2話 酒場を作ろう
僕は胸がたかなりワクワクとしちゃっていた。ゲームってなんだろう? 楽しい遊びなのかな?
「たぶん、父さんの経験からいくと、スタートボタンをもう一度押すと、おっさんが出てくるんだ。そしてキノコとかを踏みながら、時間内に先に先に進むとクリアだな。ボスはキングタートルみたいなやつだった」
「何かその説明だとつまらなそうね」
常に余計な一言を口にしちゃう幼馴染。
「やってみると面白いんだよ! ほら、さっさとボタンを押してみろ。ちなみにこれは絵じゃなくて画面な。『日本人』のスキルを手に入れた隣の隣の家のひい爺さんが昔教えてくれたんだ」
ドヤ顔で父さんが説明してくれる。ほへぇ〜、そんなに面白いのか。
『注意事項:パーフェクトパックのため、完全なる世界となります。止めることができないので、始める際にはご注意ください』
『ゲームを始めますか?』
『はい✕・いいえ○』
「父さん、これは?」
「うう〜ん……とりあえず、✕ボタンを押してけ。はいにしろ、はいに。とにかくボタンを押してけば大丈夫だ」
「はぁい」
父さんも戸惑っているが、それでもすぐに決断してくれる頼もしさを見せてくれる。それなら✕と。
『難易度を選んでください』
『無限モード:資金が無限の雑魚モード』
『イージー:資金が10億の初心者モード』
『ノーマル:資金が1億の経験者モード』
『ハード:資金が5千万のゲーマーモード』
『悪魔モード:資金が一千万のサバイバルモード』
何か色々な選択肢が出た! どれを選べば良いんだろ?
「うう〜ん、父さんの遊んだゲームと違うなぁ。まぁ、ヨグが選べば良いんじゃないか?」
父さんは想像と違ったのか困っていた。頼りになりそうにないなぁ。
「そうなの? でもどれを選ぼうかなぁ」
「悪魔モードにしましょうよ、なにか面白そうよっ!」
僕の背中にぴったりとくっついてきて、シュリが首に手を回してくる。頬をこすりつけてくるので、その暖かさに少し照れてしまう。
でも、彼女が選ぶ選択って、いつも失敗ばかりなんだよね。この間も爆弾真珠の赤真珠か青真珠かで間違えた色の真珠を選んでいたし。
でも、勘だけど無限は面白くなさそうなんだよね。雑魚とか表示されているし。
となると、選ぶのはこれだ。
「イージーモードをポチッと」
『イージーモードを本当に選択しますか?』
『はい・いいえ』
はいを選択する。
『始まったら、メガロポリスに育てるまで終わることはできません。よろしいですか?』
『はい・いいえ』
もう一度はいっと。
『イージーモードで始めます』
『パーフェクトパックのため、すべてのコンテンツをダウンロード中………』
『ダウンロード終了しました』
『アースワールドⅦにようこそ!』
ジャッジャーンと大きな音がまたして、今度は驚くことなく、キュッとコントローラーを握りしめる。
驚いたシュリがキュッと首を締めてくる。とっても苦しい。
でも、画面が切り替わり、文字がたくさん表示される。
『チュートリアルにようこそ』
チュートリアルにようこそ? なんだろ?
「チュートリアルにようこそ、です。閣下」
「なっ!」
後ろから突然声が聞こえてきて、僕はシュリを素早く抱えて席から立つ。皆も一瞬の間に部屋の隅っこに移動して身構えていた。
そこには女性が立っていた。鋭い目つきで油断のならない雰囲気の金髪金目の美女さんだ。スラリとしたスタイルで、ピシリと背筋を伸ばして、シワ一つないスーツを着込んで立っている姿はかっこいい感じがする。
うちの村で見たことはもちろんない。なにせ500人の小さな村だ。
「俺に気配を感じさせないとは………何者だ、お前?」
楽しそうに父さんが獣のような笑みになる。他の面々も変わらず嬉しそうだ。強者大好きな一家なのだ。
シュリだけは、なぜか顔を真っ赤にして、僕にしがみついているのが珍しいなぁ。
おっと、離さないと。……離れないよ?
「危ない敵だと怖いでしょ。だからあたしを守るのっ! ほら、胸の辺りが怪しいわっ!」
「えぇ〜。シュリだって……まぁ、いいや」
口答えすると危険な未来が見えたので、抱えたままにしておく。たしかにスタイルがとても良い人だ。シュリもこれから成長するよ。おばさんに似れば……駄目か。
美女さんは、僕たちを見渡して、微かに赤い唇を可憐な笑みに変えると、僕へと向いてビシッとした礼をしてきてくれた。
「お初にお目にかかります、閣下。自分の名前はルフ。閣下の秘書としてこれからはお手伝いを致します」
「はぁ、えぇとルフさん?」
おどおどして尋ねると、にこやかな笑みでルフさんは返してくれる。
「はい、ルフと申します。この度は『アースワールドⅦ〜パーフェクトパック』をお買い上げありがとうございます」
「あ、ど、どうも。僕の名前はヨグ。『ルルイエ』の村長であるラルの次男、トルス家のヨグです。買った訳ではないですが、神様から貰いました?」
「買ったのは間違いありません。まぁ、それはどうでも良いことでしょう。皆様は警戒なさっておりますが、自分はヨグ閣下に召喚された存在です。いつ如何なる時でも閣下の支えになるべく創造された存在となります」
創造? 創造だって! 僕が彼女を創造!?
「はい。いついかなる時でも永久にお側に仕えます」
僕が驚いているのに、ルフさんは平然としていて動じた様子はない。
「ヨグ、アンタこんな女を創り出してどうするのよ! 隣の隣の隣のおっさんの『幼妻創造』みたいなことしたんでしょ! このえっち!」
僕が驚いているのに、シュリは激昂して、ワナワナと肩を震わせてぎゅうぎゅうと首を絞めてきた。とっても苦しいんだけど。あのおじさんは手を繫ぐところから始めているから、まだエッチではないよ。
「奥様、大丈夫です。私は求められなければ、自分からは面倒くさいのでアタックはしません。それではお話を続けてもよろしいでしょうか?」
「あたしの名前はシュリ。グラス家の長女よ。あ、少ししたら家の名前は変わるかもだけどねっ! ヨグ、この女性は良い人みたい」
激昂していたのに、ニコニコと嬉しそうに顔を綻ばせるシュリ。こういう場合、どんな対応をすればよいのかなぁ。まぁ、いっか。
「あ、うん。話の腰を折ってごめんなさいルフさん。で、貴方は僕が創造したんですね?」
創造系統のスキルだったのかぁ。かなり珍しいスキルだったんだね。でも、ゲームの説明に人が創造されるとは思わかなったや。
「はい、そのとおりです。では、これから先、『アースワールドⅦ』を楽しんで頂くのですが……。管理画面を見る前に、まずはチュートリアルといきましょう。チュートリアルをやっていけば、段々と『アースワールドⅦ』の楽しみ方も理解するようにできております」
ではではと、ルフさんが胸元からペンを取り出すと、画面をつつく。ピピッと音がして、画面が部屋いっぱいに拡大されて、唖然としてしまう。
「じゃじゃん!」
なんかポーズを取るルフさん。意外とお茶目そう。
『チュートリアル:秘書の歓迎会をするために酒場を作ろう:最初の酒場は維持費無し』
酒場? なにそれ? いや、知識としては知ってるけど……。歓迎会?
放り投げられていたコントローラーを拾い、ルフさんが僕に近づいてきて手渡す。
「えっ、自分の歓迎会をして下さるんですか! ありがとうございます。まさか歓迎会をしてくれるとは思っていませんでした。うぅ……か、感動で涙が。早く酒場を作ってください」
突然感動したと言って、胸元から取り出したハンカチを目頭に押さえて、ルフさんは感激だと身体を震わせていた。
えっと、感動するのが早すぎるんだけど、どうやって使えば良いの? 凄い演技下手ですね?
ハンカチを目頭に押さえながら、チラチラと見てくるルフさん。僕が戸惑っていることに気づき、ササッと近づいてくると、コントローラーに手を添える。
「マップ画面にして頂きます。そして作りたい施設を選んで……そうです、このカーソルを合わせて決定」
なんとなくわかった。このお店マークを選べば良いんだね。で、資金が表示されて………なんかこのマップ、うちの島に見えるや。そっくりに作ってあるのかなぁ。見慣れた泉や山に純白の柱、家並みもおんなじ。それじゃ、僕の家の横に設置しようかな。
『酒場:50万TP』
僕の資金は10億TPと書いてあるから、たっぷり資金はあるみたい。
『酒場を建てますか?』
「イージーモードの場合は建築時間がゼロになります」
耳元にルフさんが囁いてくれる。
「わかりました。それじゃ、ていっ」
ポチリとボタンを押すと、ポコンとうちの隣に酒場が建てられた。おぉ、酒場ができたよ!
木の板と椰子の葉を組み合わせて作られた小さなお店だ。お店というか、出店? カウンターしかないし、3人立てば満員だ。
でも何か嬉しい。えへへ、漫画とかでしか見たことのないお店を作っちゃった。
喜んでいると、ドスンと何か重いものが落ちる音が外から聞こえてきた。なんの音?
皆も同じように顔を見合わせて、不思議そうにすると、外へと向かう。僕も後ろからついていく。ヒョイと覗いて目を疑って、こしこしと目を擦ってしまう。
でも、目の前の光景は消えることはなかった。
「……酒場ができてる……」
「なんとまぁ………」
「これは凄いな」
よほどのことがないと驚かない家族も、仰天していた。まぁ、そうだよね。
だって、画面内とまったく同じお店なんだもん。
お店には、サングラスをかけて、アロハシャツを着た小太りのおじさんがいた。僕たちを見るとキランと白い歯を見せて、ニカッと笑ってくる。
「いらっしゃい。うちは維持費ゼロ。一日の食料品50人分が尽きるまでは全部無料だよ」
「ルルイエバーガーとオレンジジュースをください」
僕らが驚きで固まっている中で、ルフさんがいつの間にか注文してた。店長さんがハンバーガーとオレンジジュースを手渡すと、躊躇なくかぶりつく。
ゴクリと喉がなっちゃう………お、美味しそう。知ってはいるけど食べたことのない食べ物だ……。
「あらあら、では私もルルイエバーガーとオレンジジュースをくださいな」
母さんが早くも立ち直って、注文してた。それを見て、僕も走り出す。ハンバーガー食べたい!
「俺もルルイエバーガーとオレンジジュース!」
「僕も同じのを!」
「あたしも!」
押し合いへし合いして注文すると、店長さんはすぐに注文した食べ物を用意してくれた。
温かいパンと中に挟まれているハンバーグ。涎が落ちるけど構わない。
「いっただきまーす!」
パクリと頬張ると、初めて味わうお肉の味!
「おいひいっ」
お肉から肉汁が溢れ出てきて、パンも柔らかくて、トッピングのピクルスもハンバーガーに合っている。レタスもトマトも新鮮で、懸命に頬張る。
ほっぺが落ちるぐらい美味しくて、僕たちは夢中になって食べちゃうのであった。もちろんおかわりだってするつもりだよ。
その様子をルフさんがオレンジジュースを飲みながら見ていて首を傾げる。
「さて、この島はなにやら変です。想定と違う感じですのでヒアリングをしないとですね」
もちろん僕は聞こえたけど、その前にお腹いっぱいに食べちゃいます。