24話 窮地の王族
ガルドン王国の執務室は重苦しい空気が漂っていた。その空気を感じて抜け出したいとレーナは思うが、それは無理であろうことも理解していた。
「これを見てみよ、我が子たちよ」
国王が重々しい声音で、デスクに置かれているガラスの酒瓶、胡椒、真っ白な砂糖へと顔を向けながら言う。
ゴライアス、スルドル、レーナはその様子に気まずそうにしながら、形だけ目を向けてみる。価値はとっくに知っているため、注視することはない。
「これらの価値が理解できると良いのだが? 塩や炭、エールではないのだぞ?」
「既に他国の大使も面会を求めておりますゆえ、その価値が計り知れないものだとは理解しております」
商人ではなく、他国の大使がこれらの品を欲しがっているということです。これは極めて珍しいことであり、我が国にとっては良いことであった。
そのことを代表でスルドルお兄様が答えると、お父様はデスクが壊れんばかりに強く叩く。
バンと強い音がして、頑丈な魔木製のデスクがギシギシと軋み、ヒビが入っている。
「わかっておらぬ! これは品物だけの問題ではないのだ。ルルイエ王国を調べたが誰もその国の所在も名前も知らなんだ。ということは新たなる大陸から来た可能性もある。新たなる大航海時代が始まるかもしれぬのだ!」
お父様の顔は真っ赤で激怒していた。ハァハァと息を荒げて、怒りに満ちた表情で、初めて見る姿であった。
「だからこそ、ルルイエ王国は歓迎をして友好を深める場合だというのに……レーナッ!」
「は、はいっ」
怒声を浴びて、私は背筋をピンと伸ばす。今まで怒られてきた雰囲気とは全く違います。有り体にいえば怖いです。
「なぜ、あちらの王太子を迎えたとすぐに報告に来なかった? 一人で出迎えて、東屋程度でお茶を出すだけなどと……相手を愚弄する行為だ。そうではないか?」
「王子ではないかとは思っていましたが、確信はありませんでしたし、相手も立場を隠していたかったようなので………」
「城に招待した時点で、その言い訳は通用しないのだ。そのような扱いをするなら、外で歓待するべきだった。城で歓待するなら、相手の立場をしっかりと確認するべきだったのだ、馬鹿者がっ!」
「申し訳ありません、お父様」
いつもは穏やかなお父様が激怒している姿に、悲しくなり頭を深々と下げる。
たしかにお父様の言うとおりだった。貴族も他国の者もこの話を聞けば、他国の王太子に対してなんという軽い扱いをと呆れるだろうし、これ幸いとガルドン王族ではなく、是非に私共に歓迎させてくださいとヨグ様に接触するだろう。
王太子と知って、慌てて報告しに来たのだけど遅すぎる報告でした。自分の幼稚な考えに強く後悔し、お父様たちに迷惑をかけてしまい哀しくなる。
「そうだ、レーナッ、貴様が馬鹿げた子供じみたことをしたお陰で、我らは窮地にある。全くたかが船長を俺に歓迎させて、王太子を隠れて歓待などしようとするからだっ!」
ゴライアスお兄様がお父様の言葉に乗って私を罵るが、お父様は私へと向けた怒り以上の視線をゴライアスお兄様に向ける。
その肩はぶるぶると震えており、殺気が宿っているかのようだ。
「愚か者は貴様もだっ、ゴライアス! 全て聞いたぞ、貴様は風の騎士団の例の奴らを使って船員を拉致しようとしたらしいな。相手の航路を聞くために!」
「そ、それは相手が王太子だとは思わなかったわけで……。ただの船員であればうまく行ったのです、父上。新たなる航路が見つかれば元は充分にとれたかと」
「ググッ………貴様のやったことは、レーナよりも遥かにまずい……。それなのに、その程度の言い訳しかできぬとは……貴様の頭は空っぽなのか?」
まずいことを聞かれたと、慌てて言い訳をするゴライアスお兄様だが、その言い訳は火に油を注ぐだけに終わった。お父様は憤怒を超えて、興奮しすぎて倒れそうだ。
風の騎士団による襲撃事件を報告した時は、お父様はさすがにそんな馬鹿なことはするまいと取り合ってもらえずに信じなかったが、お兄様に問いただすとあっさりと私がやりましたと答えたのである。
しかも悪びれもせずに、ケロリとした平然な顔で。
ゴライアスお兄様は船員を襲撃したことに罪悪感も危機感もなかったのだ。その姿は今まで擁護してきたお父様でも言葉を失う程に衝撃的なものであり、頭を抱えて激怒するに充分だった。
私もまさかここまで馬鹿だとは考えていなかった。国王は清濁合わせ飲む能力が必要だが、それは罪悪感や良心を捨てろというものではないし、国のために行動するにしても、今後どうなるか想像する能力は必要だった。
「父上……ゴライアス兄さんは側近に唆されたのでは? ゴライアス兄さんにしては行動が早すぎます」
仲の悪いはずのスルドルお兄様も顔を青褪めて珍しくゴライアスお兄様のフォローをする。だが、お父様はスルドルお兄様をジロリと一瞥するだけに終わる。
「そうなのか、ゴライアス?」
「! そ、そのとおりです、父上。私は側近の献策を採用しただけでして、私自身がそのようなことを考えるはずもありません」
「………そうか。その側近の名前は後で報告せよ。恐らくは裏があるだろうからな」
自分の責任にならないようにと、嬉しそうに口を歪めて責任転嫁をしようとするゴライアスお兄様に、目頭を押さえてお父様は椅子に深く座り直す。
スルドルお兄様が微かにため息をつき、私もゴライアスお兄様がここ迄愚か者であったのかと、戦慄してしまう。
このような馬鹿げた策を了承するゴライアスお兄様は傀儡にぴったりだ。そして、側近がアホかというと………。貴族派が王権の低下を目指しての提案か、それとも他国と組んで、ルルイエ王国との貿易を妨害させようとしているか……。どう考えてもまずい状況である。
お父様は怒る気力も失ったのだろう。怒りが限界を超えて反対に冷静な表情となった。
「この件は儂がなんとかする。ゴライアス、貴様は夜の歓迎パーティーの準備をするように。国庫が空っぽになっても構わぬから、近年には見ない豪華絢爛なパーティーにするように」
「おぉ、さすがは父上。ありがとうございます、では私はすぐにパーティーの支度に向かいます。愚かな妹とは違い、これぞ我が国の力と思わせる素晴らしいパーティーにしてみますぞ」
パッと笑顔になると、お兄様は安堵の表情となり嵐は過ぎたと嬉しそうにドスドスと足音を立てて去ってしまった。
許されたと思っているのでしょうか……思っているのでしょう。ゴライアスお兄様……残念すぎます……。
扉が閉まり、ゴライアスお兄様が去ったのを見て、お父様は頭を抱えてしまう。
「ここまでゴライアスが愚か者であるとは……。信じ難いことだ」
「父上……どうしましょうか?」
スルドルお兄様が落ち込んだ雰囲気で話しかける。お父様は頭をあげて、自暴自棄になったかのように口元を歪める。
「今の我が国は未曾有の不景気だ。ゴライアスを王太子から外すのと、擁立したままで終えるのはどちらが良いと思う?」
「……今は無理でしょう。我が国はゴライアス兄さんを王太子とする体制で進んでいました。ここで王太子を私に変更するのは混乱を巻き起こすだけです」
「国を建て直した後に、ゴライアスを王太子から廃するか……。だが、そのためには金が必要である。ルルイエ王国との貿易は必須ということになるな。しかし、そのためにはゴライアスが邪魔となる……鶏が先か卵が先か……堂々巡りだ」
「ですね、困ったことになりました。私も王太子にはなりたくありませんし」
「スルドルお兄様は王太子になりたいのではないのですか!」
二人が困った顔になり、私はスルドルお兄様の発言に驚いてしまう。今まで仲が悪かったのは王の座を求めていたからではないのだろうか?
だがスルドルお兄様は、私を見て悲しげに目を細める。
「そんな訳はないだろう。僕までゴライアス兄さん寄りになったら、文官も後に続くだろう? そうなるとあのアホな兄さんは国を好き勝手にするだろうからね。だからこそ僕は文官に強い影響力を持った目の上のたんこぶとして存在していたのだ」
お父様はスルドルお兄様の言葉に驚く様子はない。どうやらとっくに知っていたらしい。
「あぁ………たしかにそのとおりですね」
物事の表面しか見ていなかったと、私の頬は羞恥で染まる。子供だったのは私だけだったということだったんですね。
「なにより王としてゴライアス兄さんは見た目が相応しいし、王の仕事など面倒くさい。王と王の弟では立場が全く違うのだ。気軽に料理も食べられるし、外に遊びにもいけるしな」
「たしかに……スルドルお兄様では悪いイメージを与えるでしょう。その狐目のところが特に」
武を尊ぶのが今の国々だ。いかにも猛将といったゴライアスお兄様は受けがよく、狐目の痩せぎすなスルドルお兄様は侮られる可能性もあるし、良いイメージもあたえない。
「正直な答えだな。否定はしないが、これからどうしましょうか?」
私の発言に苦笑をするスルドルお兄様がお父様へと向き直る。
「相手の条件をできるだけ飲み込むしかあるまい。腕の立つスリの集団などいるはずがないからな、すぐに裏に気づくに違いない。捕まった者たちは国境地帯へと移動させろ。団長の息子も合わせてな」
「畏まりました。せめて騎士団を使わなければ良かったのですがね」
「それにレーナ。お前も覚悟をしておくように。東屋にてお茶会で歓迎したのは、二人で会いたかったための、少女の暴走だという噂を流しておく」
「わかりました。そのように行動をとりたいと思います」
お父様の言うことがわからないほどに初心ではない。……それにヨグ様なら説得力はある。
それに将来的にも良い提案なのかもしれない。
「では皆の者。今日の歓迎会ではいつも以上に気をつけるように。失敗したら国が滅ぶと考えよ」
「わかりました」
「畏まりました」
私たちも頭を下げて、会議は終わるのであった。
……ゴライアスお兄様をこの時謹慎させなかったことを、後に心底後悔することになるのだが、その時の私たちはわからなかったのである。




