20話 チンピラたちを倒そう
さっきまでとチンピラたちがまったく雰囲気が違うことを肌で感じる。ピリピリとした危険な空気が空き地に広がり、僕とシュリは真剣な顔で敵の様子を観察する。
「これがチンピラたち……。シュリ、僕のそばにきて」
「むぅ………わかったわっ!」
少し不満そうな顔になるが、シュリは素直に僕の横に来てくれた。アイコンタクトにて、まずは僕が敵の力を測ると伝える。こいつらのマナというものを見ておきたい。チンピラがどれくらいの力なのかで、この国の最低限の力がわかるもんね。
僕らが倒したはずのチンピラたちも、先程の痛みがなくなったのか、青白いオーラを宿して立ち上がると、僕らを鋭い目つきで睨んできた。
「かかれっ、最早手加減は無用だ!」
リーダーらしき男が叫ぶと同時に、チンピラたちが走り出す。
僕は敵の様子を冷静に観察する。
チンピラが一歩踏み出す。先程と同じ歩幅だ。
二歩目。脚にまとわりつく青白いオーラの色が濃くなり、その歩幅が二倍程に変わった。
異常な加速を始める三歩目。飛ぶかのように歩幅が大きく広がった。
そして間合いを詰めてきた四歩目。三歩目と同じ歩幅。
加速性能はこれが限界らしい。周囲のチンピラもだいたい同じ速さだ。
「ふんっ!」
僕の顔を狙って、チンピラが右拳を振りかぶり、打ち貫くようにストレートを繰り出してきた。先程のジャブよりも遥かに速く、そして威力は比べ物にならない。
チンピラが踏み込んだ石畳にヒビが入り、凶悪なる拳が迫る。
「ヒュッ」
鋭く呼気を吐き、僕は敵の懐へと飛び込むと、ストレートをかい潜り、ゼロ距離にすると肘を鳩尾へと放つ。
ジャブならともかく、挙動の大きいストレートは威力があっても当たることはない。カウンターでの一撃はミシリと骨にヒビを与える音を立てるが、予想よりもチンピラの身体が硬い。身体能力を跳ね上げて、頑丈さも手に入れてるんだね。
苦悶の表情でわずかに体を折り曲げるチンピラの頭を掴むと、膝蹴りを叩き込む。顔を歪めて後ろに下がるので、流れるようにつま先を立てて、突きこむように蹴りを放った。
「ぐはっ」
ドウッと大きな音を立てて倒れ込むチンピラを無視して、バレエダンサーのように支点とする脚をつま先立ちにして、ぐるりと回転して次の敵を相手にする。
仲間が倒されても動揺を見せずに横に回り込んてくると、丸太のように鍛えられた脚で蹴りを放って来ていた。
「ふっ」
鋭く息を吐き、僕は迫る蹴り足に、両手を突き出してタイミングを合わせてつけると、踏み台としてトンと浮かんで、前転をしながら敵の頭上へと踵落としを食らわす。
反動を利用して、空中にて横回転からの蹴りをこめかみに打ち込む。白目を剥いてグラリと敵は崩れ落ちる。
「ぬぅりぁぁ」
トンと地面に降りると、三人目は怒声をあげながら、大きく両手を広げて襲いかかってきた。僕はトトンとバックステップをして素早く下がると同時に、空振りとなった敵の両手を掴むと交差するように引っ張る。
勢い余って、タタラを踏んでよろける敵へとピシリと片足を大きく振り上げると、踵落としを頭へと振り下ろす。
さらに身体を回転させてからの追撃の踵落とし。
「グヘ」
ゴスンと大きな音を立てて、敵は地面にうつ伏せに倒れるのであった。
「なっ! 一瞬で三人を!」
動揺するリーダーらしきチンピラさんと他の面々。信じられないと顔を引きつらせている。
うん、だいたいチンピラさんたちの身体能力はわかった。
「魔法を使えっ!」
「はっ! マナよ、夢へと変えよ、優しき温もりを敵に齎せ!」
『眠り』
杖を持ったチンピラが、魔法を使ってくる。僕たちの身体を青白いオーラが一瞬通り過ぎていく。これは魔法だね!
でも無駄だよ。時折深い海底にいる大きな目玉がついたイソギンチャクも同じような光線を放ってきたし、僕たちは状態異常に耐えられるように訓練してるんだ。
「マナよ、敵を打ち倒す光の弾丸となれ!」
『魔法弾』
効かないとわかったのだろう。もう一人が魔法の光弾を撃ち出す。直線上に三、四個の光弾が僕たちへと向かってるので、その軌道上から逃れるべく駆け出す。
だが、光弾は空中で曲がると僕達を追いかけてきた。追尾性能付きなんだ。
「でも、それほど速くはないね!」
停止して、迫る光弾へと立ち向かうことにする。光弾は僕へと迫ってくるが、命中する寸前で体を傾けてステップを踏んで、ぎりぎりで躱す。
一発、二発、三発と、左に避けて、頭を下げ、くるりと回転して、最後の一発は大きく胸を反らしてやり過ごす。
光の弾丸は僕の真横を通り過ぎていき、少しだけカーブをするが、追尾性能はそこまで優秀ではなかったのだろう。空中で霧散してしまった。
「なっ! 絶対命中の『魔法弾』が!」
「隙だらけねっ!」
「し、しまったっ」
僕へと敵の視線が集まった隙を狙って、大きく回り込んで縫うように敵の集団に入り込んだシュリが、手刀を敵の鳩尾に食い込ませて、首を斬るかのように叩いていく。
バタバタと倒れていく仲間を見て、リーダーらしきチンピラが僕とシュリ、どちらに立ち向かうが逡巡する。リーダーの動揺を見て、他の仲間たちも動きを止めて慌ててしまう。
「今度はこっちの番だね!」
シュリへと視線を向けた敵へと、僕も肉薄して掌底を放つ。僕の踏み込みによりドスンと石畳が割れて、敵はマッチ棒が折れるかのように身体を折って倒れ込む。
「お、おのれ、ギャッ」
「こちらの方が身体能力はたかバッ」
「ネズミのようにちょこまかと、ダウッ」
僕らよりも身体能力は高いと敵は対抗しようとするが、最早動揺して動きは鈍い。そして技術は僕らの方が遥かに上だ。
拳を繰り出し、蹴りを出す。棍棒を振り回すが、敵の身体能力を把握した僕らには当たらない。
少しの間、僕らとチンピラたちが交差するように戦って、全てのチンピラたちは地面に倒れ伏すのであった。
「チンピラにしては、なかなかの強さねっ、バービーラットと同じくらいよ」
バービーラットは時折湧く魔物だ。家屋をカリカリと齧るので、島では子供たちが主に倒している。
「そうだね。これがマナの力かぁ。でも、もう一人残ってる」
先程網を投げた家屋の窓へと見上げると、厳しい表情で最後のチンピラが睨んできていた。
「ちっ。まさか全員のされるとはな……情ない部下たちだ」
「シュリ、あの人は僕が相手をするよ。ユニークモンスターみたいな匂いがするし、この人たちとは違った戦闘力を感じるよ」
「それじゃ今回は譲ってあげるわ」
シュリが頷くのを横目で見ると、窓に脚をかけてチンピラはニヤリと威圧するような強面の笑みを浮かべる。
「つまらん仕事だと思ったが、予想よりも面白そうだ!」
ダンと窓から飛び降りて、僕たち目掛けて落ちてくる。
『疾風脚』
落下速度が一気に速くなり、チンピラの脚が翆に輝く。風が吹くかのような速さで蹴りが迫ってきて、僕の眼前まで肉薄する。
「クッ」
腕をクロスさせて防ぐが、その威力を受け止めきれずに、大きく後ろに押されてしまう。ズザザと石畳に砂煙を残して、僕はなんとか倒れないように踏ん張る。
「ふっ、風の魔闘術を見るのは初めてか?」
地面に降り立った男は、自身の優位を誇るように不敵に嗤う。その身体能力はさっきまでのチンピラたちとはレベルが違う。チンピラリーダーと呼ぼう。
「マナレベル2といったところだね」
「ほう? 貴様らの国ではそのような言い方なのか? 最高から二番目というところか、まだ秘奥を見せていないのに、その評価とはな。国のレベルがわかると言うものだ」
馬鹿にしたように嗤うチンピラリーダー。え、下から二番目なんだけど……黙っておこうっと。
「だが、私のマナはまだまだ上がるぞ。むぅん!」
『疾風身体』
緑色のオーラがチンピラリーダーから螺旋を描くように生み出すと、男の髪の毛を風で吹き上げていく。
「ゆくぞっ! 我が疾風の魔技の力を味わえっ」
『疾風拳』
先程までのチンピラたちとは比べ物にならない速さでチンピラリーダーは迫って来ると、クンと拳を握ると打ち込んでくる。
まさに疾風と呼んでも良い速さでチンピラリーダーは連撃を繰り出してくる。その速さは、今の僕では捌ききれない。
突風が何回も通り過ぎていくかのように、僕へと迫って来る。
見えてはいるが、反応ができずに防ぐのが精一杯だ。ガスガスと拳が当たり、身体に響くほどの衝撃が奔っていく。
「ふはは、所詮は子供か。私の相手ではなかったな」
「むぅ……」
哄笑しながら、チンピラリーダーは攻撃を続けてくる。勝利を確信し、余裕の笑みも浮かんできていた。
たしかに反撃する隙がない。予想よりも速い攻撃だもん。
「なかなか頑丈だな! 頑丈さを上げる魔技でも使っているのか? しかし、これで終わりだっ」
さらなる一撃が強くて、僕の体はふわりと浮いて後へと吹き飛ばされる。
間合いをとったチンピラリーダーは腰を僅かに屈めて、スゥと息を吸うと拳に力を溜め始めていく。緑色の風が拳に一気に収束していき、爆発するようなエネルギーが宿る。
「ふふん、私の最大技を見て満足して倒れろっ!」
『疾風爆裂豪拳』
チンピラリーダーが膨大な緑のオーラを宿らせて拳を放つ。その一撃は石畳を捲れ上がらせて、爆風を纏って僕へと迫って来る。
交差した腕に拳は打ち込まれてズシンと強い衝撃波と、爆発するような風刃が僕の服を切り裂いて、束ねていた髪の毛の紐を切る。
まるで嵐の中にいるようだ。これだとまずい。
「服が完全に破れちゃうし、仕方ないよね」
「なに?」
暴風の中で溜息を吐いて、チンピラリーダーでもこんなに強いのかと目を細める。
闘気を練り、身体を活性化させる。指先から足のつま先まで、細胞の一つ一つに眠る生命力を闘気エネルギーへと変換させて、ちょっとだけ本来の力を取り戻す。
もはや敵のパンチは僕にとって、なんらダメージを与えることはなくなり、綿毛よりも威力は軽くなった。
「ていっ!」
「な、ななな!?」
闘気を纏わせて勢い良く防御していた腕を広げる。その反動でチンピラリーダーの拳を弾く。チンピラリーダーがあっさりと自身の拳が弾かれたことに、驚愕の表情となるのが見える。
できるだけ闘気は使いたくなかったけど、チンピラリーダーでもこんなに強いんじゃ使わずをえない。
ほんの一瞬、僅かな闘気を纏わせて、拳を握り込む。
「たぁっ!」
『闘気拳』
「グフゥ」
ズズンとお腹に紅き拳を食い込ませると、バキバキと骨が折れる音が響く。大きく目を見開いて、ガクガクと身体を震わせると、チンピラリーダーはぐるりと白目を剥いて倒れるのであった。
「ふぅ……この人たちはかなり強かったよ」
「そうね。これが世界の広さというわけねっ」
僕はもう少し強いと思ってたんだけど、やっぱり世界は広かった。ご先祖様の言うとおり、慢心はだめだね。きっとこの世界の兵士は僕よりも強いに違いない。
とはいえ、チンピラ軍団は倒したから良しとしよう。こういう場合はどうするんだっけ? 警察に持ち込めば良いのかな?
倒れたチンピラたちを見て、どうしようかなと考えると
「くくく、やるじゃないか。彼はそれでも指折りの腕を持ってるんだけどね。まぁ、仕方ない、この僕が相手をブゲッ」
『闘気弾』
網からようやく出てきた子供の顔に闘気弾を食らわせておく。怪我をしないように手加減をしたから、一瞬で意識を刈り取られる程度で倒れ込む。
なんか言っていたけど、もうチンピラたちの力は見れたからいいや。
この国の警察署はどこにあるんだろう? 探さないとね。




