3話 島を作ろう
夕方の海を見るのが僕は好きだ。オレンジ色の夕陽が海を染めて、さざ波の波音が眠けを誘う。砂浜も昼の暑さが薄れてきて段々と涼しくなってきている。
ぺたりと座り、脚を伸ばしてぼんやりとするのが一番好きだ。潮風が銀の髪を靡かせて、自然と口が綻んでしまう。
あれからお腹いっぱいにハンバーガーを食べて、眠くなったから浜辺に一休みに来たんだよね。
ちょっと今は皆もいるので騒がしいけどさ。酒場のことが他の人たちにバレて、ちょっとした争いになったのだ。今はラス1のハンバーガーを誰が食べるか、試合で決めようと戦ってます。
いつもの光景だから、気にしないで僕はふわぁと欠伸をした。
「僕、この景色が大好きなんです」
「そのセリフを口にするには、まだ好感度が足りませんね。バッドエンドです」
隣で漫画を読みふけるルフさんがなんか酷いことを言ってきた。意味はわからないけど、なんか失敗しちゃったみたい。
ルフさんは微かに溜息を吐くと、読んでいた漫画を置く。
「どうして皆さんが酒場を見ても、驚かないのか理解できました。『地球』のことを知っていたんですね」
「うん。僕たちの住む島『ルルイエ』では、12歳になったら、島の中心にある『神の柱』に触る成人の儀があるんです。そして触ると人智を超えた能力が手に入るんだ。そこで手に入れた『漫画召喚』で知ったんだよ」
「漫画を召喚して、皆が読んだのですね」
「うん。僕のひいひいひいおじいちゃんの時代から漫画は伝えられてきたんだ」
「納得しました。本当は『な、何だこりゃ! 絵が動いてるぞ!』とか『す、凄えぞ、ハンバーガーとかいう食いもん!』とか、皆さんは驚き感動して涙を流す予定だったのです」
ルフさんは、何かを持ったふりをして、カクカク口を動かして、ズズーと声に出して頬を窄めると、目を剥いてジャンプした。
ちらりと僕の反応を見て、困った顔になる。
僕もルフさんの反応を見て、困った顔になる。今は何をしたんだろう?
「今のはハンバーガーを食べて感激し、オレンジジュースの美味しさに飛び上がって驚く現地住民です」
「へー、なんか不気味でしかなかったよ」
うん、さっぱりわからなかったや。あれでわかる人いるのかなぁ。
「意外と歯に衣を着せぬ方ですね。本当はドヤァとなる予定だったんです。でもこれを読んでいたのならば驚きませんか……」
なんか肩を落としてがっかりしてる。えっと答えたほうが良いよね?
「皆はいつか『日本』に辿り着けることを期待しているんだ。ご馳走をたくさん食べて、修行だけができる『日本』をね」
「あぁ………この漫画を見て?」
「うん!」
『漫画召喚』で召喚された漫画。もうボロボロな物もあるし、絵も掠れてもいるのが多い。でも、僕たちの大切な道標なんだ。
僕たちの先祖から目指すのは唯ただ一つ。『日本』に行くこと。そのためにも昔から皆は頑張っている。楽しいからということもあるけど。
「『ドラゴンスフィア』、『魔界闘士ペガッソ』、『美味しんガール』に、『ミス味幼女』……これを見てきたんですか?」
「うん。いつかは船をと思うけど、この島の木は成長は早い代わりに柔らかいし細いから木の小舟が限界なんだよ。『日本』では寝ているか遊んでいれば美味しいご馳走が食べられるんだよね? 絶対に行きたい!」
理想の世界だ。毎日修行して、敵と戦って、ご馳走をたくさん食べて暮らす。最高だ!
今も毎日修行してるし、魔物と戦っているけど、ご飯がないんだよね………。
「僕の島は貧乏でさ。食べ物もほとんどお魚だし、椰子の実やバナナもあんまり採れないんだ……」
皆はいつもお腹を空かせている。なんとか生きる分は確保できるけど、修行をしていても最近はお腹が空いて全力で修行できないんだよね。
「畑を作っているではありませんか」
浜辺に来る前に畑を見たルフさんは、不思議そうにするが、あそこは村人全体を養うほどに大きくない。猫の額ほどしかないってやつ。猫を本以外で見たことないけど。
「あの畑はあんまり作物は育たたないし、すぐに枯れちゃう。潮風が土を駄目にしているか、修行に夢中になって放置したからか原因はわからない……」
「ツッコんでほしいのか迷うところですが、潮風が土を駄目にするのは知っているのですね。……もしかして教育を受けています?」
僕の言葉の端から、ルフさんは何か違和感を感じたみたい。僅かに目を細めて僕を見てくる。
「うん。昔『転生者』っていうスキルを持ったご先祖がいて、教育の大切さを教えてくれたんだよ」
「転生者はスキルではありません。それなら通貨の概念とかは知っているんですね?」
「うん。国語、社会、数学、理科、共通語を習ったんだ。通貨は円とドル。1円でもり蕎麦4杯頼めます」
「最後が英語ではないうえに、日本の知識じゃないですか」
ふふふと、僕は少しだけ得意げになっちゃう。ご先祖様は素晴らしかった。なにせ教育の大切さを皆に教えてくれたんだから。
「僕たちみたいな少数民族は黒船が来航すると、植民地支配とかにされちゃうんだよ。だから、『日本』に行く気がない人でも、黒船が来ても戦えるようにも教育を受けて、修行してるんだ」
黒船って怖いらしい。だってたった一隻で江戸幕府を倒しちゃうんだもん。きっと僕たちの島なんか一撃で跡形もなく消滅させる力を持っているに違いない。
僕も家族やシュリたちを守るためにも、いつか来る黒船に対抗するためにも、修行は欠かさないんだ。
「黒船は怖いけど、強くなって、修行修行と言ってれば働かなくても住む日本にいつか行ければいいなぁ。料理が上手くなれば同じように働かなくても済むみたいだけど、ここは料理ができるほど良い環境じゃないしね」
「……たしかにこの漫画では働いたり、お金を稼ぐ描写がほとんどない……。戦っているか、料理勝負をしているか、美味しいものを食べているだけ……。納得しました。したくはありませんが、納得しました」
とっても疲れた感じで、深く溜息を吐くルフさん。何かよくわからないけど、良かった良かった。
ルフさんは、頭を振ると深呼吸をして、顔を引き締めると、パァンと両手で自分の頬を叩いた。そうして、びっくりする僕へと、にこやかな笑みを向けて人差し指でちょんと額をつついてきた。
「では、レッスンワン。まずはお金を稼ぐためにも基本的な施設を設置しましょう。ゲームを立ち上げてください」
わかったよと、僕はコントローラーを取りだして、ピピッと起動させる。すぐに画面が出てきたので、ルフさんの言うとおりにポチポチと押す。
フヨンと画面が開いて、今の状態とかいうのを映し出された。島の全体像がわかるマップというのが表示されたけど、本物みたいだ。
『ルルイエ島』
資金99500TP
多種鉱石埋蔵量0
レベル0/0
土壌レベル0/0
魔汚染レベル0/999
人口508人
設置施設
酒場レベル1
ほへぇ〜、なんかかっこいい。僕の島なんだね! 目をキラキラと輝かせて、マップを操作していく。基本的な操作はもうマスターしたから、大丈夫。
マップの拡大縮小を繰り返すと、一本の木までよく見れる。もうこの島ではほとんど姿を見ないキラーラビットが草むらに隠れているのもよく見える。
僕がカチャカチャと操作している後ろでは、ムンクの叫びみたいな姿となったルフさんが画面をまじまじと見ていたけど。
「ぎょえー! な、なんで鉱物資源も何もないんですか! 土壌レベル0! 何も育成できない! 限界レベルも0! しかも魔汚染レベルが999。0ということは浄化は終わっているようですが……。こ、この土地は普通ではありません……呪われています!」
「あの、その島に僕たちは住んでるんですけど?」
ちょっと酷い言い方じゃないかなぁ。普通に暮らしてるよ? ご飯は全然足りないけど。
「土壌レベル0だと、まったく作物が育たないのですよ。イージーモードなのに! え、この島でどうやって生きてるんですか? ……あぁ、答えなくて大丈夫です。だいたい想像できるので」
とっても失礼なルフさんだが、その顔は驚愕から妖しさを魅せる笑顔に変わっていた。人差し指を画面につけると、すすっとカーソルを移動させる。ルフさんも画面を操作できるんだ。
「パーフェクトパックで良かったですよ、閣下。ダウンロードコンテンツも入っていますから……あった、これですね」
ピピッと画面が切り替わると、真っ黒になって文字だけ表示される。
『パーフェクトパックコンテンツにようこそ』
『楽園島の創造』
『精霊艦隊設立』
『豊作の加護』
『将軍スカウト』
『装備各種』
『水着セット』
………etc
他にも色々と表示されているが、ルフさんは慣れた様子でピピッと人差し指をタッチする。
「これでは、島の環境が酷すぎてまったく国作りをすることができません。ヘルモードよりも酷いので、……この楽園島を創造します。ルルイエの隣で良いですよね」
ルフさんが『楽園島の創造』を選択する。えっと……僕がやってみたいんだけど……。僕の訴える視線を無視して、ルフさんは容赦なくタッチした。
画面から眩いほどの閃光が輝く。僕の身体から光の柱が生まれると空へと昇っていき、途中で曲がると少し沖に落下していく。
うわわわと慌てる僕。なんで僕の身体が光るの!
浜辺で、ラス1のハンバーガーの所有権を求めて戦っていた人たちも驚いて、拳を止めて光の落ちた地点へと顔を向ける。
『ルフ島』
資金9億9950万TP
多種鉱石埋蔵量99999999
レベル1/999
土壌レベル1/999
魔汚染レベル100/100
人口1000人
設置施設
なし
画面が映し出されたが、島の名前がルフさんのものだった。見方がいまいちわからないけど……人口1000人?
「み、見ろ! 島が現れたぞ!」
「ほ、本当だ。何もなかったはずなのに!」
「でかい。俺たちの島よりも大きい」
「ハンバーガーいただきまーす」
皆が信じられない光景に騒がしくなる。光がおさまると、そこには島が忽然と姿を現していた。植生も違うのか熱帯雨林ではない、見たこともない森林だ。
「本当はこの島で兵力を整えるまで発展させてから作る予定だったのです。ですが、まったくこれっぽっちもこの島には期待できませんので作りました」
「兵力を整えるまで?」
「はい、この島はある程度自分の島を発展させてから作るボーナスダウンロードコンテンツなのですよ閣下。島には『島の主』がいますからね」
こめかみをぐりぐりとして、困った顔になり溜息を吐く。肩も落としてとってもがっかりしているので、慰めたほうがいいかな。
「ですが、これは緊急事態です。『島の主』を兵もないのに倒すのは不可能。ですので、あの島から作物などを隠れながら採取して稼ぎます。数年はゆっくりゆっくりと発展させましょう。悪魔モードよりも厳しいモード………ですので」
「えっとすいません。『島の主』?」
「魔汚染がカンストすると現れる強敵ですね。楽園島の主は……あれです」
深刻そうな顔で、ルフさんは島を指差す。島の山の麓付近に、森林よりも何倍も大きななにかが動いているのが、なんとか見えた。
「あれは?」
まるで水晶を削ったかのような身体の巨人だった。その青い装甲は夕方の薄闇の中で威容を見せており、木々をなぎ倒して歩いていた。
「『マナタイトゴーレム』です。あれはレベル100の強敵。生半可な攻撃では傷もつかない硬い身体と、山をも崩す怪力、胸の魔法宝石から放つ『マナブラスト』は戦車を一撃で粉砕します。しかもこの島の魔物は全てゴーレム系。倒すのには大変な苦労がいるでしょう」
凛々しくルフさんは敵の正体を説明してくれる。これが秘書さんというものだと心強くなり、エヘヘと笑みになっちゃう。
「分かりました。それじゃ、隠れながら採取とかをしていけば良いんですね」
「はい、そのとおりです、閣下。数年、もしかしたら10年はかかってしまうかもしれませんが、我慢しましょう」
残念ですがと、ルフさんは言ってくるので、コクリと頷き返し、人差し指をマナタイトゴーレムへと向ける。
「僕はわかったんですが、父さんたちはどうしましょう?」
指差す先には父さんたちがいた。海を駆け抜け、森林へと向かい、早くも島に辿り着いている人もいた。
「ヒャッハー! 敵だぞ!」
「襲いかかってくる敵は良い敵だ〜っ!」
「逃げる敵も良い敵だ〜っ!」
心底楽しそうな皆である。僕も戦いに行って良いかなぁ。