18話 街を見て回ろう
「ウハハハ、よ〜し、俺は金貨を放り投げちゃうぞ〜」
「キャー、ダリさんステキ〜ッ!」
この街一番の宿屋という触れ込みの『輝きのエール亭』。その食堂にて操舵士コアさん改めて、ダリさんが女給さんを横に座らせて、ワハハと機嫌よくお酒を飲んでいた。他の虚像たちもテーブルにずらりと並べられた料理を食べながら、ぐびぐびと酒を飲んでいる。
今回、帆船には艦長コアさんや操舵士コアさんが一緒に搭乗したんだけど、名前がないと変だから適当に決めたんだよ。
ダリさんにしなだれかかり、ステーキを差し出す女給さんに、顔をにやけさせて口を開けて食べさせてもらっていた。ここは天国かと大騒ぎだよ。
「楽しそうね、あれ」
「うん、そうだね。ダリさんは少なくとも楽しんでいるよ」
宿屋にはダリさん含めて50人の水夫がいて、次から次と料理が運ばれているし、エールが樽ごと運ばれて宿屋の主人はホクホク顔だ。
「あ、アタシも真似してみようかしら。ね、ヨグ? あ、あ〜ん」
「あ〜ん」
顔を赤くして、頬を膨らませながら、シュリがぷるぷると手を振るわせて、お肉の塊を差し出す。塊は流石に口の中に入りきらないんだけどなぁ。
もぐもぐと食べると、塩っ気が強く果物とかのソースで上手く味付けはされているが、やはり香辛料や砂糖がなければ、味がぼやけている。香辛料はとても大切なんだね。
僕へと食べさせたことで満足したシュリも料理を口にして、僅かに眉を顰める。
「これがこの国の一番の宿屋……ふーん。塩をたくさん使うのが贅沢だと思ってるのね。美味しいけれど、もう少し塩は抑えるべきよ」
シュリもいまいちだと思っているのだろう。僕たちが学校で学んだのは、知識だけではない。礼儀作法の中には料理の味を正確に吟味するというテストもあったんだ。
父さんたちはその時に酒の差し入れと称したルフさんの妨害工作でテストに落ちたんだけどね。お酒を水のように飲む父さんたちも父さんたちだけど! 最終的に船に乗る価値なしと最低ランクまで格付けが下がって落第していったよ。
料理一つでも、その国の文明レベルが測れると教わったんだ。それによると、ここは地球における古代ヨーロッパレベルかな?
ルフさんはこの場にはいない。文化、文明レベルがさっぱりわからないが、女性が船に乗っているのは変だと思われる可能性があるということで、精霊艦隊に置いてきた。自分も行きますと大騒ぎをして、アイパッチを付けて、オウムの人形をセッセと作っていたから、また変なことを考えていたに違いない。
もちろん、リスターも置いてきた。人語を話すリスが一般的だとは思えないしね。
「楽しんでるかな、見習い水夫さんたち?」
僕たちが料理を食べながらお喋りをしていると、宿屋の主人さんが近寄ってくる。
「はい。とっても料理が美味しいです」
「そうね。このソースの味付けはなかなかだと思う」
なかなか気の利く宿屋の主人さんだ。僕たちまで気を遣ってくれるとは。料理の味はいまいちだけど、他は一番の宿屋というところなのだろう。床はピカピカだし、女給も綺麗な服を着ているし。
人の良さそうな笑みで、主人さんは僕たちへとお礼を言ってくる。
「いやぁ、久しぶりの大賑わいだよ。最近は景気が悪くてね。なぁ、君たちはどこから来たんだい?」
「僕たちはルルイエ王国から来ました。『アウター』の民です」
ニコリと微笑んで、こちらの情報を得ようとするしっかりとした主人さんへと答える。
ルルイエの戦闘民族の名前も『アウター』の民と名乗ることに決めたのだ。『アウター』と『コア』、『虚像』が僕たちの島の住民だ。
「ルルイエ王国かい。う〜ん、聞いたことがないなぁ、すまないな。でも、あれだけの大きな帆船を見るのは初めてだよ。きっと立派な大国なんだろうね」
総勢1500人の国です。村と言っても良いけどニコニコ笑顔で誤魔化します。
「遠洋航海についてこれるなんて、君たちは未来ある見習い水夫なんだね。よろしく、私はプーダルと言うんだ」
「僕はヨグです。よろしくお願いします」
「シュリよ。見習い水夫のね」
少し顔を引きつらせて、シュリがムスッとした顔で答える。見習い水夫のフリをしている僕たちは水夫服にバンダナをしている。それが気に入らないらしい。
ルフさんは無理で、シュリが大丈夫だった理由は心にしまっておくよ。
「これからどんどん船が来ると良いんだけどねぇ」
「そんなに酷い状況なんですか?」
「あぁ、クラーケンや魔汚染による魔物の大群で、遠洋航海はほとんど失敗しているんだよ。遠洋航海の帆船を見たのは本当に久しぶりなんだ」
「それじゃ、この港はやっていけないんじゃない?」
「そうなんだよ。本当に困ってたから、君たちは希望の星なんだ。おっと、お喋りはここまでにして、また酒を持ってこないと」
プーダルさんは、早くも空になったエール樽を嬉しそうに見て、厨房へと走っていった。
「立派な港なのに、停泊している船が少ないことと、なんで僕たちが熱狂的な歓迎を受けたのか理解できたね」
「そうね、あんなに大勢の人たちを初めて見たわ。いくら新しい帆船が来たといっても、おかしいと思ったのよね」
「色々なことを考えなさいって、リスターにも言われたしね。それじゃ、この国のことを調べるために、見て回ろうか」
料理はもう充分。街を出歩いて見ようかな。
手を差しだすと、テレテレと照れながらシュリは手を掴んで来るのであった。
◇
石畳の道路に石を積み重ねた家屋。石畳を敷き詰めるなんて、とっても大変じゃないかなと思いながら、てこてこと街を練り歩く。
プーダルさんに教えられてやってきた市場に辿り着くと活気はたしかにないなと、見て回りながら思う。
僕たちの格好を見て、幼い顔立ちから見習い水夫だと理解したお店の人たちは、物珍しそうに見てきてはいるが声をかけることはない。
見習い水夫はお金を持っていないと思われているのだろう。市場には少し暗い空気があるが、そこかしこにいる人たちが嬉しそうに僕たちの帆船が訪れたことを話しているので、暗い空気は緩和されている。
肉屋には本来はお肉が並べられているのだろうけど、吊り下げられている量は3割程度。八百屋が並べている木箱に入った野菜も、空き箱の方が目立つ。
それでも人々が歩いているのがそこかしこに見えるので、まだまだこの港は死んではいないんだろうね。
「なにか珍しい物がないかしら? 魔法の武器とか」
「武器屋とか? 魔法屋さんってあるのかな?」
シュリと手を繋ぎながら、てこてこと歩いていると、少し先の屋台からジュージューと良い音が聞こえてきた。
お肉の焼ける良い匂いだ!
「ヨグ。あれ食べてみない?」
鼻をヒクヒクとさせて、ニカリと笑うシュリが手を引っ張ってくる。さっきあれだけ食べたのに、まだまだ食べられるらしい。僕ももちろん食べることができるけど。
屋台は炭を使って、鉄板の上で串焼きを焼いていた。脂がぱちぱちと弾けて、煙が僕らの食欲を疼かせる。
「おじさん、それなにっ?」
「お、水夫さんかい。これは豚の串焼きだよ。今日捌いたばかりで、とっても美味いぜ。食べてみないかい?」
シュリが身を乗り出して、よだれを垂らさんばかりに肉を見つめると、串焼きをひっくり返しながら店のおじさんが笑う。
「それじゃ、5本ずつ頂戴っ! ヨグお金!」
「はぁい」
腰に下げている小袋に手を入れると、金貨を取り出す。鈍い金色のコインが陽光で光る。お店のおじさんは金貨を見るとギョッとした顔になり、慌てて手を振ってきた。
「駄目駄目、金貨なんかお釣りがねぇよ。そんな大金しまっておきな」
「そうなんですか? それじゃ銀貨でお願いします」
小袋に金貨を仕舞い、銀貨を取り出すと、うーんと店のおじさんは困ったように頭をかく。
「うーん、しょうがねぇなぁ。銀貨ならお釣りはあったと思うから、ちょっと待ってろよ。最近稼ぎが少ないから釣りがあるか………」
おじさんが自分の財布からザラリと銅貨を取り出して数えようとする。銀貨でも厳しいのか。お釣りは数十枚の銅貨っぽい。
「お釣りは別に良いですよ。その代わりにその分串焼きをください」
「おっ、そうかいそうかい。それじゃちょっと待ってろよ」
僕の言葉に顔を綻ばせて、横に置いてあった串焼きを新たに鉄板の上に並べて焼いていく。その数は5本。
「銅貨7枚で串焼きが15本? 計算が合わないんじゃないかしら?」
「あぁ、たくさん買ってくれたからな。オマケだ」
金額が合わないと首を傾げるシュリだが、おじさんは笑いながら答える。
シュリとちらりと目を合わせて微かに頷く。これで銀貨の価値がわかったかな。肉は安い環境ということは、大きな牧場がたくさんあるのだろう。
外の世界を調査する僕たち子供探検隊なのだ。貨幣の価値、品物の価格、国際情勢などなど。
学校で学んだ「愛のスパイ活動教本」のマニュアルどおりに動いているのだ。『貨幣の価値は聞くよりも使ってみて判断せよ』なんだよね。
御先祖様の言うとおりに油断せずに、僕たちは活動するのだ。とても楽しいしね。
「あいよ、焼けたもんから食べていくかい?」
「ええっ、貰うわっ! ほら、ヨグも食べなさい」
「多すぎだよ、シュリ!」
シュリが手渡される串焼きを受け取って、僕へとどんどん渡してくる。ちょっと多すぎて持てないよ!
あたふたする僕を見て、楽しそうにどんどん渡してくるシュリ。急いで食べなくちゃと、熱々の串焼きを頬張る。塩も薄いけど、豚の脂身が溶けて甘くて美味しい。熱々なのが一番の調味料だね。
手に串焼きを持ちすぎたために、なんとか落とさないようにしていると、トスンとぶつかった軽い音がした。
「あ、すいません」
「いえ、気にしないでください」
少し薄汚れた服を着た子供が軽く頭を下げて去っていく。その様子を見ながら串焼きを頬張る。
「おいおい、あんちゃん財布は大丈夫か? 今のはスリだぞ?」
「財布ですか。たしかに無いや」
腰に下げていた小袋が紐を切られて無くなっていた。ありゃりゃ、なかなかの腕前だね。
「それじゃ大変じゃないか! 早く取り戻さないと。金貨が入ってたんだろ?」
「大丈夫です。金貨はほかの袋に入れておいたんで。あの小袋にはお金が入ってないんです」
「なんだ、そりゃそうか。見習い水夫でも国々を旅しているんだもんな」
「えぇ、ですから串焼きを食べちゃいますね」
「そうね。熱々の間に食べないといけないわっ!」
もぐもぐと串焼きを頬張りながら、子供が去っていった方向へと顔を向ける。
今の子供の気配は覚えたから、串焼きを食べ終えるまでは大丈夫だろう。
『愛のスパイ活動教本』によると、『スリから分かる街の裏側編』があった。
それを実践してみるとするよ!




