12話 交易する帆船
本当に小さな村だ。いや、村というのも無理はある。だって、たった3軒しかないのだ。それでも、王国と名乗る少年に微笑ましさを感じて……疑念も渦巻く。
だが、疑念は心にしまって、笑みで私も返す。余計なことを詮索する余裕は今はない。食糧が最優先だ。
「どっひゃー! に、人間じゃ、見たこともない人間がおる。こ、この方たちはいったいどこから来たのじゃ!?」
一軒の家の扉が開くと、甲高い女性の声が響く。扉から杖をつきながら腰を曲げて貫頭衣を着た、頭からフードを被った女性が出てきた。
私たちを見て、驚いたのだろう、ワナワナと震えると腰をペタンと地面につけて、カクカクと踊り始める。
「わかった! ココホレンモグラの真似!」
「違います! これは老婆、老婆の真似です。突如として現れた多くの人たちを見て、驚いて腰を抜かした老婆なんです!」
ヨグ様がフンスと声をあげると、自称老婆は若い女性の声で怒り返していた。そして、私たちをフードで隠した顔を向けて、口を開く。
「わしゃ、このルルイエ王国の一番の知恵者で長生きの老婆じゃ。そ、そなたたちは何者じゃ?」
あくまでも老婆の真似をするつもりらしい。私は口元がひきつりそうになるのを我慢して、丁寧に礼をする。
「私はガルドン王国の第一王女レーナ・オル・ガルドンと申します」
「わしゃ、皆からは婆さんとしか呼ばれておらんでな。もはや名前を忘れたが、驚いた。まさか王女様とのぅ。このような僻地に来るとは珍しいことよのぅ」
私の名乗りに、自称老婆はコクコクと頷いて、ヨグ様が驚く。
「ルフさん、名前忘れちゃったの!」
「そういう老婆なんです! 孤島に辿り着くと怪し気なお婆さんが現れる。皆がワクワクする展開なんです。シーッ、お口にチャック」
「はぁい」
なんだろう、私たちの忍耐を試しているのだとしたら、大したものです。もはや限界が近い。この村は普通ではないのが理解できた。暇だからだろうか?
自称老婆は私へと顔を向けると、なにかを言おうとして、何度か口をパクパクさせるが、なにも言わずにやめる。
「あれ? ここから家に案内して歓迎するんじゃないの?」
「それが小屋を建てるのが限界で、家具には手を付けられなかったんです。なので、作戦変更です。この場で交渉しましょう」
「わかったよ、僕に任せて!」
二人の会話は聞かなかったことにする。だって小屋が真新しいし、道もさっき切り開かれたようだったし! 見なかったことにするつもりだったのに!
「姫……こ奴ら……」
「シーッ、様子を見ましょう」
耳元でオルケが警戒を露わにそっと囁いてくる。部下もカトラスにさり気なく手をかけて、マナによる『身体強化』をしているのを感知した。
ヨグ様たちもマナを感知して警戒するかと思われたが、その微笑みは変わらないので、どうやらマナを感知はできないと悟る。
魔法戦士や魔法使いにとって、『マナ感知』は基本の技だ。とするとヨグ様たちは一般市民ということなのだろう。
周囲を探ると、家の中に数人がいるのを感知するが、マナは極めて小さい。その事実にホッと安堵する。もしかしたら海賊の拠点ではと疑っていたのだ。だが、海賊なら少なからず魔法戦士はいるだろう。
「えと、レーナ姫。食糧が必要なんですよね? もちろんお渡しします。121名の食糧4日分でよろしいでしょうか?」
「は、はい。それだけあれば充分です」
息を呑み声が震えないように気をつけて、ヨグ様にお礼を言う。なぜ、私たちの艦隊の乗員数を把握しているのだろうか?
「良かった、その程度なら大丈夫です。その代わりと言ってはなんですが……交易もできませんか?」
「交易ですか?」
意外な答えに、多少の驚きと警戒心を持って問い返す。交易とは……。やはりここに住んでいるわけではないらしい。
「こちらは作物を用意できます。目録は……ええっと、地面に書いても良いですか? 目録作るの忘れちゃったので」
「えぇ、お願い致します」
ヨグ様が木の棒を持って、座り込みカキカキと書き始める。私も横にちょこんと座って、描かれていく内容を読んでいく。
小麦、米、トマト、じゃが芋、きゅうり……普通の作物ばかりですね。やはり近海の国の貿易商でしょうか。腐りやすい物が多いが、『保存』の魔法を絶え間なくかけることのできる魔法使いを連れているのだろうか?
『保存』は私も使えるが、一週間しか持たないし、マナの消費も結構多い。しかも中位魔法なので、使える魔法使いはそこまで多いわけではないが、生鮮食品を扱う貿易商でしょうか。
あまり必要ではない物ばかりですが、補給をしてもらう手前、少し色を付けて買い取ろうと思いながら眺めていて……目がある文字で止まりギョッとする。
「胡椒に砂糖!? 胡椒に砂糖も交換できるのですか!」
地面に書かれていた品物には『胡椒』と『砂糖』があったのだ!
「はい。一応持ってきました。欲しいのですか? 僕としてはルルイエ米がお勧めですけど」
不思議そうにするヨグ様はきょとんとしており、まったく価値を理解していないようだった。オルケも水兵たちも書かれている品物に驚いているのとは対照的だ。
「申し訳ありませんが、その……『胡椒』と『砂糖』をお願いできますでしょうか?」
どれくらいの量があるかは分からないが欲しい! 私たちが南大陸に向かったのも、胡椒と砂糖がメインだったのだから。
「わかりました。ええと、たしか十箱分ありますね」
「おいくらでしょうか?」
だが、高価であれば厳しい。いや、それでも一応手に入れたと喧伝できるので、手に入れるべきだろう。今回の貿易が失敗ではなかったと、国民に伝えたい。
「はい、1キロ千TPでお願いします。ひと箱100キロで、10万TPですね」
「て、TP? 金貨にすると何枚でしょうか?」
聞き慣れない単位に戸惑ってしまう。南大陸でも金貨などが通貨として扱われていたはずですが……。
知らないのかと、驚くヨグ様。その顔から彼の国ではそれが通貨なのだろうと理解する。
「TPは魔石のことです。魔石で交換は無理でしょうか?」
「魔石ですか? 宝石ではなく?」
「はい、魔石でお願いします」
意外な返答だった。魔石とは魔物からとれる胆石みたいなものだ。黒いただの石である。多少マナが籠もってはいるが、竜等の魔石であれば宝石のように綺麗な色で希少価値があるが、それ以外はゴミだ。
もちろんそんなゴミを持って来ているわけがない。どうしましょうか……。あ、そういえば一個だけありましたね。
「この指輪に付いている宝石は魔石です。たしかガリオンアホウドリの魔石だったはず」
たまたま綺麗な青色だから指輪にしておいたのだ。貿易で本物の宝石をつけたアクセサリーは持ってこれなかったから、代替品である。
ガリオンアホウドリは、オーガのように巨大で一口で人間の身体を簡単に喰いちぎれる鋭い嘴を持つ高位の魔物だ。倒すには優れた魔法戦士たちと魔法使いが必要である。その魔物の魔石なので金貨10枚はするはずです……。
「お〜、ルフさんの得意技ですね。えっと……」
「閣下、これならば150万TPはするはずです。え、ガリオンアホウドリって、こんなに強いんですか?」
「空飛ぶ御馳走だよ。食べがいがあるんだよね。わかりました、これならば大丈夫です。何箱買いますか?」
もはや自称老婆は、フードをとって美しい顔を露わにして、しげしげと指輪を見て値段を口にした。
横で金額を聞いて、私は驚いてしまう。ひと箱10万TPと言っていた。とすると15箱も買える!?
「えっと、そ、それでは胡椒5箱、砂糖10箱でよろしいでしょうか?」
「はい! それでは………家に置いてあるので持ってきますね!」
トテテテと小屋にヨグ様は入っていく。自称老婆はのんびりと待っており、再び扉が開くと一抱えほどの木箱を持ってきた。
重そうに見えるのに、涼しい顔で自分よりも大きな木箱を持ってきて、私の前へと置く。やはり軽くはないようで、ドスンと大きな音を立てる。
「どんどん持ってきますので、中身を確認しておいてくださいね!」
「はい、では失礼して確認させて頂きます」
随分綺麗な木箱ですね………肌触りもすべすべしています。ヨグ様がどんどん置いてくるが、全て同じ規格で均一です。技術の高さが窺えますね……。
「ひ、姫っ。これをご覧ください」
「なんですか? ……白い?」
オルケたちが一つの箱を開けて、驚きで目を剥いている。私も中身を確認使用して戸惑ってしまう。砂糖は茶色い塊なのに木箱に入っているのは、綺麗な純白の粉だった。
砂糖ではないのだろうかと、指先に少しつけてペロリと舐める。……甘い! しかもザラザラとしておらず、粉雪のようにサラサラとして舌触りも良い!
「これが砂糖ですかっ! こんな砂糖は見たことも聞いたこともありませんっ!」
「では、これが初めてですね。これで良ければ交易終了で良いかな?」
「えぇ、もちろんです! これをその魔石で?」
「はい。ありがとうございました、レーナ姫。これで他国との交易完了です」
信じられないが、ヨグ様は握手を求めてきたので、握り返す。オルケや水兵たちは信じられない思いで、その様子を見ていた。
謎の少年ヨグ様との初の交易は、これで終わりを告げるのであった。
もちろん胡椒も劣化しておらず、鮮烈な味でした。
◇
「謎の少年と王国でしたね」
小舟に木箱を満載して、船へと戻る中で、遠ざかっていく浜辺で見送りの手を振る少年を見て嘆息する。
「そうですな……あの者たちは南大陸からやってきたのでしょうか? とすると、あの島をとられたのは不味かったかもしれませんな」
「安全な航路があって、あの島を見つけて補給基地として確保したと言いたいのですね?」
「はい。この島の反対側を確認すれば、停泊している船を見つけられるかと」
オルケの言葉は魅力的ではあった。あの演技の下手なヨグ様たちの、優れた技術や持っている航路………それは今積んでいる砂糖よりも価値があるだろう。
砂糖も胡椒も貿易が不可能となった今では同じ重さの金よりも価値はあるのだが。
「……止めておきましょう。姿を見せないということは、見せたくなかったのです。ここで欲をかいて全滅は防ぎたいですし、この砂糖だけでも交易は大成功と言って良いでしょう」
「そのとおりですな。では母国に帰還するとしますか」
「えぇ、彼は私の国の場所を確認していました。きっとまた会う日が来るでしょう。それまでに魔石をかき集めておかないといけませんね」
「ですな。交易に使えるとなれば、価値は跳ね上がりますか」
オルケが肩をすくめて了承するのを見ながら、私は遠ざかっていく島を眺める。もうヨグ様の姿は小粒のようだ。
私の船が近づいてくるので、くるりと体を回転させて悪戯そうにオルケへと言う。
「これで私には神の加護があるのがわかりましたね?」
「おぉ、聖女様。我らを金のなる木まで導いてくださいませ」
そうして、皆で楽しげに笑い合うのであった。




