13話 先祖の言葉を聞こう
僕たちルル艦隊は帰還の途についていた。
そしてブリッジでは、ルフさんが大騒ぎをしていた。
「きゃー、キャーキャー!」
「わかった、トンベリントカゲの真似!」
「違いますよ、閣下! 包丁を持ったトカゲではありません。砂糖と胡椒のテンプレに喜んでいるんです!」
「へー」
感動の涙を流して、呪いをかけてきそうな不思議な踊りを踊るルフさん。よほどさっきの交易が嬉しかったらしい。
「見ましたか、あの人たちのリアクションを! 『これが砂糖ですか!』と白い砂糖を見て感動してましたよ。あぁ、この航海は大成功です」
ふぃーと、ルフさんは満足そうにラムネをゴクリと飲む。その様子を見て苦笑しちゃいながら、たしかに初めての交易はうまく行ったと思う。
「あの王女様のお陰で『製鉄技術』が手に入ったもんね。握手をした時に『製鉄技術が伝わった』って、空中にログが浮かんだし」
不思議なことだけど、ゲームだからなんだろうね。これで『製鉄技術』が手に入ったから、また国造りを再開できるわけだね。とっても楽しみだよ。
「これでフライパンとか、お鍋も作れるようになるんだよね? 良かった、ついに美味しんガールとかミス味幼女みたいな味勝負ができるよ!」
僕たちは修行も好きだけど、料理勝負もしたかったんだ。ふふふ、僕もクラーケン焼きを作りたい。地面に落としたら、ポンと爆発するぐらいのものを作るんだ。
「そうですね、皆さん素焼きの壺で料理をしていましたし。ようやくまともな食物を作れるようになるでしょう」
「やった〜、はんばーがー生活からよーやくだっしゅつできるでしゅ!」
「ですなぁ、酒もビールだけでした。製鉄技術が解放されれば、一般技術は解放されたも同然。次は醸造所を作りましょうぜ」
僕の膝の上に乗っている幼女オペレーターがパタパタと足を振って喜ぶと操舵士さんが嬉しそうに同意する。艦長さんたちもその顔は綻んでいる。
コアさんたちは、この一ヶ月は酒場でハンバーガーかサンドイッチの生活だったからだろう。僕たちは焚き火に放り込んで焼いて食べるか、生で食べてたんだけど、コアさんたちは僕たちよりもグルメだったらしい。
「でも、島に先回りはうまくいったね! 現地民だと騙せたよね!」
島自体は見つけていた。無人島ではあるが、水が補給できる程度には大きい島であった。
あまりにも遅い帆船に、嵐のあとは近くにある島に寄るだろうと予想して先回りしたのだ。自然に現地民として交流する予定でした。
「ふっ、自分の演技が怖いです……」
「皮肉を言ったんだよ!」
ドヤ顔のルフさんに、さすがに怒ってプンスコと拳を振る。あれでバレないとかないからね?
「ええっ! そこが素直で純真な閣下の良いところじゃないですか!」
地味に僕をアホ扱いしてるな、まったくもぉ。
「明らかに怪しんでいたよ。僕でもあの状況だと怪しむよ! 歴史を勉強してるって言ったでしょ。砂糖に驚くということは、大航海時代?」
昔は砂糖とかが価値があったって、聞いたことがあるんだ。たしか銀と同じ価値だったとか。胡椒は壺にいれて大事にしていたらしい。
「まぁ、現地人とは思われなかったでしょうな。恐らくは他の大陸からやってきた者だと疑われたでしょう」
「遊覧船じゃなかった!」
「ちょっと予想と違いましたな。申し訳ありません陛下。情報が少なすぎました」
そっぽを向いてとぼける艦長さんの言うとおりだ。少しだけ予想と違っていた。艦長さんも気づいたのだろう。彼女たちは明らかに苦労をして航海をしているように見えた。遊覧船にはちっとも見えなかったもん。でも、それの表すことは……。
「僕の船は大昔に転移しちゃった? 『転生者』スキル持ちの御先祖様は曰く、『戦艦は過去や異世界に転移しちゃうもの』」
「ろくでもない御先祖様の言葉をありがとうございます。というか、薄々気づいていましたが、『日本』とは違う世界にたぶん私たちはいるんですよ、閣下」
ルフさんが衝撃的な言葉を伝えてくれる。なんと、他の世界に『日本』はあるの?
「ということは……『日本』は他の世界? 世界が違うから、この船ではいけないということ?」
「残念ですが……」
「それじゃ、次元を突破するまでの技術力を持った国を育てないとね!」
「予想と違ったポジティブさ!」
驚くルフさんだけど、僕たちは最初から『日本』を目指しているんだ。だから、他の世界にあったとしても諦めるつもりはない。頑張れば行けると思うんだ!
「その日までお供しますぞ、陛下」
「美味そうな食い物がたくさんありそうですしなぁ」
「私たちが常にお支えしますか、陛下」
「ワクワクしゅるね!」
艦長さん、通信士さん、少女オペレーター、幼女オペレーターが頼もしい言葉をかけてくれるので嬉しくなっちゃう。
きっと皆がいれば大丈夫。私も私もと手をあげている寂しげなトンベリントカゲさんも合わせて、島の仲間たちとも力を合わせて絶対に『日本』に行こう。
僕は新たなる誓いをたてて、みんなの待つルルイエ島へと帰還するのであった。
◇
ルルイエ島への帰還は4日かかりました。やはり直線距離だとかなり近かったよ。
今は宮殿に帰宅して、宴会中。皆へは『日本』は他の世界にある可能性があるので、少し辿り着くのに苦労しそうなことと、初めて出会った他の国の人は大航海時代の人だと説明した。
板張りの床には大勢が思い思いに座っており、ワハハとご機嫌でハンバーガーを食べて、煮た野菜や焼いた野菜や丸焼きにした豚を焼いて食べていた。焼いているものばかりだけど、まだ料理器具がないから仕方ない。
「ううむ………大航海時代か。とすると遂にあれを見せる時がきたか」
父さんが難しい顔をして、一旦外に出ていく。なんだろうねと、シュリたちともきゅもきゅご飯を食べていると、小さな板らしきものを手に帰ってきた。
「父さん、それは?」
「あぁ、御先祖様の最後の教えだ。まぁ、見てろ」
僕たちがなんだろうと覗き込むと、父さんは手慣れた様子で操作する。たぶんタブレットというやつだ。始めて見たや。
「最初に謝っておくが、すまんヨグ。父さんは本当に他に島があるとは思わなかったんだ。過去どれだけの人が外に探索しに行って、クラーケンを捕まえて帰ってきたことか………」
「そのたびに宴にしていたよね!」
「貧しい俺らの島では食糧の確保が必要だからな。だから、今回もあまり期待をしていなかったんだ。お前の経験になればと考えていた」
「父さん……。ううん、気にしないで、僕も気持ちはわかるから」
気まずそうに笑いながらタブレットを操作する父さん。その気持ちはわかるよ、だって数百年前から外の世界はないと思われていたんだし。
「これは外の世界で人間に出会った時だけに見るようにと言い伝えられている」
「外の世界で人間に出会った時に……」
ゴクリと喉を鳴らす。そんな特別な物があったんだね。どんなものなんだろう?
ドキドキしながら、シュリとルフさんと顔を寄せ合いタブレットを注視する。周りの人たちは……宴に夢中だ。
「おじさんたちは興味ないのかな?」
「あぁ、村の大人はみんな見てるからな」
皆見ちゃってるらしい。
平然とした顔で父さんはタブレットを操作している。そっか、たしかに娯楽の少ない島だもんね、そんな面白そうな物があったら見るに決まってるや。
「お、映った映った。バッテリーが切れてなくて良かったよ」
「皆で見るからでしょ」
タブレットが光ると、ホログラムが映し出されて、白髪の穏やかな顔立ちのお爺さんが現れた。白いローブを羽織り、ふしくれだった杖を持っている。
ホログラムがどんなものかは、軍学校で学習済みなのだ。他にも色々と面白いことを覚えたよ。
目を瞑っていたお爺さんはゆっくりと目を開くと、優しげな笑みを浮かべる。
「この映像が使われたということは、どうやら外の世界で人間と出会ったということだな、我が子孫よ」
その威厳の感じられる声に、正座になり背筋を伸ばす。御先祖様のホログラムだ!
「私の名は平等院凰堂。ルルイエに生まれし天才大魔道士にして……『日本』からの『転生者』だ」
その言葉は驚愕の一言だった。大魔道士にして日本の転生者! すごいお爺さんだ! なんでルフさんが呆れた表情になったのかはわからないけど、偉大なる天才大魔道士さんだ!
「きっと今の君たちは優れた魔法使いとなっているだろう。私の伝えたマナの保有量を増やす天才的、画期的な決してパクリではない独自の方法、『マナを枯渇させると保有量が増える超回復理論』を使ってな」
「身体を痛めつければ痛めるほどにパワーアップするやつだね! 僕も修行のときにやってるよ」
体力を限界まで消費すると、回復した時に増えてるんだよね。御先祖様が伝えた技だったんだ!
「今の君たちは、私が教えた仲間たちよりも遥かにマナの保有量が増えているに違いない。無詠唱は当たり前だろう。竜をも倒す魔法を使い、いかなる敵をも相手にしない強さを持っているはずだ」
ふふっと、悪戯そうに笑うとお爺さんは厳しい表情へと変わる。
「ゆえに、外の世界で出会った人間たちの魔法レベルと比べて自分たちが遥かに上回っていると気づいたはずだ。しかも『固有スキル』も持っているからな」
「どうしよう、僕、魔法は使えないや」
「しっ、黙って聞いていてください。この島の秘密がわかるかもしれません」
「はぁい」
魔法使いだということを前提に話しているので、かなり気まずいんだけど、ルフさんがシーッと行ってくるので黙って聞く。
「しかしそこで高慢になり、慢心して相手を侮ってはいけない。高慢は足を掬われて、慢心は君たちを滅びに向かわせるだろう」
哀しさを宿らせて、遠い目をする御先祖様。
「どんなに強力な魔法を使えても、いかに無敵と思われる『固有スキル』を持っていても、結局のところ、人は弱い。拳の一撃で当たりどころが悪ければ死ぬのだ。それは相手も自分も同じなのだよ」
コクコクと頷く。含蓄のある言葉だ。
「油断するなかれ。堅実に準備をするのだ。外の世界は広いと思う。私たちは壺の中の蛙、外に広がる無限の世界を知らないのだ。私はそれを強く意識した」
はぁ、とため息をつき自嘲するように口元を歪めて、まっすぐと僕へと目を向ける。本当はたまたま僕の方向に目を向けただけだとは思うけど、僕はなぜか御先祖様と目があった感じがした。
「私は慢心して世界支配しようと、まずは隣のよっちゃんに喧嘩を仕掛けて負けた時に気づいた。いかなる魔法を使っても、我がスキル『絶対無敵矛盾ロボ魔怠惰ウルトラファイナルエクスペリエンス』を使っても、ボコボコに負けた時に自身の滑稽なる高慢さと慢心に気づいたのだ」
隣のよっちゃんに負けちゃったらしい。
「転生チートだ、ヒャッハーと喜んだ私が愚かであった。子孫たちよ、私の言葉を胸に刻み、決して慢心するなかれ。そのために私は村人たちへ教育をすることに決めた。世界支配はやめて、仲間を育てることにしたのだ。きっと未来において優れた魔法使いとなる子孫たちのことを思って、力ではなく知恵を託すことを目的にな」
御先祖様は柔らかい笑みとなる。
「外の世界の人間の数は多い。数は力であり、経験は武器となる。子孫たちよ。力を隠し影に隠れて、その偉大なる魔法の力で世界を支配するのだ! あ、それとよっちゃんの不思議な力は『闘気』と名付けた。超回復の意味に少し勘違いをして発現した力なのだが、もはや使い手はいないと思うがあるのならば、少し研究を」
「ここで話は終わりだ。残りはどうでも良いと思うぞ」
プチリと画面を切る父さん。でも御先祖様が言いたいことは、だいたいわかったよ。
「僕たち、魔法が使えないよね? うちの村に魔法使いがいないよ!」
「そうなんだ……。御先祖様の教えは退屈だからなくなってしまったらしい」
困った顔でビールを飲む父さん。御先祖様は僕たちがマナを増やして強い魔法使いとなっていると予想していた。マナを枯渇……あれ、退屈だから皆嫌いなんだよね。身体を動かして体力を枯渇するほうが楽しいんだ。
……ということは……。
「僕たちって、とっても弱いんじゃないの? 魔法使いになってないし!」
「そうなんだ。たぶん少し強い戦士ぐらいだと思う」
「それじゃ、もっと隠れて行動しないといけないね! 世界支配どころじゃないよ! 帆船とかの文明でも魔法使いはとっても強いもんね! 船の精霊武装も普通の魔物を倒せるぐらいに強かったし!」
きっと植民地支配されちゃう。気をつけなきゃ!
御先祖様ありがとうございます。僕たちの行動指針が決まったよ。ルルイエ王国が見つからないように潜んで、少しずつ力を蓄える。
そして、次元を突破して『日本』に向かうんだ!
僕は目の前の霧が晴れたかのように、強い決意をする。
「なるほど……。どうして戦闘民族が生まれたか理解しました……」
ルフさんが死んだ魚のような目をしているけど、きっと外の世界の恐ろしさを知って怖くなったのだろう。
慎重に行動するから、安心して!




