19話 スリを捕まえよう
串焼きを食べ終えて、ちょっと脂まみれの手を気にしながら、スリとやらを追おうとシュリを見る。
「なにか変ね。スリって少しでも遠くに逃げるんじゃないの? あたしは学校でそう習ったわ」
「うん、僕もそう学んだよ。だから少しおかしいね」
気配ははっきりと掴んでいるので、相手の場所はわかっている。闘気は元々生命力を燃やすことで使うエネルギーだ。だから生命力の大きさで相手の場所はわかるわけ。
それによると、なぜか路地付近で立ち止まっている。少しでも遠くに逃げないといけないはずなのに、おかしい話だ。
まぁ、考えても仕方ないよね。とりあえずは追いかけなきゃ。
僕とシュリが市場を駆け抜けて、路地裏に飛び込む。
「あっ、追いかけてきたのか!」
僕らに気づいたスリの子供はようやく逃げ出し始める。なんだろう、追いかけてきたって、待ってたよ、あの子供。
「あからさまにおかしいわよ」
「僕たちがすぐに追いかけてくるとでも思ったんだろうね。でも、追いかけてこなかったから、戸惑っているんだ」
少し足を早めて路地裏を駆けてゆくと、子供は振り向いて僕たちが予想以上に脚が速いのを見て、足を速めていく。
予想以上にその脚は速い。闘気を使った様子もないのに、みるみるうちに僕たちと距離を放していく。不自然な速さだ。なんか、脚に風がまとわりついているように見える。
「それに、あの子供は僕たちに絶対に捕まらない能力もあるみたい。だから囮として選ばれたんだ」
これは罠だと思いながら、暫く走る。えっへん、学校や軍学校では市街戦なども色々訓練したんだよ。
「闘気を使わなくても、ちょっと本気を出せば捕まえられるわよ?」
「うん、でもご先祖様が言ってたろ? 慢心するな、力を隠せって。それにスリの力を見れば、その国の戦力の最低レベルがわかると思うから、ゆっくり行こうよ」
「面倒くさいけど、ヨグのいうことだから聞いてあげるわっ」
路地裏は僕たち二人が並んで走るのが限界の狭さだ。この街の建物は5階建てが多く、背が高いため壁と壁の間には紐がたくさん引かれて、吊るされた洗濯物がはためいている。市場よりも埃っぽく、どこかすえた臭いが鼻につく。住民がちらりと僕たちを見るが、興味はないのか誰も声はかけてこない。
相手はこの道を熟知しているんだろう、迷う様子もなく、曲がり角に入って逃げて行く。僕たちが見失うことがないように、時折速度を緩めている。子供の足だと追いつけないと思ったのかなぁ。
テッテと追いかけていくと、奥まった空き地のある行き止まりが見えてきて、慌てたようにスリは顔をあちこちに彷徨わす。う、ルフさんに見習って欲しい演技力だね。
僕たちも空き地へと入っていくと、スリの子供は慌てたふりをやめて、ヘヘッと悪そうな笑みを浮かべて……。
バサリと空から降ってきた網に捕らわれちゃった。
「ぷは、な、なんだよ、話がチゲーじゃん。なんで俺を捕まえるんだよ!」
網に囚われて、藻掻くスリ。なんとか出ようとしているが、端っこに錘が仕掛けてあり、上手く抜け出せないみたい。
「あ、網が変な場所に飛んで行ったんだよ!」
周りを見渡すと空き地の周りに建てられている建物の窓から、薄汚れた男が顔を出して罵り声をあげていた。どうやら僕たちを捕まえる予定だったようだね。
「錘がついてるのに、こんなに外すなよ、馬鹿野郎!」
「なんか不自然な動きを………ええぃっ、てめえら、出てこいっ!」
男が怒鳴ると、僕らの後ろからバタンバタンと扉が開く音がして、どやどやと大勢の人間の荒々しい足音が聞こえてきた。
「へへっ、囲め、絶対に逃すなよ!」
「おらぁ、そこを動くな!」
「運がなかったな、ガキども!」
僕たちを薄汚れた服装の男たちが取り囲んでヘラヘラと笑いを見せてくる。棍棒を持っている人とか、杖を持った人たちだ。
そうか、この人たちが悪人という奴なのか。初めて見たよ。
「これがチンピラたちってやつね!」
「そうだね。最初から僕たちが目的だったみたい」
囮漁みたいなものなんだろう。子供は囮で食いついたら、本命が姿を現す予定だったんだ。
「へへへ、そのとおりだぜぃ。てめえらに少し用事があってな、手荒いことはしたくねぇからついてきな。な、そこのお嬢ちゃんもよ」
「お嬢ちゃん?」
リーダーらしき体格の良い男が威圧するためだろう。ぺしぺしと手のひらに棍棒を打ち付けて、ヘラヘラと笑う。
「ガキの身体には用はねぇが、てめぇらの知識が欲しいんだ。高く売れるだろうからな。全部の質問に答えれば、痛い目に遭うことなく船に帰れるぜ。だがよう……」
ジロリと僕らを見下すように見てくると、口角を釣り上げる。
「話さなかったら、お嬢ちゃんのようなチビでも好きな奴にめちゃくちゃにされちまうかもなぁ。ゲヒヒヒ」
「あんた、よく女だってわかったわね!」
どことなく嬉しそうにシュリは男へと言う。気づかれたのが嬉しいんだろうね。
「そりゃそうだ! そんな可愛らしい顔で男は無理があるぜ、銀髪の嬢ちゃんよ!」
「そうだ、そうだ! ひと目見てわかったぜ」
「隠しているつもりだったのかよ!」
うひゃひゃと追随の笑いを男の仲間たちが見せる。
「坊主の彼女かぁ? 守れなくて残念だったな! もう少しきたえボギュッ」
そして、男は最後まで口にできずに頭を仰け反り、バタンと倒れ込んだ。
「な、なんだ、何をしやがった? い、石畳?」
チンピラたちが、急に倒れた男へと驚いて見ると、顔に石畳がめり込んでいるのを見て、言葉を失う。陥没していないようだから、まだ生きてるよ、たぶん。
「へぇ……ヨグが嬢ちゃんなのね……」
隣から空気を震わす程の怒気が感じられる。そして、シュリの足元にあった石畳は外されているので、蹴って男にぶつけたのだろう。
シュリを見ると、肩をぷるぷると振るわせて 俯いていた。かなりのショックを受けた模様。夜叉、夜叉がここにいるよ。このままだと怒りに任せて突撃しそう。敵の力が未知数だからシュリが危険だ。
「大丈夫だよ、シュリ。シュリはとっても可愛らしい女の子だもん。時折見せる照れる姿や、手を繫ぐ時の嬉しそうな笑顔が大好きだよ」
本当にそう思う。それにそもそもシュリは顔立ちも目を見張る程に可愛らしいしね!
「な、はにをいってりゅのよ、もぉ〜、ヨグはいつも口が上手いんだから! こんな人前で何を言ってるのよっ、もぉ〜」
怒気が一瞬のうちに消えて、体をクラゲみたいにクネクネさせて、顔を真っ赤にして僕の肩を嬉しそうに叩いてくる。どうやら嵐は過ぎ去ったみたい。
「はぁ? 何だコイツラ? いや、何でも良い。取り押さえろ!」
その様子に、一瞬啞然とするチンピラたちだが、すぐに気を取り直して武器を構え始める。
指示をだすと、すぐに男の仲間たちは武器を構えるし、包囲も抜けのないように綺麗に等間隔だ。この国のチンピラが訓練されていることがわかる。
スゥと息を吸うと、僕は獲物を狙う獣のように目を細めると、拳を構えて半身となる。
「シュリ」
「えぇ、わかってるわっ」
平静を取り戻したシュリも、ニヤリと笑ってその目を敵へと向ける。
どれくらいの強さか、とっても興味がある。チンピラでも、結構強そう。闘気は感じられないけど、僕たちの基準で考えては駄目だ。
「ふんっ、マナもろくに使えなさそうだ。おら、捕まえちまいな」
「へいっ! 行くぞ、おまぇら!」
子供を抜かせば、合わせて12人。倒れている人を抜かせば11人。そのうち、4人が襲いかかってくる。
膨れ上がった筋肉を持ち、よく鍛えられている。走り方も確かなもので、一定の歩幅で迫ってきていた。
「ちょっと痛い目に遭ってもらうぜ!」
先頭の男が声を荒げて、僕の目の前で強く踏み込むと、拳を繰り出す。軽いジャブだ。綺麗なフォームで、普段から練習しているのだろう。
僕の眼前へとピュンと小気味よい風斬り音をたてて、相手の左拳が肉薄してきたので、スイッと顔をずらす。躱した拳がすぐに引き戻されて、ボクサースタイルで、さらなるジャブを繰り出してきた。
その目つきはナイフのように鋭く、僕へと油断なく攻撃を仕掛けてきている。言動は習ったチンピラ語だけど、この人の攻撃は洗練されたボクサーのものだ。
これがチンピラの戦闘力なんだね。やっぱりご先祖様の言葉は正しかった。チンピラは最低レベルで、新兵にも負ける弱い戦士だと聞いたのに、それでもここまで強いなんて!
摺り足で床を踏み、体をゆらゆらと揺らして、ジャブの猛撃を躱していく。僅かな風の音が耳に入るが、その拳の全ては顔の横を通り過ぎていった。
ひらひらと躱す僕を見て、当たらないと理解したのか、僅かにジャブの速度を遅くして、一歩後ろに下がるチンピラ。その陰からもう一人が両手を広げて迫ってくる。
掛け声を上げることなく、平静の表情で僕を捕まえようと、ぶつかるように突進してきて、タックルを仕掛けてきた。
捕まえたら、力で制圧するつもりだ。子供を力づくで取り押さえるのなんて、簡単だもんね。ジャブにて牽制し、僕の動きが狭められている隙を狙う連携攻撃。見事なものだよ。
でもそうはいかないんだ。
「はっ!」
腰を屈めて、ジャブの真下を潜り抜けると、床へと足をつけて、タックルしてくる敵へと僕も間合いを詰める。
その様子に間合いをずらされて、躊躇いを見せ動きを鈍くするチンピラ。僕は腰をひねり、タックルをしようと腰を屈めて、ちょうど届く位置にあったチンピラの顔へと蹴りを叩き込んだ。
「グヘラッ」
鼻血を出して、ガクンと体を揺らして崩れ落ちる。その様子を横目に、滑るようにもう一人へと体を滑りこませて、足を支点にくるりと回転すると、飛び膝蹴りを鳩尾に打ち込む。
「ガフッ」
ずしりと重い肉を叩く感触が返ってきて、飛び膝蹴りをまともに受けたチンピラは悶絶して、腹を押さえて倒れるのであった。
「なにっ! このガキたち強い!」
指示を出していた男の驚愕の声。ちらりとシュリを見ると、靭やかな脚を持ち上げており、周囲にチンピラたちが倒れていた。
「馬鹿なっ、マナを使ったのか! 全員マナの使用を許可する! 魔法の使用許可もだ!」
「はっ!」
その指示を聞いて、チンピラたちの雰囲気が変わる。身体から見たことのない青白いオーラが生み出されて、危険な空気を醸し出してきた。
「どうやら、ここからが本番みたいよ、ヨグっ」
「そうみたいだね。僕たちも頑張らないとね」
これからがチンピラたちの本当の力なんだろう。
僕はワクワクしながら、敵へと構えるのであった。




