが、ここは孤島です。戦いに敗れて、埠頭が占拠されればもはや逃げることはできません。スキュラが住処にした港町は二度と追い払うことはできないことは有名です」
「さようですな……。運の悪い時に来てしまいましたか」
苦々しくオルケは埠頭付近へと顔を向ける。私たちの帆船が停泊しており、逃げ出すにしてもスキュラの群れを突っ切るしかないので、絶望的だと思っているのだろう。
海の荒くれ者である私の部下たちも蒼白の顔で、手が白くなるほどシミターを強く握りしめている。
だが、私は姫であり皆の船長でもある。余裕を見せて笑顔でいる他ない。
───それにルルイエ王国の底力をなんとなくだが信じている。なにせ、グレートガルドンを破壊した王太子のいる国なのだから。
「………いえ、ここで加勢をして恩を売ろうではありませんか。彼らは負ける気は毛頭ないようですよ?」
だからこそ、彼らの一挙手一投足を見逃さないように観察していた。
────それに、ここでガルドン王国をここでアピールしないとまずいです。ゴライアスお兄様が逃亡し、その関与が疑われていることもあります。ここは好機と反対にとらえるべきでしょう。
「指揮官殿。ガルドン王国も、この危急の時に友好条約に従い支援を行いたいと存じます!」
周りへと指示を出している一番高貴だと思われる男性に声をかけると、一瞬驚いた顔となり、渋い顔で頷いてくれる。
「埠頭から引き離しているが、それでも多くが残っている。そちらへの援軍をお願いいたそう!」
「承知しました! ガルドン王国の精鋭の力をご覧あれ!」
私の配下で戦闘ができるのは70名程になる。意気軒昂と堂々たる態度で剣を掲げると、部下へと告げる。
「この一戦での活躍は千金の価値があります。報奨もたっぷりと約束しましょう。私についてきなさい!」
「やれやれ、たしかにどうせ窮地であらならば、活躍をした方がマシですな。ついていきますぞ王女!」
「我らも続きますぞ!」
オルケが諦めたように苦笑をしつつも剣を抜き、まわりの部下も咆哮をあげて埠頭へと降りるのであった。
◇
埠頭はまだ建設されたばかりで、石畳も真新しく立ち並ぶ倉庫群も傷一つなく綺麗な新築であった。
だが今はスキュラたちが埠頭にへばりつき、よじ登ってきており、倉庫は叩き壊されて瓦礫となり、石畳も汚れてしまっていた。
迫るスキュラの前に立ちはだかるのは、ストーンゴーレムの軍団だ。
ストーンゴーレムたちは怪力と高い耐久力を誇り、大きな体格を持つ代わりに動きは鈍いが、攻撃となると締めつけと狼の噛みつきであるスキュラとの戦闘には相性が良い。
狼の噛みつきでは石製の身体にはヒビ一つ入らないし、脚による締めつけも、呼吸をすることも、内臓がなく芯まで石であるストーンゴーレムには効果は薄い。
なので100体のストーンゴーレムはその力でスキュラを殴り、脚を踏み砕き、一体で数体と互角に渡り合っていた。
そして、雷の体を持つイタチのような魔物である雷獣がちょろちょろと走り回り、電撃を発してスキュラを焼いていく。
その周辺には魔法戦士たちが剣を構えて、スキュラを牽制しており、侵攻を防いでいた。
石畳を駆けながら、私たちは埠頭に辿り着き、周囲を見渡す。
「レーナ・オル・ガルドンです! 援軍に参りました!」
わたしの声に、スキュラと対峙している一際立派な鎧を着ていた男性が振り返る。
「なら、あそこの周辺で建物を破壊している敵と戦って欲しい。召喚士を5人と錬金術士を1人つけよう。連携してスキュラを倒してくれ!」
「わかりました! それではご武運を!」
「お互いにな!」
笑いながら炎をエンチャントした剣で、隊長らしき男性は戦闘を再開した。私たちの元へと足早に魔法使いが6人合流してくる。
「私たちは雷獣使いです。錬金術士により支援魔法をかけてもらいつつ、雷獣にて攻撃します。姫様たちは牽制をして頂ければと存じます」
「あら? 私たちは牽制ですか? ですが私たちも腕に覚えはありますので、牽制だけではなく倒してしまっても構わないのでしょう?」
ニコリと微笑みながらも、私は好戦的な光を宿らせる。魔法使いはいつもそうだが、自分達が攻撃の要だと考えている節がある。だが、牽制だけで来たのではガルドン王国の名がすたるというものです。
召喚士は私の言葉に一瞬顔をしかめて不満そうにするが、それでも私が他国の王女という立場だからだろう。渋々といった感じで頷く。
「わかりました。今回はポーションがないので気をつけてください。では、参りましょう。極力トドメだ! とか言って勝利を確信して突撃しないようにお願いします。本当に隙がある時だけ、強力な攻撃をお願いします。あとはやったか! も言わないでください」
「ありがとうございます、召喚士殿。我々の魔技をお見せしましょう!」
そう答えると、指示のあった場所へと急ぐ。段々と心が高揚してきて、マナで強化された体が熱くなっていく。
「姫、絶対に冷静に! 視野狭窄にならないように!」
「わかっています、オルケ!」
埠頭脇を走り抜け、隣を走るオルケへと不敵な笑みで返す。建てたばかりの宿舎らしき物をスキュラが脚で破壊している現場に到着する。
「チキショー! 酒場になるはずだったのに! やれ雷獣!」
「キュイッ!」
『雷槍』
悲痛の声をあげて、召喚士が雷獣に命令を出す。雷獣が体をブルりと震わすと、閃光が奔り雷の槍がその身体の前に生み出されて、酒場にしがみついているスキュラに命中した。
「キェェェ!」
老婆のような声音で苦しむスキュラ。雷により脚が焦げて、スキュラが焼ける臭いが漂う。
だが一撃で倒せるほどスキュラは甘くない。
「隙ありですっ!」
ヒュウと息を吸い、マナを手のひらで整える。魔法構成を意識して思念をマナに送り込むと剣を振り上げる。剣は凍れる吹雪を纏い始め、低温により吐く息が白くなる。
『凍れる刃』
私の剣に牙のような形の氷を纏わせて、スキュラの体へと全力で魔技を叩き込むのであった。




